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アゲハの見た夢 ~side和紗~  作者: リフェリア


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選んだ現実

あの日以降、伊織とは会っていない。


私は店の外で客を取る時間を増やした。

店を通さずに客を取れば、表に出にくい金になると思っていた。

そんなものまで律儀に申告する気には、もうなれなかった。


店で客を取って稼いだ金は口座に振り込ませて、生活費に回した。

直接自分で捕まえた客から受け取る金は、現金のまま全部裕也に使った。


私の生活は、客の男に奉仕して抱かれているか、裕也に店で貢いでいるか、ソープの社員寮であるワンルームで仮眠を取るか、そのどれかになっていた。


裕也の部屋で同棲しようと思ったこともある。

でも、「女の匂いが生活からし始めたら客が離れる」と言われて、私は社員寮に入ることになった。

裕也の部屋へ行くのは洗濯や掃除をする時だけで、一緒にご飯を作って、同じテーブルで食べることもなくなった。


今の私の生活は、ホストに貢ぐだけの破綻したものにしか見えないだろう。

実際、そうなんやと思う。


それでも、この生き方は親に言われたからでも、誰かの期待に応えるためでもない。

私が、自分で選んだ生き方やった。

私が、自分で積み上げてきた現実やった。


「ねぇねぇカズサ~、最近この店にすっごいかっこいい新人ホストが入ったんだって~」


ソープの待機室で営業メールやSNSを触っていた時、一緒に働いている嬢がスマホを見せながら声をかけてきた。


その店は、裕也の働く店とコンセプトが被ったライバル店だった。


「噂やし大袈裟かな~って思ってたんだけどさ~、行ってみたらめっちゃ当たりで~」


それから語られる、新人ホストの特徴。


日本人らしい雰囲気が強いのに、ハーフらしい彫りの深さもある、整いすぎた顔立ち。

さらさらした明るい茶髪。

ヘーゼルナッツみたいな色の、優しそうな瞳。

少し高めの甘い声。

読者モデルみたいな長身の体型。

細身なのに、ちゃんと筋肉のついたしなやかな身体。

顔も身体も綺麗なのに、掌だけが異様なくらいごつい。


心当たりしかなかった。


伊織がホストなんかやるはずがない。

そう思っても、流れてくる噂を聞けば聞くほど、伊織としか思えなかった。


そして、新人ホスト『イオリ』の名前は、あっという間に街を席巻した。


裕也だって、顔立ちは整っている方や。

頭もいい。

努力もしてきた。

それでも最初は、全然売れなかった。


イオリは圧倒的やった。


裕也と私が、身を削って二年かけて築いた現状を、一年も経たずに追い抜いていった。


裕也の店からは客が大勢流れた。

裕也の太客も、ほとんどが流れた。


私は変わらず裕也を支え続けたけれど、店は目に見えて閑散としていった。

私以外に客がいない日もあった。


キャストも徐々に減っていき、いつしか裕也はナンバーワンになっていた。


でも、それは私たちが夢見て、悩んで、苦しんで、足掻いて、それでも諦めきれずに求めていたものではなかった。



終わりは、突然やってきた。


「二度と連絡してくるな、疫病神が!」


電話越しにそれだけを吐き捨てて、裕也は消えた。

電話もメールもSNSも、全部着信拒否かブロックされていた。


慌てて部屋へ行くと、そこには荷物の引き取りを依頼されたという業者がいて、家具を次々に運び出していた。


私が裕也のエースになって、裕也のナンバーワンが見えてきた頃に引っ越した部屋やった。

結婚に向けて、家具も少しずつ揃え始めていた。


もうすぐ夢が叶うはずやった。


私は何も考えられないまま、部屋から物がなくなっていくのを、ただ見ていた。


原因はすぐに分かった。


イオリに客を奪われたホストたちと、付き合いのあった半グレ集団に、裕也が声をかけて襲撃したのだ。


なんということを。

なんで相談してくれなかったんやろう。


中学生の頃ですら、あれほどの強さを誇った伊織が、そこから三年間、休まず鍛え続けてきたのだ。

何の心得もない素人が何人集まろうと、敵うはずがなかった。


そして原因を理解した瞬間、私の心の底から、どす黒い感情が噴き上がった。


悔しい。

悔しい。

悔しい!


うちは悔しい!!


またお前か。

また、お前が奪っていくのか。


師範代の娘として向けられていた視線も、近所の人の賞賛も、積み上げた武への自信も。

うちが必死に守ってきたものを、お前はいつも追い越して奪っていく。


伊織は天才やった。

あらゆることができた。


道場に通い続けて、めきめき頭角を現した。

中学生になる頃には体は鍛え上げられ、技は磨かれ、自信までつけた。

人間不信になってもおかしくないのに、ちゃんと人と関われるようになっていた。

誰もが伊織に惹かれた。

うちも、そうやった。


凡人が必死に積み上げた努力を嘲笑うみたいに、努力のできる天才は全部奪っていく。


憎い。

憎い。

憎い!


私はお前が憎い!!


泥にまみれながら、それでも必死に掴み取ろうとした夢を、正義の顔をして奪っていくお前が憎い。


伊織、そこまでして、うちが欲しいんか……?


わかった。

ええよ。


うちの欲しかったものを、伊織が全部奪ったみたいに。

伊織が欲しいものを、私が全部奪ってやる。


『話したいことがあるんやけど、前に会った公園、来れる?』


握りしめすぎて冷たくなった指で、うちは伊織にメールを送った。

ご拝読いただき、ありがとうございました。


本編と外伝、合わせて七話を書き切ることができました。

最後までお付き合いいただけて、とても嬉しいです。


愛情と憎悪は、ともにひとつの相手へ深く向かう感情なのかもしれません。

この物語を書き終えた今も、標を失った伊織の心が、この先どこへ流れ着くのか、ふと考えてしまいます。

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