善良な黒幕
違っていて欲しい。
そう思うが、状況証拠はある人物を指し示している。
「聖騎士様、言われた通り料理人を雇うことに致しました。
急ぎであったので、完全に条件の合う娘さんではありませんでしたが、彼女も未亡人らしいので、取り急ぎ雇う事としました。
ほら、挨拶なさい。」
横に立つ女性に挨拶を促す神父。
初めて会った時と同じく、優し気な爺さんだ。
…クソ。
思えば不自然な点はあった。
清掃の行き届いた孤児院。
痩せ細った子など一人も居らず、学びたいと言う子は送り出す。
よそ者の事情も知らず世間も知らない癖に、口だけは出す聖騎士の提言にもこうして素早く動き、人も雇った。
金が無くては出来ない事だ。
貧しい貴族家で育った俺が一番よく知っているはずだった。
有能な神父が運営しているから、上手くやりくり出来ているだけ。
そういう可能性もあった。
…しかし。
「よろしく頼む。」
「はい、ララゼと申します。
よろしくお願いいたします。」
おずおずと頭を下げる女。
そいつはからは余りに違和感を感じない。
異物感が無さすぎる。
普通、孤児院の様な特殊な場で、はじめましての挨拶から馴染むだなんてあり得ない。
これから住み込みで働くらしい彼女は、なんらかのプロの香りがする。
怪しんでいる俺ですらそう感じるのだ。
警戒させない教育を受けているとしか思えない。
「すぐ見つかって良かったな、神父。
金は…大丈夫か?」
「えぇ、この前話した通り、子供達だけにやらせてしまっていた分、浮いた金がありましたから、それを貯めていましたので。」
金が浮く訳がないのだ。
教会の金で運営している以上、収支報告をしているはず。
なので、予算から浮いた金が生まれる事自体おかしいし、それを貯められるのはもっとおかしい。
余りすぎているならば、減らされるのが予算だから。
考えられるのは、たった一つ。
別口の収入がある。
それだけだ。
それも端金ではないはず。
いくら孤児院が貧しく、利益が出ないので予算規模が小さいからといって、個人の小遣いで運営できる様な額ではない。
大口の収入。
この大きくない島で目立たず大金を稼ぐなど、不可能と言っても良いだろう。
セトとレンの稼ぎですら、マフィアが目をつけたのに。
「今日は屋台が襲撃されてな。
子供も無事だし、相手との話し合いも済んだから問題は無くなったが…疲れた。」
「そうでございましたか。
子供達が無事なのであれば、私から何も言う事はございません。
…ララゼさん、聖騎士様にお茶を出して差し上げて。」
台所へ捌けるララゼを横目で追い、警戒する。
もう俺が気づいていると神父が考えているのか、それは分からない。
だが荒事のプロっぽい女を雇うくらいだ。
警戒を深めているのは確かだろう。
「なぁ、神父さん。
セトとレンは良くやっててさ、定期的な儲けが出そうなんだ。」
「はぁ、それは何よりですなぁ。」
置かれた茶に口は付けられない。
神父はそれをチラッと見ているが、俺は話を続ける。
「子供にも作れる簡易な薬。
教会で売るにはこんなに向いた物はないんじゃ無いかとも思うんだ。」
「はぁ、そうですな。
ウチはまだ余裕のある孤児院ですが、本当にギリギリの所も多数あります。
そうした所の懐が潤うのは良き事です。
あの子達が作っていたのは薬でしたか。
てっきり飲み物だと勘違いしておりました。
どの様な効用があるのですかな?」
俺は説明を続けながら、疑いの目をどうにかして反らせないか考えていた。
セトとレンはもちろん、孤児院の子は皆この神父を親父として育ち、出て行った後にも何かがある度報告に戻って来る様な奴らも大勢居る。
慕われているのだ。
そしてそれに値する人格者だとも思う。
「下痢や嘔吐…。
確かに飢えるよりも渇きで死ぬ子の方が多いと聞きます。
ならばそれはやはり有用なのでしょうな。」
「あぁ…だから…。」
俺は本題を切り出した。
だから、毒を売るのは辞めてくれないだろうか、と。
裁判は避けられないし、重罪だ。
だが、彼は施設を管理する中で、あまりに不足する資金をどうにか稼ごうとした結果、毒の販売に踏み切った。
情状酌量の余地はあるだろう。
国がこの神父を裁くのであれば、国の責任で貧しすぎる孤児院を生み出した責任を裁くのは、聖騎士の仕事と言えるのではないかと、そう思ったのだ。
「聖騎士様の言う事は正しい。
だが、正論では解決できない事は山の様にあります。
…私が毒に手を出さざるを得なかった理由は想像がついておりましょう。
孤児の未来は暗い。
せめて私の手の届く範囲の子供だけでも、普通に生きられたらと思うのは仕方のない事でしょう。
栄養が足りなければ身体も小さい。
教育に掛かるのだってお金が掛かる。
ただ保護し、生き延びさせたところで何になるのか!
