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追放されて砂漠に飛ばされましたが、最強従魔と魔法で生き延びます  作者: ののじん
一章:追放、砂漠、契約

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9話:断罪

 司法院の白い廊下は、朝から人が多かった。

 保全命令が出た廊下は、もう“いつもの白”ではない。

 白いまま、緊張だけが染みている。


 書記官が扉の前で名を呼ぶ。


「リヴェルノート公爵、ヴァレリウス=ルシウス=リヴェルノート」


 ヴァレリウスは一歩前へ出た。

 表情は変えない。

 勝ちに行く顔ではない。

 “手順を通しに来た”顔だ。


 続いて名が呼ばれる。


「司式官、エルデン=リューク」

「王家会計、関係者一名」

「式典資料担当、関係者一名」


 そして最後に。


「カシウス=コンラート=グランセル殿下」


 廊下の空気が一段変わった。

 貴族たちが息を止め、衛兵の視線が揃う。

 王子が来るだけで、王都は整いの仮面を被り直す。


 カシウスは歩いてきた。

 顔は正しい。

 “調査に全面協力する”と声明を出した王子の顔のまま。

 だが、目だけが硬い。


 ヴァレリウスは王子を見ない。

 見る必要がない。

 見るべきは紙だ。


 扉が開いた。



 原本照合の場は、思ったより小さかった。

 大きな広間ではない。

 机が1つ。椅子がいくつか。

 そして、紙が置けるだけの静けさ。


 審査官が席に着き、淡々と言う。


「本日は、式典で提示された帳簿と、王家文庫保管の原本を照合する。保全命令に基づき、資料はこの場から動かさない。異議はあるか」


 沈黙。


 カシウスが口を開く。


「協力する。――ただし、王家の体面を損なうような扱いは控えていただきたい」


 審査官は表情を変えない。


「体面ではなく、整合を扱う」


 短い言葉が刺さった。

 王子の“正しい顔”が、ここでは盾にならない。


 書記官が箱を置く。

 封印のされた箱だ。保全命令の封が貼られ、署名がある。


「原本」


 箱が開けられる。

 古い紙の匂い。

 重い歴史の匂いではなく、長く閉じた匂いだ。


 次に、式典で提示された帳簿が置かれる。

 こちらは新しい。

 新しい紙の匂いがする。

 新しいこと自体は罪ではない。

 だが、“原本照合”の場では新しさが浮く。


 審査官が指示する。


「封印番号」


 書記官が封印番号を読み上げ、記録係が書く。


 原本の封印番号。

 式典帳簿の封印番号。


 ――数字が、1つ違った。


 室内が無音になる。

 呼吸の音まで、紙に吸われる。


 カシウスの指先が止まる。

 止まったのは一瞬だけだ。

 すぐに、正しい顔が戻る。


「……封印番号の記録違いだ。封蝋の擦れで――」


 審査官が遮る。


「擦れではない。番号が違う。記録も違う。封は保全前から存在していた。――この違いは説明が要る」


 ヴァレリウスが、初めて口を開いた。


「説明は不要です」


 全員の視線が彼に向く。

 ヴァレリウスは淡々と続ける。


「照合を進めてください。違いが一つなら“事故”と逃げられる。なら、本文まで見ればいい」


 審査官が頷く。


「その通りだ。続ける」


 ページがめくられる。

 帳簿の本文。

 数字。署名。欄外の注記。

 筆跡。押された印。


 静かに、差が増えていく。


 同じ頁番号のはずなのに、式典帳簿のほうが紙が新しい。

 原本には残る欄外の注記が、式典帳簿にはない。

 逆に、式典帳簿にだけある“都合の良い注記”がある。


 審査官が淡々と言う。


「――差異が多数。偶然ではない」


 そして決定的に。


「この頁は、原本には存在しない」


 式典帳簿の中ほどに挟まれた頁。

 ページ番号は整っている。

 だが、原本の同番号には別の記載がある。


