正義
『「変身!」』
光。
それが止むと、現れたのは貴族然とし過ぎている男。
髪は長い豊かな金髪。
鼻まである仮面は顔を隠していると言うよりは、神聖さを抑えているかの様だ。
襟は大きなフリルと繊細なレースで飾られて、服の生地は光沢のあるベロア。
これから戦うとは思えない装いのその男は、それでも剣を掲げている。
それもまた、豪奢な剣を。
「…何の真似です、聖騎士様。
貴族の真似事とは…私が何に怒り、何を悲しんでいるかを理解できているでしょう!
貴方は浅慮では無いはずだ、なのに…。
その衣装に掛かる金で、幾人の子を救えると思っているんだ!」
エクサムと化した俺の衣装は魔力で作られたイミテーション。
しかし知らなければ金に物を言わせて作らせた、馬鹿みたいな服装に見えるだろう。
恐らく、俺の貴族としての憧れが顕在化したのだろうと思う。
『アンリ、神父は実に庶民的なのだ。
意味は分かるな?』
エクサムの中でアンリに話しかける。
久しぶりの感覚だ。
「神父さん、あのね、豪華な衣装ってのはさ、金に余裕があったら作らなきゃいけない物の一つなんだよ。
これで雇用が生まれるんだから。
このフリルレースを作るだけで一年は暮らしていける家がある。
このベロアも、装飾も、それらに関わる人、その家族、部下を活かしているのさ。」
アンリには俺の庶民的と言う言葉が正しく伝わった。
神父は雇用を生む重要性を余り理解していなかった。
例えば貴族服は20からの工房が関わり、そこに勤める何百人の仕事となる。
道を作るのもなにもかも、貴族が振る仕事というのはそういう物だ。
豪華な生活をしたい訳ではなく、豪華な服を作らせて、大金を動かす義務があるのだ。
対して、神父のやっている「善行」は、その場の手の中に収められている子供の幸せのみを考えた行動だ。
毒を散布した結果、親を失い新たな孤児を産むのは思考の外としている。
見えている不幸が嫌なのであって、見えない不幸は許容してしまうのだ。
自分の正義を正当化し、守る為なら、俺の様な真っ当な調査を行なっている聖騎士にだって刃を向ける。
『正直言って、短慮だ。
ここで俺を殺せば済む問題ではない。
普通に考えて調査結果を仲間に知らせてから動くだろうに。
まぁ、俺は神父を慮って独りで行動した訳だから何も言えんがな。』
今アンリが動かないのは、判断に迷っているからだろう。
ここに来て間もないアンリには、善悪の区別が付いていなく、俺を信頼しているから動いてくれただけだ。
俺としても判断に迷うところで、罪は確定しているが、罰を与えるのは俺ではない。
聖騎士の仕事は国の罪を罰する事。
人の罪は俺たちの仕事では無いのだ。
こうやって襲われたなら対応はするが、個人的には正当に罰せられるべきだと思う。
特に根深い孤児の問題が絡んでいるのなら、結果を世間に問う為に、表に引き摺り出すべきだと思う。
なので理想は捕らえて引き渡す事だ。
しかしそうなると、神父は間違いなく死刑となるだろう。
そうなると厄介なのは、ララゼの存在から、長年孤児たちを救って来た神父には、彼を父と慕う盲信者が存在しているだろう事だ。
何処にどれだけ隠れているかも分からない、自覚もないテロリストの手綱を持っているのは神父。
狂った善人の種が、どう芽吹くか分からないのは怖い。
俺が思考の海に沈んでいる間、アンリは二人の攻撃をいなしている。
息のあった前衛後衛に分かれた連撃は見事で、俺ならばもう三度は死んでいる。
「何を迷っているんだい?」
アンリの俺に向けた台詞は、当然彼らにも届く。
「迷ってなどおりません!
お父様は私達の様な孤児を救える数少ない聖人です。
その方の活動を阻害する貴方は邪魔なのです!」
ララゼは叫びながら剣速を上げる。
もはやそれは捨て身と言っていい乱暴な攻撃だった。
『迷っては…いる。
良い人ではある、犯罪の動機も孤児院の資金不足による、孤児の衣食住と教育の不安からだ。
アンリはどう思う?
