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追放されて砂漠に飛ばされましたが、最強従魔と魔法で生き延びます  作者: ののじん
乾いた街に、深い息を

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4話:枠を置く

 ☆


 朝の詰所は、いつもより重かった。

 空気が重いのではない。

 目が増えている。


 貯水槽の本補修が始まった。

 詰所の人間が回す。

 グレイスは手順を渡し、検査の枠を置いた。

 それでも“触る”という事実だけで、人は焦る。


 桶を抱えた者が、受け渡し台の前に集まる。

 声が低い。

 低い声は、いつも怒鳴り声の一歩手前だ。


「今日は、少ないって聞いたぞ」


「貯水槽をいじってるんだろ」


「俺たちの分はどうなる」


 水番が声を張りかける。

 だが詰所長が、先に言った。


「順番だ。――並べ。名を言え」


 怒鳴らない。

 怒鳴らないから、余計に怖い。

 詰所長の声は、場の背骨を立てる。


 それでも、背骨が折れそうな声が混じる。


「病人を優先だって? こっちだって家族が――」


「見張りが先? 俺らが死ねってのか!」


 言葉が刃になる。

 刃が交差する。

 交差すれば、血が出る。

 血が出れば、暴動になる。


 グレイスは前へ出ない。

 出れば、彼女が“枠”になる。

 枠は紙で作る。

 制度で作る。


 詰所長が、会議室の方へ視線を投げた。

 合図だ。

 “やれ”という合図。


 グレイスはベールの内側で息を吐いた。

 そして、紙束を持って会議室を出た。


 ☆


 受け渡し台の横に、板が立てられていた。

 昨日までは札だけだった。

 今日は板だ。

 板は、文字が増えるための場所だ。


 グレイスは板の前に立ち、記録係へ言った。


「書きます。大きく。読める字で」


 記録係が頷き、筆を取る。


 グレイスは短く言った。


「いまから、配分の優先順位を“固定”します」


 ざわめきが広がる。

 固定。

 その言葉は、救いにもなるし、刃にもなる。


 誰かが言った。


「固定だと? 誰が決める!」


 グレイスは、声を荒げないまま答えた。


「数字が決めます」


 板に書かれる。


 ――配分の優先順位(暫定)

 1)生命維持(重症者・飲めない者)

 2)防衛(門・見張り)

 3)配分作業(倉・水番・運搬)

 4)一般(区画ごと、世帯数で按分)


 読み上げるだけで、空気が張る。

 不満は消えない。

 だが、不満が“言葉”になれば、処理できる。


 グレイスは続けた。


「これは“善意”ではありません。暴動を起こさないための枠です。――枠が崩れれば、水はもっと減ります」


 水番が言った。


「揉めればこぼれる。押せば樽が割れる」


「はい」


 グレイスは頷く。


「だから、枠を固定します」


 誰かが怒鳴った。


「病人を優先したら、俺の子が渇く!」


 グレイスは一拍置いて言った。


「なら、あなたの子が渇かないように、一般枠を“世帯数”で割ります。――声の大きさで増える水はありません」


 ざわめきが変わる。

 “声の大きさで増えない”

 その当たり前を、誰も言い切れなかったから揉めていた。


 詰所長が低く言った。


「聞け。今日からこの枠で回す。違反は詰所の敵だ」


 その言葉に、場が少し静まる。

 詰所長の“背”が見える。

 背が見えれば、人は一歩引く。


 ☆


 決め方を置いたら、次は穴を塞ぐ。

 不正の芽だ。


 グレイスは板の横に、もう一枚紙を貼らせた。

 簡単な図だ。


 ――受け渡しの手順

 ・倉の鍵は単独で持たない(2名立会い)