 つまり。

 差し替えだ。


 室内の空気が、ようやく燃えた。



 司式官エルデンの顔は、青白かった。

 審査官が問う。


「司式官。封印と式典資料の管理はあなたの管轄だ。説明せよ」


「私は……」


 エルデンの声が震える。

 震えが出るほど、ここは逃げ道がない。


「私は、儀式を守るために動いた。王家の秩序を――」


 カシウスが低く言う。


「エルデン。余計なことを言うな」


 その言葉が、逆に刺さった。

 “口を塞いだ”ように聞こえる。


 審査官は表情を変えない。


「司式官配下のロイが証言している。『殿下のために封印番号を合わせる準備をした』とな。あなたの印章箱の管理記録にも空白がある」


 エルデンの唇が震える。


「……殿下は、知らない。私は独断で――」


 ヴァレリウスが淡々と口を挟む。


「独断なら、なぜ“殿下のために”という言葉が出たのですか」


 エルデンが言葉を失う。


 審査官が続ける。


「ロイだけではない。グラハムも供述している。封蝋道具、王家の印、二度目の閲覧。――鎖は繋がっている」


 カシウスの目が、わずかに揺れた。

 揺れは一瞬。

 それでも、室内では十分な揺れだ。


 審査官が言う。


「本件は、式典資料の改竄、および公文書の整合性を損なう重大な介入だ。――追放手続きの正当性も含め、事件として扱う」


 “事件”。


 その単語が落ちた瞬間、王都の整いが壊れた。



 場は司法院だけでは終わらなかった。

 同日中に、評議会が招集される。

 王家の体面を守るために、王家は“自分で切る”しかなくなる。


 評議会の席。

 カシウスは正しい顔を保ったまま座った。

 だが、正しい顔を保つほど、周囲が冷えていく。


 評議会の一人が言った。


「殿下。追放は式典で宣告された。式典資料が改竄されているなら、追放は“事件”だ。王家が責任を取らねば、国が揺れる」


 別の者が続ける。


「司式官の独断で済ませれば、司式官だけが悪いことになる。だが、殿下の名が出ている。――どう説明する」


 カシウスは答えた。


「私は知らない。儀式の運用は司式官の管轄だ。王子の名が出たのは、私の名を借りた者がいるからだ」


 理屈は整っている。

 だが、理屈だけでは足りない。


 評議会の者が淡々と言う。


「殿下の名を借りられる環境があることが、問題だ」


 もう一人が追い打ちする。


「保全命令後に閲覧が増えた。原本を正規化しようとする動きがあった。――殿下の側が動いた痕だ」


 カシウスの指先が、机の縁を押さえる。


 そして結局。

 王家は“体面のために”、王子を守れなくなる。



 評議会の空気が、紙の匂いで張りつめていた。

 整った言葉が並ぶほど、逃げ道が消えていく。


 扉が開き、国王が入ってくる。

 立ち上がる音が揃う。

 だが、その動きすら遅い。誰もが結論を知っているからだ。


 国王は席に着かない。

 玉座ではない。

 ここは評議の場だ。

 それでも、王の立つ位置は変わらない。


 国王は、机の上の書面を一瞥した。

 読み上げない。

 読む必要がない、とでも言うように。


 そして、カシウスを見た。

 父の目ではない。

 王の目だ。


「カシウス=コンラート=グランセル」


 名を呼ばれただけで、場の空気が落ちる。

 王子は返事をしない。返事を許される場ではない。


 国王は続けた。


「お前の周辺で、公文書の整合が壊された。式典資料の改竄。封印の不一致。会計不正の連鎖。――いずれも、王家の秩序を踏み荒らす」


 一拍。

 王は言葉を削った。感情を削った。


「王子であるなら、知らなかったでは済まぬ。止められたはずだ。止める責任があった」


 カシウスの喉が鳴る。

 それでも王は、目を逸らさない。


「よって、裁可を下す」


 ここでようやく、紙に触れた。

 触れるのは形式のためだけだ。


 国王の声が、静かに落ちる。


