ガンバー
「おっちゃん、奥借りるよ。」
ガンバーは薄暗い小ぢんまりとした酒場のマスターに声を掛け、奥へと進んでいく。
店の廊下の突き当たりの棚に手を掛けて引くと、それは棚に見える扉だった。
「カッコいい仕掛けだな。」
俺がそう言うと、ガンバーはニヤリと笑って、お前がやっと男なんだなって思えたよ、と言った。
隠し部屋の中にはシンプルなソファと丸テーブル、小さな棚の中に酒が収められていて、壁には裸の女の絵が飾られている。
「秘密基地って感じだろ?」
ガンバーはタバコに火をつけて、ソファの向かいに置いてある椅子に俺を促す。
「超カッコいいな。」
「はっ、そうだろ。
この酒場自体俺のシノギでな、改装する時作らせたんだ。
別に違法な物は置いちゃいねぇが、そう、カッコいいからよ。」
ガンバーは棚から酒とグラスを持ってソファに座った。
二人の前にグラスを置き、酒を注いでグラスをこちらに向けて来たので、俺は素直に受け取って、すぐに一口のんだ。
「怖ぇな、お前。
少しは躊躇してくれよ。
普通、毒とか疑うだろうが。
このご時世よ。」
タバコの煙と呆れを吐きながらガンバーはそう言うが、俺からしたらこいつは敵ではない。
セトとレンの屋台を壊しはしたものの、害するのが目的と言うよりも、守るのが目的の行動に思えたからだ。
「お優しいおっさんの酒に何を疑う事があるんだ?」
「おいおい、俺はガキの屋台をぶっ壊したマフィアだぞ?
寝ぼけた事言うんじゃねぇよ。」
あくまでもその姿勢を貫くつもりか?
それともまだ俺が敵だか見定めている途中って所か。
タバコの煙がこの部屋唯一の光源のランプに翳され、青白く光る。
安物ではない香りだが、決して高級品でもないそのタバコ、そして出された酒も高級品では無い所からも、無差別にむしり取って来た男では無いのだろうな。
「見張りはお前んところの若いのか?」
「あ?あぁ、うちでも置いた。
アンタが見たのがそいつかはしらねぇが。
おっと失礼。
俺はガンバー、シェーダファミリーのガンバーだ。」
「これはご丁寧に、俺はフランセスク・ストランド。
聖騎士だ…仮だがな。」
うちでも。
つまりこいつが知る限りでは、自分のところだけでは無く、何組かがセトとレンを見張っていた事になる。
俺たちは誰がどこに所属しているかなんて知りようが無かったので、それだけでも収穫だ。
「乾杯。
それで、なんで俺がお優しいって、頭が沸いた事言うんだ?」
ガンバーはグラスを掲げて、そう言って本題へと入った。
手を伸ばすとシャツの袖の端から刺青が見えて、こいつが裏社会の人間だというのが嫌というほど伝わってくる。
「乾杯もまだだったな。
すまない、一口飲んでしまった。
乾杯。
お優しいだろう。
あのまま屋台を続けたら、ろくな事にならないとわざわざ忠告しに来てくれたんだから。
暇なのか?マフィアというのは。」
「ははは、フランセスク。
ちっちぇ見た目の割に気が強えな。
まぁ、暇だよ。
人殴るか、人脅すかしかしてねぇからな。
こうやって普通に話すだけで、実は良い人なんじゃないさって言われる始末だ。
…お前な。
保護者ならあんな危ないシノギ、させんな。」
危ないシノギ。
どういう事だ?
薬としての効果も多少はあるが、人の命を劇的に救うもんじゃ無い。
それに、俺は商人ギルドにレシピを提出した際にも、レシピの使用を割と安価に設定して来た。
それに教会関係者の使用は無料。
つまり一人や一組で独占出来る様な設定にはしなかったのだ。
それを屋台で売るのの、何が危ないと言うのか。
「あ?なんだその顔。
理解出来てねぇのか?
お前さては聖騎士になったばかりだろ。
そういえば仮って言ってたっけか。
アンタらが追ってる、スコトストラが戦争で毒を使った件。
その毒がどんな毒だか知らねぇんだな?」
スコトストラでの毒物については、確かに聖騎士が追っている。
ダンダリアの口ぶりでは、まだ毒だとは確定していない様だったが、マフィアのこいつが言うのならそうなのだろう。
蛇の道は蛇。
裏の話は裏の奴が一番詳しいだろうから。
「聖騎士はまだお宅ほど詳しく追えていないんだよ。
チッ、やっぱり毒なのか、スコトストラがブーディン帝国に大勝した原因は。」
「意外と大した事無いんだな、聖騎士サマも。
毒だよ、毒には珍しく病気みてぇな症状が出る奴でな、流行病っぽいんだ。
つまり、嘔吐、下痢、発熱。
確かに知らねぇと毒だって分かりにくくはあるか。
だが戦場にはおあつらえ向きだ。
重い風邪をひきながら万全に戦える奴なんていねぇだろうからよ。」
成程。
それは確かに危ないシノギとなる。
嘔吐、下痢、発熱。
どれもそれ単体では人の命を奪いにくいが、ある症状の引き金となる。
そうなれば人は生きていけない。
めまいや頭痛、そして段々と動けなくなり、死に至る。
「脱水症状を引き起こす毒か。
偶然にも対処薬を売ってしまったと言うわけだな。」
「そういう事。
ブーディン帝国は砂漠国だろ?