酌量の余地はあるのは間違いない。
しかし重い犯罪者なのも間違いない。
更に、盲信者を抱えていて、暴走の引き金となる可能性もある。
ここで斬るのは、悪手。
とはいえどうしたら良いものか…。』
「僕はフランに刃を向けただけで殺してしまって構わないと思うけどね。
足先から少しずつ切っていったらさ、何処で後悔すると思う?」
…え?怖…。
…アンリを兄として見るのに、もう不快感は無い。
そもそもアンリが俺を弟と呼ぶ理由は分からない。
しかしこれだけは理解している。
何故だか、コイツは俺を溺愛している。
弟として。
そんなアンリが、俺に敵意を向けた相手をどうするのか。
サンプルが一件しかなく、それも角馬という魔物なので参考にならないかもしれないが…。
結果だけで言うと、首を落としていた。
魔物だから、と気にして居なかったが…もしかして。
ここまで避ける事に徹していたアンリが、剣を振る。
余りにも滑らかな剣筋は、振ると言うよりも、あたかもそこに剣があったと見紛うほどだった。
「…とりあえず、悪い手はこれで無くなったね。」
ぼとり、ぼと、ぼと、ぼと、ぼと、カラン。
宙に浮いたララゼの左手と、右手の指が4本。
そして握られていた短剣が床に落ちた。
「ララゼ!」
膝から崩れ落ちるララゼを見て、神父が叫び、駆け寄ろうとする。
が、近寄れない。
アンリが神父を剣先で制しているからだ。
「ふむ。
ふむ、ふむ。
大義があるから許されると思っているタイプね。
僕の世界にも居たなぁ…。
いや、僕もそうだったのかもしれない。」
アンリは短剣を拾うと、神父の足元へと投げた。
ララゼの血に塗れた短剣を目にした神父は、怪物を見る様な目でアンリを見ている。
…俺も、アンリが少し怖い。
陽気で優しいお兄ちゃん。
アンリはそういう風に見せていた。
普段はそうなのかもしれない。
殺し合いの場の。
家族を害する相手の。
不快な相手への。
そんな相手を前に立つアンリを知らなかった。
隙も抜け目もない剣の達人は、こうも恐ろしいものなのか。
それに。
アンリは、怒ってもいる。
「拾いなよ、それ。
アンタを逃がしてやっても良い。
ただし、この娘を刺したらね。」
もしこの場に第三者が乱入して来て、どっちが悪人に見えますかと問えば、間違いなくアンリの方を指差すだろう。
『アンリ…?』
「アンタが、やって来た事が、正当で、大義があるならば、これぐらいなんて事無いだろう?
刺せば絶対に逃がしてあげるよ、嘘はつかない。
この娘一人を自分の手で犠牲にして、また自分の正義を好きなだけ振るったら良いさ。」
神父は短剣を見たまま、動こうとしない。
「お父様、刺して、下さい。
そして、私の、弟や、妹を、これからも助けてください。」
手を失った激痛の中、絞り出す。
そんなララゼを見ることすらしない。
俯くだけの神父は、逡巡して、ようやくポツと一言だけ言った。
「…出来…ない。」
「何故。
貴方は、他所の戦争を悪化させたんだ。
今更一人ぐらいなんだっていうのさ。
刺さなきゃ。
今すぐ、考えることもなく、この娘を殺さないと。
自分が一番孤児を救えるって思って、よそに毒をばら撒いたんだろう?
まぁ、結果的に孤児を増やしているだけだけど、失敗は誰にでもあるから、それはいいさ。
だけどさ、自分が一番救えると思った信念は、あるんだろ。
なら、刺さなきゃ。
下を!向くな!
見ろ!手と指を失って、なお、噛み付いてでもアンタを逃がそうとしている、この娘を見ろ!
お前は!自分が正義だと思って居るのだろう!
ならば、ブレるな、可哀想だろう、この娘が。
お前の毒で死んでいった奴らが!」
アンリは、多分、多分だが、戦争、もしくはそれに近い経験を持っている。
荒事に詳しいし、躊躇も無い。
アンリが怒る先は、神父の信念だった。
神父は、選んだのだ。
何かを犠牲にして、孤児を救う道を。
ならば犠牲が身内だろうが、突き進まねば。
そうでなければ、今まで自分の中の正義の名の下に行って来た全てが、ただの悪事に成り下がる。
『周りに良いカッコしたくて、他に犠牲を強いるなら、アンタが嫌う悪徳貴族と何が違うんだ。』
俺の声はアンリにしか聞こえない。
しかしその言葉が伝わったかの様に、神父は短剣を落として、膝をついた。