「王位継承権を剝奪する」

「王子位を返上させる」

「王籍に準ずる特権を停止する」


 淡々と、逃げ道を消していく。


 そして最後に。

 王は一拍置き、言い切った。


「――国外追放」


 室内が無音になる。

 その無音が、王都の炎上だった。

 叫びも、怒号もない。

 ただ“事件”として、確定する音だ。


 国王は視線を下げない。

 父として下げれば、迷いになる。

 王として下げなければ、裁定になる。


「二度と、この国の土を踏むな」


 言い切った瞬間、カシウスは“王子”ではなくなった。


 王都は声を荒げない。

 ただ、噂が爆発的に増える。

 “事件”として広がる。

 整った街が、整ったまま燃える。


 カシウスは立ち上がった。

 正しい顔を作ろうとした。

 だが、間に合わない。


 頬の血の気が抜けている。

 唇の端が乾いて、言葉の前に呼吸が擦れる。

 指先だけが、机の縁を必要以上に強く押さえていた。


 ――怖いのだ。

 制度が動いた時点で、もう戻らないことを知っている。


 それでも王子は、声だけは整えた。


「……承知した」


 誰も返事をしない。

 同情も、怒号もない。

 ただ、静かに視線が逸れていく。


 守る者が、目を合わせない。

 追随する者が、一歩だけ距離を取る。

 その一歩で、王子の立つ場所が崩れる。


 背中が小さく見えた。

 王子だった者の背中だ。



 ヴァレリウスは、公爵邸へ戻った。

 報告を受ける者たちの目には、勝利が映っている。

 だが、ヴァレリウスは勝った顔をしない。


 執務室の机に、報告書が置かれる。

 処分の文言。

 追放手続きの無効化。

 再審の正式決定。


 女が言う。


「閣下。これで――」


 ヴァレリウスは首を振った。


「これで、王都の帳尻が合っただけだ」


 男が息を呑む。


「……娘君は」


 ヴァレリウスは、しばらく沈黙した。

 そして、低く言った。


「戻れる形は作る。――生きていてくれれば、その時に……あいつが選べるように」


 それが、公爵の限界だった。

 制度でできるのは、道を開くことまで。

 届くかどうかは分からない。それでも――生きていてくれ、と祈る。



 同じ頃。

 砂の国サンドリアの外縁。


 詰所の朝は忙しい。

 配分台帳の紙が増え、受け渡し台が少しだけ丈夫になった。

 水の減り方は、まだ怖い。

 だが、怖さが“形”になった分、手が打てる。


 グレイスは紙の上に線を引き、記録係へ言った。


「夜半の残りを、昨日と並べてください。差が出ます」


 記録係が頷く。

 紙に数字が並ぶ。

 数字は嘘をつかない。


 外では、桶の音がした。

 乾いた咳が混じる。

 誰かが水を分け合う声と、分けられない声が交差する。


 詰所長が低く言った。


「……昨日よりは、残った。だが、まだ足りない」


「はい」


 グレイスは頷いた。

 胸の奥で、何かが動くのは分かる。

 けれど、ここで揺れを広げない。

 揺れれば、水はまた刃になる。


「今日は、受け渡し台の位置を変えます。押し合いが樽に当たらないように」


 詰所長が一拍置いて、頷く。


「……そうか」


 ラズが壁際で伏せたまま、念話を落とす。


『迷いはあるか』


「あります」


 グレイスは正直に答えた。

 そして、続ける。


「でも、今ここで止まったら、この国は枯れる。……だから、私はここにいる」


 砂の風が、詰所の外で鳴った。

 乾いた国の音だ。


 グレイスはもう一度、紙に線を引く。

 線が増えるほど、この国は守られる。

 誰かの喉が、明日に繋がる。


 遠い国のことは、分からない。

 分からないからこそ、今やるべきことだけが残る。


 砂の国の夜は乾いている。

 だからこそ、明日を増やす。



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