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追放されて砂漠に飛ばされましたが、最強従魔と魔法で生き延びます  作者: ののじん
一章:追放、砂漠、契約

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5話:溜め水の国

 柵の内側は、思ったより静かだった。


 外縁の詰所は、砂漠の真ん中に浮かぶ小さな島みたいに見える。

 木と石で組んだ壁。低い見張り台。火の匂い。人の声は少ない。少ないのに、視線だけが多い。


 グレイスは灯りの手前で止まり、両手を見える位置に置いたまま待った。

 ラズは一歩後ろで、動かない。艶のある黒い毛並みが夜に溶け、緑の線だけが淡く残る。


 やがて、門番たちの中からひとりが前へ出た。

 詰所長らしい。槍は持たない。腰の短剣も抜かない。目は厳しいが、声は落ち着いていた。


「……夜にここまで来るのは無茶だ」


 責める響きではない。確認に近い。


「名を言ってくれ」


「グレイスです」


 詰所長の視線がラズに移る。


「そっちは……?」


「従魔です。名はラズ」


 ラズの緑の瞳が一度だけ瞬く。

 詰所長は身じろぎせずに頷いた。


「分かった」


 それから、門番に穏やかに手を振る。


「荷と水筒だけ見せてもらう。悪いが、決まりだ」


 命令じゃない。謝意の混じる言い方だった。


 グレイスは頷き、トランクを差し出す。

 門番が中を確かめる。携行食、布、細身の木杖。短いナイフ。


 ナイフを見た門番が顔を上げるが、詰所長が先に言った。


「刃物は預かる。……朝に戻す」


 グレイスは素直にナイフを抜き、柄から渡した。

 刃がこちらを向かないように。動きで敵意を消す。


 門番が水筒を持ち上げた瞬間、周囲の空気が変わった。

 視線が水筒に吸い寄せられる。喉が鳴る音がどこかでした。


 詰所長はそれを見て、短く息を吐いた。

 怒りじゃない。疲れに近い。


「……水を持ってるのか」


「ええ」


 グレイスは短く答えた。


「作れます」


 門番たちの目が変わる。驚きと疑いと、抑えきれない欲。

 だが詰所長だけは、声を荒げなかった。


「……めったなことは言わないほうがいい」


 叱るのではなく、守る言い方だった。


「ここは耳が多い。水の話は、口にした瞬間に人を動かす。お前も巻き込まれる」


 グレイスは頷く。


「分かっています」


 詰所長は一度だけ視線を外し、門番に小さく合図した。


「中へ。客間を使わせろ」


 門番が驚いた顔をする。


「詰所長、それは――」


「今夜だけだ。砂嵐を越えてきた。倒れられたら面倒が増える」


 言い方は淡々としているのに、根が優しいのが分かる。


 詰所長はグレイスに向き直った。


「勝手に外へ出ないこと。詰所の規則に従うこと。……それが守れるなら、今夜は休める」


「守ります」


 即答すると、詰所長の目が少しだけ柔らかくなった。


「よし」


 通された客間は、豪華ではない。

 だが清潔だった。粗い寝具が二つ、灯りが一つ。水差し――中身は少ない――が置かれている。


 詰所長は敷居から中を見て言った。


「水差しがあるが……すまない。中身は客に出せる量じゃない」


「飲む分は、自分で作ってくれ」


 言いにくい言葉を、まっすぐ言う。

 それが、この人の誠実さだ。


「分かりました」


 詰所長は頷き、最後にラズへ視線をやった。


「……暴れないな?」


 グレイスが答えるより先に、ラズが一度だけ瞬きをする。

 詰所長はそれを見て、ふっと息を吐いた。


「助かる」


 扉が閉まる。鍵の音はしない。

 閉じ込めるのではなく、預かる――そんな扱いだった。


 客間は静かだった。


 静かなのに、外の気配は消えていない。

 足音が行き来し、短い怒鳴り声が混じり、金具の擦れる音がする。詰所は眠っていない。


 グレイスはトランクを壁際に置き、ベールを外さずに腰を下ろした。

 砂の匂いがまだ布に残っている。指先で払っても、全部は落ちない。


 ラズは部屋の隅に伏せた。

 艶のある黒い毛並みが灯りを吸い、緑の線がゆっくりと呼吸するみたいに明滅している。


