同じ穴の
いよいよ地下格闘技への出場の日。
俺は倉庫群の影にある一回り小さな倉庫へと入って行く。
広い内部には、カーテンで仕切られた椅子が用意されており、足元で薄い照明にぬらりと光る革靴とハイヒールだけが、人間がそこに居る事実を提示している。
それは客であろう彼らだけの話ではなく、給仕も薄布で顔を覆い、薄暗い室内では窺い知ることは出来ないようにされている。
足元は厚手の高級感のある絨毯で柔らかく、ランプは東方由来の細微な彫りのされた高級品。
給仕の運ぶカップの小さな高い音が、それも高価だと知らせる。
趣味の悪い虎の魔物の敷物が壁に飾られてあり、それよりも一際目を引くのは中央の檻。
『スリルを求めた金持ちの見せ物って感じだねぇ。』
あの中で、俺たちは戦うのだ、今日。
「おぉ、来たな。
お前の控室は地下だ、着いて来な。」
支配人の顔を見せるガンバーは、普段の粗野な装いではない。
髪は固めて後ろになでつけていて、襟付きの貴族服を着こなしている。
しかし目はマフィアそのもの。
強すぎる眼差しが、彼の素性を表してしまう。
「怪しさが増すな、そんな格好していると。」
「うるせぇよ。
フラン、お前もマントで全身隠して入って来やがって。
ここじゃなきゃ不審者だぞ。」
「はは、であればドレスコードは完璧だったわけだ。」
ガンバーが壁際に立つ男…屋台を壊した部下の1人の彼に目配せをすると、獅子の飾りを引き地下への扉を開ける。
数段下りると短い廊下の左手に扉。
その先が楽屋だ。
「こっちが獅子の間か。
じゃあ向こうはなんだ?」
「竜だ。」
俺がどっちが格上の方だ?と聞くと、ガンバーは一言。
「それをこれから決めるんだろう?」
外の空気が変わった。
入って来た扉とは違うもう一つの扉から人の熱気を感じる。
全く、趣味の悪い。
「そんで、なんで俺をセコンドに呼んだんだ?」
俺はガンバーに金貨袋を投げ渡す。
中には10枚の金貨。
『わお、1000万円いっちゃう?』
ヒラ聖騎士2年分の給金。
その全額が借金、そして新たに借り増した更なる借金。
「倍率はどんなもんだ?
受けてくれるな?胴元さん。」
俺はルーキー扱い。
向こうはランカー。
「6.8倍。
お前なぁ…俺を破産させる気か?」
馬鹿いうな。
ギャンブラーなど、全員同じ事を考えている。
「ケツの毛までむしりたいなぁ、ガンバー。
ま、その程度の額じゃ全然余裕だろうが。」
「はっ!高ぇファイトマネーだな。
負けても知らねーぞ?
大損するし、カッコ悪ぃ。」
確かにな。
ならば負けるわけにはいかないという事だ。
舞台への扉が開くと、その先から更に強い人の気配を感じる。
『良い感じだ。』
アンリはそう呟いた。
元来フランはどちらが強いなどという子供の遊びの様な比べごとに興味はない。
フランが強さを欲していたのは領地を滞りなく運営するために必要だったから、それだけである。
戦いを好んでいた訳ではないのだ。
だが。
「そうだな、良い感じだ。」
強者を身近に持ち、薫陶を受け、フランは戦う事の楽しさに気がついてきていた。
舞台に上がり、周りを囲む観衆を見渡す。
欲に塗れた豚と見るか、ガンバーと同じく好奇心に囚われた猫ととるか。
「狢、としておこうか。」
結局の所、興味を持ち出したのなら同じなのだ。
アンリがどこまで強いのか知りたいのは、フランも同じ。
観客を蔑む訳にはいかない。
対する相手はいかにも獰猛そうな獣、と言った風情だった。
裸になった上半身、その肩に担いだ研がれていない乱雑な大剣がその印象を強くする。
「それでは今回のメーンイベント。
バーダー対エクサムとの対戦を開始いたします。
ルールはアリアリ。
両者、構えて。」
ルールはアリアリ。
つまり魔法アリ、武器アリ、殺しても罪に問わない何でもありという訳だ。
ガンバーめ。
『あの人だけじゃない?
フランを子供扱いしてないの。』
確かに。
じゃあ良いところを見せないとな。
俺では。
「変身」
ないが。
ガンバーは聞いていたので、フランがマントの中で何らかの魔法を行使した瞬間は分かった。
だがその後の変化を語れと言われても正直言って何と言っていいものか。
うぉお?普段と全然違う姿じゃねぇか。
騎士か?王子か?何になったのか俺にゃ分からねーがカッケーな。
特に大袈裟な仮面と、馬鹿しか使わねぇ様な過剰な剣が良いな。
何だよアイツ、あんなもん隠し持ってやがったのか!
心は騒ぐが声にはせず、扉を開ける係を承っただけの部下をバシバシと叩きながら、ガンバーは興奮していた。
つまり、あれだ。
男の子の部分を刺激されていた。
雰囲気は変われど変身という事実を知らず、ただマントを剥いだだけど感じるバーダーには何を躊躇させる材料もない。
ただ、貴族風のいけ好かない男がニヤニヤと嘲る様な笑みで立っているだけ。
当然、バーダーは開始の合図と同時に駆け寄り剣を叩きつける。
観客にはそれを素直に受けた様に見えたが、恐らくバーダーの持ち手を剣の腹で叩いたのであろう。
振り切る前に痛みで手放された剣はすっ飛んで、カランという悲しげな音を立てた。
バーダーのランクは7位。
決してこの地下格闘技で弱い訳はないのだが、ガンバーは後悔していた。
全然敵わなさそうなマッチメイキングに。
フラン、今はエクサムと言うべきか、そいつの本性、本質、本気を一つも見ることが出来ずに終わってしまいそうな事に。
「んー、参ったな。」
アンリも困っていた。
生前、前世では、見せ物の腕試しをした事があったので、この場の趣旨は分かる。
たまに強いやつとやるのも良いからなぁ、なんて思っていたのだが、相手がちょっと可哀想なくらい力量差があると一合で理解した。
このまま、ちまちま凄惨ななぶり殺しにするぐらいしか観客を盛り上げる方法が浮かばないが、流石にエンタメの場でそれは気が引ける。
『あまり強くないのか。
楽しそうじゃないな。』
弟にも理解されてしまう始末である。
いや、もう、本当にその通りなのだ。
今のフランとそう変わらない力量だろう。
対人経験に優れている分、ややバーダーとやらの方が優勢か…。
欠伸が出そうだ。
…あ。
アンリの脳に閃きが降りてくる。
この場に意味を持たせ、エンタメたる互角の戦いを見せることが出来る、一石二鳥のアイデアが。
「フランに代わるよ。
良い経験になると思う。」
そうアンリが呟いた瞬間、フランの視界がねじれ、それが定まった頃には、落ちた剣を拾い直したバーダーが見えた。
「マジかよ。」
『丁度同じぐらいの実力のはずだから、頑張って!
アドバイスはしてあげちゃう!』
そうか、確かに同程度の実力なら良い練習になるだろう。
対人戦の経験など中々積むのは難しいからな。
ナイスアイデアだ。
この場が真剣勝負で大金を賭けて居なければ、の話だが。