 ・受け取りは木札(配分札)と交換

 ・木札には日付・区画・杯数

 ・記録係が受け渡しを記録

 ・余りは“予備”として封印し、夜半に確認


 水番が呟く。


「木札……」


「はい。配分札です」


 グレイスは淡々と言った。


「口約束は破られます。紙も破られます。――でも札は数が合います。数が合わなければ、すぐ分かる」


 倉の者が眉を寄せる。


「偽造されたら?」


「偽造されにくい形にします」


 グレイスは記録係へ言った。


「角を落とす。穴を一つ。焼き印を一箇所。――詰所の印です」


 詰所長が頷いた。


「鍛冶に焼き印を作らせる」


 人が動く。

 動けば、芽は摘める。


 だが、芽はすでに出ていた。


 受け渡し台の端で、若い男が桶を二つ持っている。

 本来、桶は一つだ。

 目立たないように、影に寄っている。


 水番が気づき、声を荒げかける。

 グレイスが先に言った。


「止めて」


 水番の喉が止まる。


 グレイスは男へ言った。


「桶は一つです」


「……家が二つある」


「なら、札が二つ要ります。今は札が一つです」


 男の目が揺れる。

 揺れは、言い訳の揺れだ。


 詰所長が一歩前に出る。


「名」


 男が名を言う。

 詰所長が記録係へ視線を投げる。


「書け」


 記録係が書く。

 名前が紙に落ちた瞬間、男の顔色が変わる。

 紙は刃になる。


 詰所長が淡々と言った。


「今日は帰れ。明日、札が出たら来い。――もう一度やれば、詰所から締め出す」


 男は唇を噛み、去っていった。

 殴らない。

 怒鳴らない。

 だが、制度で逃げ道を消す。


 グレイスは板を見た。

 枠は置けた。

 芽も摘めた。


 けれど、争いはまだ終わっていない。

 枠を置いた瞬間に、別の不満が湧く。


 ――誰が、優先を決めるのか。

 ――誰が、一般の按分を決めるのか。


 その疑念が、次の刃になる。


 詰所長がグレイスへ低く言った。


「……次が来る」


「はい」


 グレイスは頷いた。


「だから、次も枠で止めます」



 “次”は早かった。

 板に優先順位が書かれ、木札の話が出た瞬間から、人の目が鋭くなる。


「結局、誰が決めるんだ」


「詰所が決めるのか。外から来た女が決めるのか」


「俺たちは数字で殺されるのか」


 声は低い。

 低い声は、押し合いの前触れだ。


 詰所長が前へ出る。


「決めるのは詰所だ」


 それでも納得しない視線が残る。

 詰所は守りの役目だ。

 配分の“恨み”まで背負えば、守りが先に折れる。


 グレイスは一歩だけ前へ出た。

 前へ出るのは一度でいい。

 出た瞬間に、決め方を示す。


「決め方を、ここに置きます」


 グレイスは紙を掲げた。

 白紙ではない。

 すでに線が引かれ、数字が入っている。


「声では決めません。名でも決めません。――人数で決めます」


 ざわめきが変わる。

 怒りのざわめきから、耳を立てるざわめきへ。



 グレイスは淡々と読み上げた。


「生命維持。重い者が8、軽い者が19、飲めない者が2」


 誰かが言う。


「そんなにいるのか」


「います。台帳にあります。毎朝更新します」


 グレイスは続けた。


「防衛。門番と見張りが何人必要か。詰所長、数を」


 詰所長が答える。


「門に3。見張りに4。交代で最低これだ」


 グレイスは頷き、紙に書き足す。


「配分作業。水番、倉の者、運搬。これも最低の人数で回します」


 水番が短く答える。


「……3だ」


「では一般枠」


 グレイスは板の前に立ち、最後に言った。


「一般は“区画ごとの世帯数”で割ります。ここで揉めるなら、世帯数の数え方を揃えます。――今日、並んだ桶の数で取る」


 誰かが叫ぶ。


「嘘ついて桶増やしたらどうする!」


 グレイスは即答した。


「増やせません。桶は登録します。今日から番号を振ります」


 記録係が目を見開く。

 だが詰所長が頷いた。


「やれ」


 木の札に簡単な刻みを入れる。

 区画名と番号。

 派手な道具はいらない。

 数が合えばいい。


 グレイスは結論を言う。