『……ここは、乾いている』


 念話が落ちる。短いが、声は落ち着いていた。


「ええ」


 グレイスは頷く。


「水がないから、争いになる」


 ラズは答えない。

 その代わり、耳が一度だけ動いた。外の音を拾っている。


 扉の向こうで、声が上がった。


「待て、順番だ!」


 別の声。荒い息。


「順番? もう残ってないだろ!」


「黙れ。今夜の分は終わりだ」


 泣き声が混じる。子どもの声ではない。

 大人の、耐えきれなくなった泣き方だ。


「……うちの老人が、薬を……」


「薬も水も同じだ。ないものは出せない!」


 言葉が切れたあと、何かが倒れる音がした。

 誰かが慌てて走る。誰かが止める。怒鳴り声が重なる。


 グレイスは目を閉じずに、ただ呼吸を整えた。

 ここは砂漠じゃない。

 けれど、別の意味で命が削れている。


 詰所長の声が混ざった。あの落ち着いた声だ。


「……押すな。怪我をさせるな。明日、責任者を呼ぶ。今夜は終わりだ」


 怒鳴らないのに、場が少し静まる。

 それでも、諦めの悪い声が残る。


「明日って、明日って言えば増えるのか!」


「増えない」


 詰所長が、はっきり言った。


「だが、無駄に減らすのは止められる。今夜は帰れ」


 その言葉に、グレイスの胸の奥が少しだけ動いた。

 “増やせない”と分かっている。

 それでも“減り方を止める”という発想がある。


 グレイスは立ち上がり、指先に魔力を集めた。

 小さな水滴を作る。量は多くしない。今は確認だけ。


 透明な水が指先に揺れる。

 それを口に含む。喉がほどける。


 ――作れる。問題は、作った水をどう扱うかだ。


 グレイスは水滴をもうひとつ作り、皿の代わりに薄い氷を形にして落とした。

 床に置くのではなく、手元に残す。砂漠ではないが、ここも清潔とは言えない。


 ラズがこちらを見る。


『……分けるのか』


「今はしない」


 グレイスは即答した。


「ここで配れば、争いが増える。明日、仕組みから触る」


 ラズの尻尾が一度だけ動いた。

 同意なのか、興味なのか、まだ分からない。


 そのとき、扉が軽く叩かれた。


「入るぞ」


 詰所長の声だった。

 返事を待たずに扉が開き、彼が敷居に立つ。


 昼間の冷たさはない。

 疲れが見える。それでも目は澄んでいた。


「……外の声、聞こえただろ」


「はい」


「すまない。今夜は特に荒れてる」


 詰所長は言い訳の形を取らない。状況の説明だけを置く。


「水番が、明日の配分をまだ出してない。出せば揉める。出さなきゃもっと揉める」


 グレイスは頷いた。


「残りが少ないんですね」


 詰所長は一拍置いてから、短く言った。


「少ない、じゃない」


 その一言が重かった。


「……枯れる」


 グレイスは背筋を伸ばした。


「どれくらいですか」


 詰所長の目が揺れる。

 答えたくない揺れだ。数字は火種になる。


「外縁が持つのは――数日だ」


 絞り出すような声でもない。

 淡々とした声が、余計に怖い。


 グレイスは息を吐き、言葉を選んだ。


「王都に行けば、まだある?」


「王都も同じだ。溜め水で回してる」


 詰所長は一拍置いて、眉を寄せた。


「……増える見込みはない。減る一方だ」


 グレイスは背筋を伸ばした。


「溜める以外の手は?」


 詰所長が小さく首を振る。


「雨を待つ。運ぶ。守る。削る。……それだけだ」


 言いながら、自分の言葉に疲れているのが分かった。

 何度も繰り返した説明なのだ。


 グレイスは言葉を選ぶ。


「地面の下に水がある可能性は?」


 詰所長は、きょとんとした顔をした。


「……地面の下?」


「はい。地下です」


 詰所長は少しだけ黙ってから、困ったように言った。


「地面を掘る? ……掘って、どうなる」


 嘲りではない。

 本当に想像がつかない声音だった。


「砂は崩れる。掘ったところで穴が埋まる。それで終わりだ」


「支えれば崩れません」


 グレイスは即答しない。

 一度だけ息を吐いてから、落ち着いて言った。


「石でも木でも、枠を作れば形は残せます。……その先に水があれば、そこへ通せる」


