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危機

フランはふと気がつくと自分を見下ろしていた。

血溜まりの中で、倒れ伏す自分。

これがアレか、魂が身体から抜け出たというやつか。


幼少の頃は幽霊だのなんだのが怖くて、布団から足を出して寝られない時期があった。

暗闇に潜む何者かが、自分を引き抜こうとするんじゃないかという妄想が頭から離れなかったのだ。

訓練を始めて、疲れ果てて眠るようになってからは気になる事は無くなったが、それでもそういう存在は苦手だ。


自分がそうなってみると、意外と何とも思わないものだな。


それよりも倒れ伏したままのリアンの様子が気になる。


先程と変わらぬ位置で動かぬままで、胸の上下だけが生存を知らせてくれている。


角馬はもう、リアンを敵として見てはいない様子で、別の方を向いていので、これならば見逃されて運良く助かる可能性はあるかもしれない。


いや、右腕の出血が酷く、治癒が無ければ保たないか。

…せめて最後に準備した治癒魔法だけでも当ててやれていたらと、それだけが心残りか。


ふと、コントロールを失って飛んでいった魔法はどこに行ったのだろうと辺りを見回すと、馬の首が飛んでいるのが見えた。


剣士だ。見知らぬ剣士がいる。


ステップを踏むたびに長い金色の髪が舞っている。

身体はボロボロのようだが、剣筋は鮮やかで、息を呑むほど美しい。

ゆっくりと流れる様に振っている様にしか見えないのに、剣先は目にも止まらぬ程に速い。


馬に負ける様には到底思えない。


昔、親父がまだ居た頃の小さな頃のうっすらとした記憶。

寝物語に読んでもらった絵本を思い出した。

龍をも倒す、勇者の話を。


『そこの剣士よ!助けてやってくれ!

そこに倒れているのは、俺の大切な臣下なのだ!』


死人の声は聞こえない。


そんな事は分かっているが、フランは叫ばずにはいられなかった。


少しでもあの剣士に何かが伝わることがあって、それでリアンが助かるなら可能性が少しでも上がるなら、精一杯叫ぼうと思った。


「任せてよ。」


聞こえてくれたか!神よ!最後の願いを届けてくれた事を感謝する!


「最後とか辞めてよ、フラン。君も僕が助けるからさ。」


その声はここ数日、頭の中で鳴っていた不可思議で、少しやかましく、少し気持ちの悪いアイツの声色だった。


『声!声なのか!』


「んふふ、違う、違うって。

言ったじゃないか。」


仲間が殺された怒りか、魔法を乱射しながら走り寄ってきたもう一頭も斬った。

声は少し悲しそうな顔をしながら、剣の血糊を振って落とした。


「あぁ、お前も向かってくるか。


僕は逃げて欲しかったんだけどなぁ。

いいじゃない、番がやられたって恥も外聞もなく逃げ出したってさ。」


そう呟くのに反して、刃は冴え切っていた。

宙を舞う赤い血は薔薇の花が咲くようだ。


「フラン、僕は言ったじゃないか、お兄ちゃんって呼んでおくれって、ね。」


しかし気色が悪い。

救われた今なお。


『頼む、リアンを助けてくれ。』


「…僕は回復魔法が不得手でね。」


『ならば俺の身体を引きずって来てくれ!回復魔法を手に集めたまま死んだはずだ!表層に流れ出た分を差し引いても、まだ治癒の効果はあるはず、手を切り取ってリアンに使ってくれ。』


「その覚悟はさ、美徳だと思うけどね。

僕は逃げて欲しかったよ、フランにも、この馬にもね。


見た目も違うからさ、勘違いしているようだけど…。」


『返すよ。

この身体は君の物だもの、危なかったから少し借りたのさ。』




目の前に貼ってある一枚の薄い膜が剥がされたような感覚がした。


ガツンと身体に痛みが走る。


そうだ、俺も満身創痍であった。

声は俺の身体を借りたと言っていたので、この痛みの中あの剣の冴えを見せていたのだと考えると恐ろしい。


そのまま崩れ落ちそうになるのを耐えながら、手足に刺さった枝を抜いていく。

痛みで逆に頭が冴えて冷静になって来た。

魔法だ、まずは自分を癒す為に魔法を使わねば。


手のひらに湧き出た液体を啜ると、身体の痛みがすうっと引いていく。

脇腹の傷は完全には癒えていない様だが、それどころではない。


急いでリアンの剣へと走り、剣を握ったままの右腕を剥がそうとするが筋肉が硬直し、ガッチリ握って離れない。


『急ぎなんだから手首の筋肉を切っちゃいなよ。どうせ回復するんだし。』


「すまないな、リアン。」


俺は解体用のナイフを突き刺して、離れた腕を抱えてリアンの元へと走った。

腕をあるべき位置に置き、魔法を発動する、


リアンの腕の千切れた箇所はみるみる繋がって行き出血は止まったが、浅く弱い呼吸のままで今にも止まってしまいそうだった。


恐らく衝撃で身体の中も壊れているのだろう。

これで3回目の魔法で、感覚では次が発動するかどうかは分からない。


ダメでも発動させるしかない。

リアンの命が消えかけている。

ここで助けられなくては貴族と名乗る資格は、ない。


『大丈夫。魔力は残滓として身体に残る。

つまり、僕の分の魔力は君の身体の中に残っている。


落ち着いて、僕と君の魔力は、既に、とろとろに混ざり合っているんだ。』


「言い方の気色が、悪いな、しかし……。」


『しかし?』


「ありがとう。」


手に溢れる魔法をリアンの口の中へと注ぐ。


「飲み込め、飲み込んでくれ。」


注げども、光る液体は口の端から流れていくばかりで、体内へと入っていく様子はない。

意識もなく、体力も残っていないリアンが自発的に飲み込むのは不可能だろう。


「仕方のない奴め。」


飲み込めないのなら、吹き込んでしまえば良い。

そう思った。

フランは回復の雫を口に含み、リアンの口に自らの唇を付けてゆっくりと息を吹き込んだ。


体内へと流れ込む回復魔法の雫がリアンを癒していくのが、触れた身体の体温で伝わる。


『…おうふ、刺激が強い…!』


「ごはっ…!ごはっ…。」


吹き込んだ液体は、もしかすると気管の方へと入っていったのかもしれない。

しかしまぁ、いい。

苦しそうに咳き込むリアンを見て、フランは安心した。


「良かったな、リアン。」


リアンが笑う。

普段は頑張って大人になろうと気を張っている彼の、安堵の笑顔は年相応の子供の顔だった。


「…若様…申し訳…。」


「よい。」


『良いならいいけど。』


「よい。」

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