貴方の提言は正しい。
毒ではなく薬を売ってやっていけるのであれば、その方が間違いなく良い。
しかし!
確証が無い物に身を預ける事は出来ませんな!
私では無い!
子供達の身を、です!」
始めて声を荒げる神父を見た。
子供のイタズラや失敗を笑える人だ。
こんな顔、見たくはなかった。
彼は彼なりに正義を持って毒を販売して来たのだ。
そもそも孤児を産む大きな原因となるのは戦争だ。
わざわざそれを起こす馬鹿な大人の割を食って、戦争孤児が産まれている。
「ならばそいつらを食い物にして、孤児を保護する事は悪か!
聖騎士様。
聖騎士の正義がある様に、私にも有ります。
譲れません。
それにその薬は…私の毒と相性がいいのでしょう?
毒を撒いて、それを売れば、さらに金が稼げる!
そうすれば!
港に隠れ住む孤児も!誰の目にも触れず死んでいくだけの孤児も!助けられるのだ!」
『危ない!後ろ!』
頭の中で、アンリの声が聞こえた気がした。
身を翻して受けた俺の剣に、短剣が2本当たる。
偶然だった。
角度が違えば刺されていた。
「お父様。」
「…あぁ、彼は聖騎士として善良。
子供達を気にかける良い男だが…やむを得まい。
お互いの正義が違うのだから、戦いは起きるのだ。
そう歴史が証明している。」
お父様か。
そうか、この女性、ララゼも元々も神父の下で育った孤児だったのだろう。
孤児院を出て行った後、何があったかは知らない。
だが、動きも構えも、間違いなくプロだ。
「聖騎士様。
聖騎士、フランセスク様。
私は罪を自覚し、背負いながら、それでも子供達の為に金を稼ぎます。
貴方とダンダリア様が消えれば、私を疑う者は居なくなります。
子供達の為に、死んで下さい。」
立ち上がった神父は、壁にかけられた剣を取り、抜いた。
…構えがランパードやダンダリアに似ている。
元聖騎士、もしくは、聖騎士を目指していた者か。
油断すると視界から消えそうになるララゼは、現役の暗殺者だろう。
…マズいな…武力行使になるとは考えていたが、爺さん相手だと思っていた。
まさか使える2人を相手取るなんて。
…俺はこれを無傷で凌げるほどの力は無い。
しかし無傷でなければ、どちらの刃にと毒が塗られている事だろう。
逃げ出そうにも、教会の扉は避難所としての役割からどれも分厚い鉄板が入っていて蹴破る事は出来ない。
もたもた開けるのを見逃してくれる相手でもない。
せめてダンダリアを連れて来るべきだった。
神父を見逃したい、せめて罪人としてでも、重くならない様にと考え、一人で説得に来たのが間違いだった。
彼は善良だ。
だが、もう、狂っている。
何を見て来たのかは知る由もないが、孤児を産む者と蔑む者を恨んでいる。
軽薄だった。
毒を売ってまで孤児を救おうとする者の覚悟を舐めていた。
「他に道はないのか、神父、ララゼ。」
「有りましたとも。
…過去に!いくらでも!
これっぽっちでは孤児は救われないと何度も嘆願を出し!
これ以上受け入れるとパンクしそうな院に、それでも孤児を受け入れて!
貴方に責任はございませんが、私には子供達を守る責任があります。
命懸けで!」
あぁ。
嫌だなぁ。
この、狂おしい程善良な爺さんを斬るのは。
だが。
だが!
「罪人は罪人、罪は罪。
平等に使わねばならんのだ、俺は。
聖騎士だからな。」
『良い覚悟だ。
お兄ちゃん、褒めてあげちゃう。」
…やはりさっきの声はお前だったのか、アンリ。
帰って来たなら早く、早く言ってくれ。
これで2対2。
ならば負ける事は無い。




