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手紙

屋台で飾り紐を買って帰宅後、リアンに渡した。

喜んでくれてなによりだ。


朝食を摂りながら、訓練所の雪を筋トレがてらに避けてしまおうかと考えていると、普段なら時間的にもう執務室に篭りっきりになっている母がやって来た。


「フラン、年末の挨拶が届いておりますよ。」


そう言われて受け取った紙束はそこまでの厚みがあるものではなかった。


年始は直接会う人達で、年末は遠くの人達から手紙で挨拶を交わす風習がある。

これが大貴族ならばとんでもない量が来るらしいが、家程度の弱小男爵家は交流のある貴族家とのやりとりぐらいなものだ。


「この手紙の方々は、家の状況や打算を抜きに友人として送って来てくれたのです。

誠意を持って返事をして下さいね。」


「心得ています。」


もちろん俺も相手へは、既に挨拶の手紙は送っている。

貴族だと一度返事を送るまでがマナーというか慣習で、季節の挨拶だとしても一往復はするものなのだ。


学校時代の友人なんかは慣習など気にもせず、これからも仲良くしてくれるかもしれないが、そんな彼らだからこそ丁寧に返事を書くべきだろう。


「お手伝いいたしますか?」


「最後に添削だけ頼む。なるべく俺からの言葉で返したいのだ。」


リアンにはもちろんそう言った。


自室の机に座り、ペンを持ち、インク壺を開ける。

手紙ももう一度読み返して、相手の顔を思い浮かべる。

共に学んだ学舎での思い出、訓練、勉学、野外演習。


どれも良い思い出だ。


…そうだ、先に部屋を掃除しておこう。

汚れた部屋では手紙にも澱みが生まれてしまって、相手に不幸が起きてしまう可能性があるからな。


『…ちょっと。』


部屋を出て箒と雑巾を持って来た。

机をピカピカに、床にはチリ一つ無いところまでいきたい。


ピカピカ、か。

そういえばピカピカ姫というお伽話があったな。

掃除好きな平民の娘が、その神に与えられたと言うべきな掃除スキルで成り上がっていく話だ。

子供の頃に誰でも読んだ物だ。

分かりやすく描かれていているのだが、それは子供用にカスタマイズされたもので、原文はかなりドラマチックに描かれているとメイドのリサから聞いた事がある。


手紙の参考になるかも知れない。

まずはそれを読むべきか!


