絶対に負けられない戦い
『さてさて、時間はあと2分半くらいかな。
僕と彼の一合目は見ていたよね?
じゃあもう負けないはずだ。』
アンリは簡単に言ってくる。
剣自体は間違いなく負けていない。
何がどう作用したかは知らないが、宝石が剣に取り憑いて産まれたエクスは、そこらの剣より圧倒的に硬く、鋭く、しなやかだ。
技量はフランの方が優れている。
それは足運びを見るだけで一目瞭然。
しかし、フランにとってはいつものことではあるが、身長差がある。
デカくて強いのは相手の方。
変身状態の今、本来ならフィジカル優位ではあるはずだが、扱いきれていない身体能力はあってないようなもの。
普通に当たれば互角かやや負けの可能性が高く、今の条件なら武器の差でやや勝ちの可能性が高い。
互角。
フランの精神状態が正常であればの話だが。
借金を手っ取り早くギャンブルで返そうとした罰が当たったのか、絶対勝てるからと更に借り増した金の重みが、背中にのしかかり、動きを鈍くさせる。
簡単に言うと、フランはビビっていた。
万が一しか負け筋のないギャンブルが、急に五分五分になったことに。
「おい、アンリ!ふざけてないで替われ!」
フランは小さく叫ぶ。
『なんでさ、良い経験になるよ。
負けても良い真剣勝負なんて、中々体験出来ないんだから。』
アンリが交代した理屈は尤もで、反論するには状況を話すしかない。
しかしフランは理由を言えない。
兄と自称するアンリの事を、確かにそれに類する存在として認めたからか、借金とギャンブルの話を身内にする事に抵抗があった。
『何?デカい相手にビビった?』
それは違う。
フランはデカい額にビビっている。
しかし精神状態は似たようなものなので、身体に現れる現象、発汗、身体の固さなんかは、正に相手を恐れて居る者の特徴を有している。
対峙するバーダーも、またビビっている。
それは当然、アンリがたった一振りで剣を弾き飛ばし、その後も追撃せず余裕そうに構えているからだ。
ビビる2人が見合ったまま動かずにいると、観客からヤジが飛ぶ。
「一度やられたからって尻尾巻いてんのかバーダー!」
「カウンター専門か?ルーキー!」
「デケェ身体でぶつかっていけよ!」
ヤジらしいヤジは、初手で負けたバーダーへのものが多いが、消極的なフランへも声は飛んでいた。
焦れたバーダーがようやく動き出し、大きな剣を活かして遠くから横に薙ぐ。
フランはそれをバックステップで避けて剣と剣をぶつけたが、避けながらで力の入っていないその攻撃はカキンと高い音を立てただけであった。
『あらー、大袈裟に避けてショッボい攻撃。
どしたのさ、マジでビビってんの?』
戦いは泥試合の様相を呈している。
ビビる理由は違えど、腰の引け過ぎた2人の剣戟は退屈そのものだ。
そうこうして居るうちに、フランの変身が解ける時間が近づいて来る。
『はぁ、ヒントあげるよ。
なんだい、フランが頭を使えるのは事件が起こった時だけなのかい?
得意だろう?
推測が。
さて、僕が何故、知らない相手の初手からあんな簡単に剣を奪えたと思う?
動体視力?反射神経?そんなもの、人は0.0何秒の違いしかないよ。
僕は経験から知っていたんだ。
アイツが何をして来るのか、何を嫌がるのか、そして…。』
何をどうしたらそうして来るのか。
戦いの最中に考えるなど愚か者と言う剣士もいるだろう。だが、フランの長所は想像力とそれに対する実行力。
アンリはそう評価していた。
でなければ、独りであんなに剣は振ってこられなかった。
座学という面では本当に大した事はないが、その場の閃きの様な知能は高く、回転も早い。
ゆっくりと正確な答えをだすよりも、素早く大雑把な答えを出すタイプ。
本来なら剣士と相性が悪い才能。
しかし、アンリはそういう剣士を知っていたし、その彼が途轍もなく強かった記憶もある。
フランもそう戦えば良い。
一合目より二合目。
戦いが後になればなるほど厄介になる性質、才能。
考えて戦え。
暗に伝えられたその指導はキチンとフランに伝わった。
アンリは肩に剣を担ぎ、舐めた態度を取っていた。
しかし、本来のアンリは剣には真摯。
対決でそんな態度は取らないはず。
ならば理由は一つ、挑発したのか。
自分より小さい相手が挑発してきた事で、怒るバーダーの心理を利用して大振りを誘発した。
来ると分かっている大振りに踏み込みを合わせて手を打ったと。
ふむ。
…ふむ。
なんだ、よく見れば、バーダーくん。
腰が入っていないじゃないか。
フランはスタスタと歩いて近づく。
近寄られる事に怯えているバーダーは、片手の横薙ぎでまた距離を取ろうとした。
腰も引けてる、地に足がついていない、片手の距離だけ取る為の一振り。
そんなもの!
フランは剣を両手で握り、その横薙ぎに打ち付ける様に思いっきり剣を振った。
バーダーとフランの剣が激しくぶつかり、再度剣が飛んでいく。
当然、バーダーの大剣だ。
『ホームラン。』
「ホームラン?なんだそれは。」
力のこもっていないバーダーの手に掴まれた剣に、変身状態のフランがフルパワーで叩きつけたなら、手放すのは道理。
技術など欠片も要らないその攻撃は、フランが初めて変身状態を上手く扱えた瞬間でもあった。
今度の剣は、カラン、などと情けない音は立てず、周りを囲む檻に激しく当たり、その格子の一本を破損させた。
よく見るとバーダーの剣を握っていた方の手首も折れている様で、試合の続行は不可能だろう。
フランは近寄る。
剣を持っていない左手に溜める魔法を見てバーダーは覚悟した。
何らかの魔法を撃たれて殺されるかもしれないと。
それを防ぐ余力は、彼には残っていなかった。
「動くなよ。」
最期通告とも取れるそのセリフの後、フランはバーダーの手首へと癒しの雫を落とし、治癒した。
驚くバーダーはその事実に気がついた後、負けを宣言したのだった。
勝者、エクサム。
「俺の負け…です、アニキ。」
誰がアニキだ、誰が。
そう思ったが、フランに宿った母のロマンス教育は、裏腹な行動を取らせる。
へたり込む大男の髪を乱暴に撫で、一言。
「女を抱きしめる腕は、男には必要だからな。」
「…うす、アニキ。あざっす…。」
『ひゃあ!』
「ひゃあ!」
それが聞こえたのは、当人のバーダー、リアン、そして剣闘観戦が趣味の令嬢だけだ。
その令嬢が有り余る権力を利用し、名を隠しているフランを探す事になるのだが、それは別の話。