 詰所長の目が揺れた。

 否定したいのに、否定し切れない揺れだ。


「そんなものがあるなら、昔に誰かが見つけてる」


「見つけていないのは、“探し方”が違うからです」


 グレイスは杖を握り直した。


「私は水と氷の魔法が使えます。地面の湿りや流れを確かめられる」


 詰所長は視線を落とし、短く息を吐いた。


「しかしその前にやることがあります」

「まずは、現状を見える形にします」


 詰所長は視線を落とし、短く息を吐いた。


「……見える形」

「配分台帳と、受け渡しです。入った量と、出た量。残り。減り方。――そこを揃えれば、蒸発なのか、漏れなのか、どこで減っているのかが見えます」


 詰所長は一拍置いて、低く言った。


「それなら、できるかもしれん」


 その言葉は、期待というより確認だった。

 最後に残った理性で、縋れる枝を探す声。


 グレイスは頷いた。


「はい。増やす前に、まず減り方を止めます」


 詰所長の眉がわずかに動く。


「止める?」


「蒸発、漏れ、手順の穴。どれが主か切り分けます。……切り分ければ、やることは絞れます」


 詰所長はしばらく黙っていたが、やがて決めたように言った。


「分かった。朝、場を作る」


「場?」


「水番と、倉の者を呼ぶ。こっちで話を聞ける連中だ。――それと、責任者にも伝える」


 グレイスの胸の奥が少しだけ軽くなる。

 明日が動く。動かなければ終わる。


「ありがとうございます」


「礼はいい」


 詰所長は言い切ってから、言い直した。


「……いや。礼を言うのは、明日だ。結果が出たらな」


 扉に手をかけ、最後に振り返る。


「ひとつだけ頼む」


「はい」


「余所で“水”を口に出すな。噂は足が速い。……今日の夜には、人が扉を叩きに来る」


 グレイスは頷いた。


「だから、明日。内側で結果を出します」


「頼む」


 扉が閉まる。

 鍵の音はしない。閉じ込めるためではなく、境界を引くための動作だった。


 廊下の向こうから、乾いた咳が聞こえた。

 続いて、桶の底を叩くような音。水差しが触れ合う、軽い陶器音。

 それらが混ざって、夜の詰所の空気を薄く削っていく。


 グレイスは椅子に腰を下ろし、指先で掌の内側をなぞった。

 砂漠で身についた癖が、ここでも呼吸を整える。

 焦らない。熱を上げない。決めた順番だけを踏む。


 部屋の隅では、ラズが伏せたままこちらを見ている。

 緑の瞳は静かで、問いだけが乗っていた。


『明日、何をする』


「数字を揃える」


 グレイスは簡潔に答えた。


「入った量。出た量。残り。時刻。名目。――それだけで、減り方の癖が見える」


『癖』


「水が減るのには理由がある。理由が見えれば、止められる」


 ラズの尻尾が一度だけ動いた。

 賛同でも反論でもなく、理解を示す合図に近い。


『我は、何をすればよい』


「見張り」


 グレイスは迷いなく言った。


「誰かを威す必要はありません。ただ、余計なことが起きないように、静かにそこにいてください」


『承知した』


 無駄のない返事。

 それが、この国では強い。


 グレイスはトランクを開け、携行食を少しだけ口に入れた。

 水は、指先に作れる。だが作りすぎない。

 明日のために、今日の消耗を抑える。


 外の騒ぎは、少しずつ沈んでいった。

 諦めが夜に溶ける音だ。


 ――明日。


 詰所の鐘が鳴る前に、グレイスは頭の中で手順を組んだ。


 1つ目。倉の現物を見て、残りを確認する。

 2つ目。配分の流れを紙に落とす。

 3つ目。減りの大きい箇所を特定する。

 4つ目。応急で“減りを鈍らせる”結果を出す。


 それだけでいい。

 派手な奇跡はいらない。

 この国に必要なのは、喉を潤す前に、仕組みを整えることだ。


 灯りが揺れ、影が伸びる。

 ラズの黒い毛並みが光を吸い、体を走る緑の線が、ゆっくりと明滅した。


 グレイスはベールの内側で息を吐く。


 水がないから争いになる。

 なら、争いを増やさずに、水を守る形を作る。


 まずは――現状を、見える形にする。



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