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追放されて砂漠に飛ばされましたが、最強従魔と魔法で生き延びます  作者: ののじん
一章:追放、砂漠、契約

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2話:砂漠で生存開始

挿絵(By みてみん)

 光が消えた瞬間、肺に熱が流れ込んだ。


 砂が喉に刺さる。息を吸うだけで痛い。

 視界の端で地平線が揺れている。蜃気楼。――分かっているのに、足が止まりそうになる。


 グレイス=ソフィア=リヴェルノートは、反射で口元をベールで覆った。

 布越しの呼吸は苦しい。それでも砂を噛むよりマシだ。


 膝をついた砂が、熱い。

 そこにいるだけで体力が奪われる。


 「……ここは、だめ」


 声が掠れた。自分の声が、乾いて聞こえる。


 トランクの取っ手を掴む。革が熱を持っていて手のひらがじり、と痛む。

 放り出したくなる衝動を堪えて、立ち上がった。


 周囲を見回す。

 砂、砂、砂。どこも同じ色で、同じ明るさ。


 ――影。


 頭の中に言葉だけが落ちる。

 考えたというより、身体がそう言った。


 少し遠く、砂丘の斜面に小さな黒い帯が見えた。

 風で削れた岩の出っ張り。ほんのわずかな陰影。


 あそこまで。


 グレイスは走らない。走ったら汗が出る。

 でも止まったら焼かれる。


 歩幅を大きくして、早歩きで進む。

 トランクが砂に取られて、引っかかる。腕が引かれる。


 斜面に差しかかると、砂が足を滑らせる。

 一歩踏み外し、膝が沈む。熱で布が薄く焦げるような感覚がした。


 怖い。

 遅れたら終わる、という怖さが背中に張り付く。


 それでも、グレイスは手を前に出して体を起こし、また進む。

 指先が震えている。自分で分かるほどに。


 岩の影に滑り込んだ瞬間、世界が少しだけ優しくなった。

 直射が消えるだけで、息が戻る。


 グレイスは岩に背を預け、トランクを足元へ落とした。

 肩が上下する。胸が痛い。


 ――落ち着け。


 水は作れる。氷も作れる。

 それでも、今ここで無闇に使えば、あとで詰む。

 魔法は逃げ道じゃない。体力と同じで、管理するものだ。


 グレイスはベールの隙間から息を整えた。

 砂の匂い。乾いた風。遠くの熱。


 まず、生き残る。

 そのために――次の一歩を決める。


 岩陰は狭い。けれど、狭いからいい。

 風が少し弱まり、砂が顔に当たる回数が減る。


 グレイスはベールをずらし、短く息を吐いた。

 喉がひりつく。胸がまだ痛い。鼓動がうるさい。


 ――焦るな。焦っても砂漠は変わらない。


 トランクの留め具に指をかける。金具が熱い。

 爪先で一度叩いてから、ゆっくり開けた。


 携行食の包み。布。細身の木杖。短いナイフ。

 そして水筒。封がしてある。満タンの重みが手の中にある。


 その重さだけで、少しだけ安心が戻りそうになって、すぐに押し戻した。

 安心は緩みになる。緩めた瞬間に、次の判断が遅れる。


 グレイスは水筒をトランクの奥へ戻す。


 次に杖を取り出す。

 木目が淡く流れていて、握った指が自然に収まる。軽い。

 道具として、手に馴染む。


 ナイフは腰へ。

 見せるためじゃない。切るための位置。


 ここで一息ついた瞬間、身体が勝手に水を求めた。

 喉が鳴りそうになる。


 ――飲むな。今じゃない。


 飲めば楽になる。けれど、楽になった分だけ、その後が怖くなる。

 次にいつ陰があるか分からない。次にいつ動けるか分からない。


 グレイスは視線を落とし、指先に魔力を集めた。


 水は作れる。氷も作れる。

 ただ、作るたびに魔力は削れる。削れた魔力は、すぐには戻らない。

 追放の直後は特に、乱れやすい。体力が落ちれば、魔法も雑になる。


 だから――最小でいい。


 彼女は指先に、米粒ほどの氷片を作った。

 白い霜が、指の腹に乗る。


 それを舌の上に置く。

 すぐに溶けて、喉の奥へ落ちる。たったそれだけ。


 でも、渇きの暴走が少し止まる。

 “飲みたい”が“生きたい”に戻る。


 グレイスは息を整え、岩陰の外を覗いた。


 砂漠の光は凶器だ。

 陰から出た瞬間、全身を叩かれる。


 今日、やることは多くない。

 多くないほうがいい。


 まず、この陰を“使える陰”にする。


 グレイスは布を取り出し、岩の出っ張りと杖を使って張った。

 布の端を結び、風で煽られないように低く。

 日除けを“延長”するだけで、陰の面積が少し増える。


 その作業で汗が出そうになった。

 すぐに手を止め、肩の力を抜く。


 ――今は、無理をしない。


 次に、身体を冷やす。


 氷を作って抱えるほどの余裕はない。

 だから、冷気を薄く流すだけ。


 グレイスは胸元にそっと魔力を通し、ドレスの内側に冷たい層を作った。

 肌に触れないぎりぎりの場所を、冷気が滑る。


 熱が少し引く。

 汗が止まる。


 それだけで、今日の生存確率が上がる。


 彼女は岩陰に座り、膝を抱えた。

 目を閉じない。眠らない。

 眠ったら、体が緩む。緩んだら、砂漠は奪う。


 時間が、やけに遅い。


 風が変わる。

 砂の音が強くなったり弱くなったりする。

 遠くで何かが鳴く声が一度だけ聞こえた。


 それが魔物か獣かは分からない。

 分からないなら、近づかない。こちらも動かない。


 グレイスは杖を傍に置き、ナイフの位置を確かめた。

 何かが来たら、戦うのではなく、まずは守る。距離を作る。


 日が傾き始めた頃、空気が少しだけ変わった。

 熱が薄くなる。光が刺さらなくなる。


 ――動ける。今しかない。


 グレイスはベールを深く被り、トランクの取っ手を握った。

 夜は冷える。冷えるなら、歩ける。汗も減る。体力の消耗が段違いだ。


 目印は、星と風。


 昼に見た岩の帯を背に、風が一定に抜ける方向へ進む。

 足音は砂に吸われる。世界が静かすぎて、自分の呼吸だけが大きい。


 水は作れる。氷も作れる。

 けれど、暗闇で無闇に魔力を使えば、判断が鈍る。


 しばらく歩くと、地面の感触が変わった。

 砂が深くない。小石が混じり、足が沈みにくい。


 ここなら、少し休める。


 グレイスは布を低く張り、風を背に受ける形で身を縮めた。

 眠らない。目を閉じない。

 ただ、呼吸を整えて、脈を落とす。


 グレイスは水筒を取り出し、封を外した。

 冷たすぎない温度の水を一口飲む。


 喉がほどける。胸の痛みが少し引いた。

 生きている感覚が、ようやく戻ってくる。


 休む時間は短くていい。

 夜を全部寝床にしたら、移動できる距離が減る。


 空の色が、少しずつ変わり始めた。

 東が薄く白む。


 グレイスは立ち上がる。

 明け方も移動の時間だ。日が上がる前に、次の“昼の陰”を確保する。


 彼女は歩き出した。

 砂漠の冷たい空気が頬を撫でる。

 それでも、昼よりずっと優しい。

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