『あのさぁ…。』


「なんだ、今良いところなのだ。

ピカピカ嬢が灯台をピカピカに磨いて難破しかけた貴族の船を救ったのだ。

そこに乗り合わせた貴公子とのロマンスが…。」


『はいストップ。閉じて。

その、本を、今すぐ、閉じて。』


「だからな、今良いところなのだと言っただろう?」


『ふぅん。

終わらないよ、そんな横道に外れてばかりいたら。』


「これ読んだら書くから。」


『…がっかりだよ。』


「ぁえ?」


『僕はキミに厳しくする必要なんてないと思っていたんだよ。でもペンを握った途端にこの始末、びっくりしたよ。


剣はあんなに集中してたのにさ。


昨日も言った通り領主になるには勉学も当たり前に必要なんだよ。

それこそ剣以上にね。

剣で守れる人よりも、ペンで守れる人の方が多いんだよ。

剣の方が身体張るからさ、やれてる気分にはなるだろうけど。


だからペンを持った時には厳しくする事にするよ。

勉強も強さの一つだよ。

僕はキミを強くするために来たんだから。』


…声の奴、こんな感じだっけ。

俺が不甲斐ないから、あえて厳しくしているのだろうか。

頭では分かっている。

領地を運営する為に必要な知識は膨大で、その中には手紙の返事を書くことも勿論入っている。

人が一人で生きていけないように、貴族も単独で存在出来ないだろう。

きっとそうなのだろうが、ちょっと…。

多分だが、俺は紙かインクにアレルギーでもあるのだと思う。


医学的に詳しく調べたら、命に関わる問題が発見されるはずだ。


「今から手紙の返事を書くのは少し難しい。

もうすぐ昼の特訓があるし…あとは、昼食もあるし…。」


『立派な貴族になるんでしょ。』


ぐうの音もでない。

ペンを再度持ち、机の引き出しに常備されている我が家の紋の入ったレターセットを取り出す。


「1行目がどうしても出てこんのだ。」


『はいはい、頭を使うのはそこじゃないよ。

挨拶は定型文、決まりきった文句があるんだよ。

だからそこから迷うのは完全に勉強不足だよ。


僕が言うから、覚えながら書き写して。』


「あぁ、あれか。雪の女王が美しく輝く季節がどうとかのやつか。」


『そう。とりあえずそれを書いて。

…あぁ、スペルが違う。それだと艶の女王になっちゃうよ。なんだか意味深だから直してね。


えー、はい。

字の汚さは気になるからこれから直してもらうとして、フランが自分で考えなきゃいけないのはここからだよ。


このテオって人はどんな関係で、どんな人なの。』


テオは母の姉の子、つまり従兄弟だ。

俺の2つ上で、歳も近いので小さい頃から交流があった。

運動神経のいい奴で現在は王城で兵士見習いをやっているらしい。


テオには少し歳の離れた兄がおり、家を継ぐ事はない為に仕官の道を選んだのだとか。


『じゃあ剣の努力を続けているから、いつか指導をお願いしたいって書いておけば。』


「うむ。王宮で使われている剣術は最先端だからな。」


『まぁ社交辞令だからそんな時は来ないかも知れないけどね。』


そんなものか。


こうして、声に添削と指導を受けながら手紙の返事を処理していく。

相手を立てながら具体的な約束など一つとしてない、完全に中身のない手紙を書き上げていることに、そこはかとない不快感はあるが考えすぎても仕方がない。


例年のことを考えてみれば、処理の速さは段違いだ。

残りはたったの2通。

いつもはギリギリ許される時期に届くかどうかというぐらいのタイミングまで掛かっていたことを考えれば、雷の神が指先に宿ったのではないかと思うほどだ。


「これがゾーンに入ったというやつか。」


『違うよ。学んだってやつだよ。

……ん?次の封筒だけ少し豪華だね。

お偉いさん?』


「あぁ。家格はそうだな。

しかしながら当人との関係を考えると…。

あ、マズい。」


マズい。本当にマズい。

俺は来年15歳になる。成人だ。

どうしよう…。


『何?なんか失礼な事でもしちゃった?』


「これからしてしまう可能性が大いにある。」


豪華な手紙の紋はランカーベル伯爵家。

格上なのは間違いないのだが、それが問題ではない。


クリスティラズ・ランカーベル。

送り主は俺の婚約者だ。


『あ、婚約者ね。そりゃあ丁寧に返さないと。』


「勿論だがそれだけではない。

俺は来年成人、つまり彼女と結婚出来る年齢になる。


普通は成人前の仮婚約から成人年に本婚約となる。

そこからお互いに大きな問題が無いことを確認して数年後結婚する事になるのだが…。」


『だが?』


「本婚約には贈り物が居る。

基本的には自分で狩りを行って、その毛皮や角などを贈る事が多い。

この獲物を狩る事が出来るほど成長しました、安心してください、とな。」


商家では金銭で代替したりもするらしいし、依頼を出して狩って来てもらう事もあるのだが、我が家は無理。

金がないので自分で狩ってくるしかない。


『あぁ、なるほどね、手紙でそれを触れない訳にもいかないのか。』


「それもある。

金の無い我が家では狩りをしてくる他ない。

うちの領地は狩場が多いしその方が受け入れるという誠意も伝わろう。


しかしだな、狩った獲物がすぐに贈り物になる訳ではない。

解体もなめしも乾燥も必要で、急いだからといって早められるものではない。


それにだな、女性に贈るのであれば角よりも毛皮だろう?

毛皮は冬の方が毛の質がいいし、なめすにも冬場の方が向いている。」


『そうだね。

…じゃあなんで今になって焦っているのさ。

もっと早く準備しないと。』


「あぁ、それはそうだがな、婚約が決まったのは3月程前で、手紙一枚だったのだ。どうも実感がな…会った事もないし。」


勿論話には聞いている。

友人の姉が同級生だったらしく、学校での彼女の様子なんかも話してくれたが、あまり相手の姿が見えては来ない。


二つも上の爵位から送られてきた婚約の申し出を断る選択肢など我が家にはなかったが、未だに見えない将来の伴侶には不安がある。


もし伯爵家の政治的判断での婚約なのであれば、相手の令嬢も会ったことのない俺との婚約は不安だろう。

出来れば贈り物ぐらいはちゃんとしてあげたいとは思う。


「狩りに行くか。

幸い手紙の返事も声のお陰で片付いた。

さてさて、何を狩るべきか。」


『グラス丘陵の角馬は?

毛皮も高品質だし、時間が余ればツノの加工品でアクセサリーも付けられるでしょ。


ハンティングトロフィーとしての角はプレゼントに向いていなくても、加工品なら喜んで貰えるかもよ。』


確かにそうかもしれん。

近いうちに準備を完了させて出向くとしよう。

角馬は中々の強敵ではあるが、慎重にやれば狩れる動物だ。


『狩りが好きなんだね。』


「あぁ。」


『勉強しなくていいからじゃないよね。』


「………………あぁ、勿論だとも。」

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