「これが“決め方”です。誰かの好みではない。――数字です」


 数字は冷たい。

 だから、刃になりにくい。



 それでも、感情は残る。

 桶を抱えた男が、唇を噛みながら言った。


「病人が多いのは分かった。でも……俺の家の老人も、薬を……」


 グレイスは一拍置いた。

 否定しない。

 否定すれば敵を作る。


「薬に必要な水は、生命維持に含めます。――ただし、申告では決めません」


 男が顔を上げる。


「じゃあどうする」


「詰所が確認します。今夜、詰所長が“生命維持の名簿”を作る。そこに載った家は、明日から同じ線で守ります」


 詰所長が低く言う。


「……分かった。俺が見る」


 男の肩がわずかに落ちる。

 落ちたのは諦めではない。

 “形”が見えたからだ。


 グレイスは続けた。


「だから今日、ここで殴り合いをしないでください。ここで殴り合えば、明日が回りません」


 誰も返せない。

 殴り合いで水は増えない。

 それは全員が分かっている。



 次に、芽を摘む。

 制度を作っても、穴があれば抜かれる。


 木札を配る段になった時、記録係が小さく息を呑んだ。


「……札が、足りません」


 詰所長の目が細くなる。


「数は合ってたはずだ」


 水番が首を振る。


「俺は触ってない」


 こういう時に、場が割れる。

 疑いが人へ向く。

 向いた瞬間、また揉める。


 グレイスはすぐに言った。


「数えます」


 責めない。

 詰める。


 札を並べ、区画の数、今日の桶の数、予備の数を照合する。

 記録係の紙と、現物の札を突き合わせる。


 足りないのは、予備札だった。

 予備だけが、消えている。


 グレイスは詰所長へ言った。


「配る札ではなく、予備だけ。――狙いが明確です」


 詰所長が低く言う。


「偽造か」


「はい。明日以降に混ぜるつもり」


 詰所長の視線が鋭くなる。

 だが怒鳴らない。


「誰が持ち出せる」


 倉の者が答える。


「札置き場の鍵は、私と責任者だけ」


 責任者が顔色を変えた。


「俺じゃねぇ」


 グレイスは責任者を見ない。

 “今”責めると場が壊れる。


「決めます。今日から札は“予備を置かない”。必要数だけ作る。余りは毎夜、記録係の前で数えて封をします」


 詰所長が頷いた。


「やる」


 グレイスは続けた。


「それと、札は今日から“焼き印”を入れてください。詰所の印です。印のない札は無効」


 水番が小さく笑った。


「……それなら、混ぜられねぇ」


 詰所長が低く言う。


「鍛冶を呼ぶ。今夜作らせる」


 不正は大事にしない。

 芽のうちに摘む。

 摘めば、争いの刃が一本減る。



 配分は再開した。

 声は上がる。

 だが、上がり方が変わる。


「うちは3だ、札は3だな」


「区画はこっちだ、番号がある」


 文句ではなく確認になる。

 確認なら、記録できる。


 詰所長が一度だけ言った。


「……今日はここまでだ。夜半に残りを取る。余りは封をする」


 誰も反論しない。

 反論しても、水は増えないからだ。


 グレイスは板を見た。

 優先順位。

 手順。

 そして、決め方。


 決め方は示せた。

 それだけで、争いが一歩引いた。



 夕方、詰所の裏で風が鳴る。

 砂の国の音だ。


 グレイスは紙を畳み、詰所長へ言った。


「これで、明日の朝も回せます」


 詰所長が短く息を吐く。


「……回すだけならな」


「はい」


 グレイスは頷いた。


「回しながら、当てに行きます。水の匂いの濃い場所を」


 詰所長が目を細める。


「夜明け前か」


「ええ。ラズと動きます」


 壁際で伏せていたラズが、静かに尻尾を動かした。

 肯定の合図だ。


 詰所長は短く言った。


「無茶はするな。だが、急げ。――猶予は作れても、時間は増えねぇ」


「分かっています」


 グレイスは答えた。


 枠を置いた。

 芽を摘んだ。

 次は、根を当てる。


 砂の国の夜は乾いている。

 だからこそ、夜明け前に動く価値がある。

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