あそこにゃ効果テキメン。
まともにゃやり合えなくなるだろうさ。
戦線を支える力じゃ無くて、体力を奪う毒だ。
だが、アンタの作った新型レモネード…あれレモネードって言って良いのか?
まぁ、アレがあれば戦線への復帰もかなり早まるだろうよ。」
その通りだろう。
貴族として毒の対処法は学んでいる。
すぐに吐く事が出来れば、吐く。
水と合わせて悪化しない毒なら、じゃんじゃん水を飲み、身体の中で毒を薄める。
水を飲めばその分出ていくので、毒の排出も早まる。
「あのレシピは兄から教わった物でな。
なんと言ったか…そう、経口補水液。
確かそんな名前だ。
兄が言うには、脱水症状はなかなか厄介な物だから、効率よく身体に水を吸収させる為に調整してあるらしい。
本来は身体を動かす人間に向いている飲料らしいのだが、今回は…まさかそんな風に噛み合うとは思わなかった。」
「へぇー、兄貴ね。
あぁ、まぁ、だから俺はてっきり、毒に対処出来る薬をガキに売らせて、犯人を誘き出そうとする人でなしだと思った訳よ。」
「見張りは何のために?」
「あ?飲み物に毒を入れて評判を地に落とすのが一番手っ取り早い排除方法だろ。
それの阻止だ。
人の命を救える薬なんだろ?アレは。
傷が付いてちゃあ、宝石だって売れねぇもんだ。
しかもガキが頑張って売ってるときたらよ、そんな事させる訳にはいかねぇだろう。」
良い人か。
スコトストラの件が毒だと分かった時点である意味任務完了だ。
聖騎士が裁くのは人ではなく国。
証拠を揃える必要はあるが、確証があるなら調べやすいのでそう時間も掛からないだろう。
そうなれば聖騎士としてスコトストラを罰するだけだ。
毒を売ったやつを裁くのは、この国の王か警邏か兵士か、誰に裁判権があるのかは知らないが、そいつの仕事だ。
「聖騎士としては、マフィアか…もしくはここの領主が犯人だと疑っていたんだが、毒の販売者がマフィアという線は消えたな。
ガンバー、アンタならもし相手がマフィアなら、子供の屋台など襲わず、シェーダファミリーとして殴り込みに行くだろう?」
「まぁ、な。
そんな事する奴はマフィアの風上にも置けねぇからな。
あんま勘違いすんなよ、俺らはマフィアで、良い奴らじゃねぇんだから。
あんまり目立った商売すると、普通に俺らみたいなのも寄って来るぞ。」
そうだな。
俺は見張りがついた原因を金銭だと推測していた。
それも間違いでは無いだろうが、まさか効能自体が原因だとは。
「…アンタをわざわざ俺の秘密基地まで連れて来た理由、分かるか?
こんな警告、そこら辺で出来る。
ちょっと事情を知る奴なら、ちょっと考えたら分かる事だからな、隠す事でもねぇ。
おい、フランセスク。
アンタらが追う犯人は意外と近くにいるぞ。
マフィアの俺らが見慣れない奴がガキを監視してた。
俺らよりも早くだ。
俺らが警戒したのはレシピが商人ギルドに登録されたその日からだ。
つまりそれより早く効能に気がついて、警戒している奴がいる。」
「毒に詳しいから早く気がついたのか…?
いや、それもおかしいな。
売っているのはほとんど普通の飲み物だ。
レシピに調整を加えて脱水症状に効果があるってだけだから、飲んだだけならそんな推測なんて不可能だ。
登録した後に、レシピの中に記載のある効能を読めば、ガンバー達の様に警戒する奴らが出るのは分かるが。」
この時点で少なくとも医療に詳しいという最低条件が入るので、領主でも無さそうだ。
ゼロでは無いが、おそらく違うだろう。
早いうちに効能を知っている人間は多く無いが、今回は広まる前に知って警戒していた。
そんな人物、俺は一人しか思い浮かばない。
「なぁ、ガンバー、貴族の世間知らずだと思ってくれて良いんだが…、孤児院の経営というのは、厳しいものなのか?」
「当たり前だろ。
利益を出す仕組みがないんだから、寄付と上から降りて来る運営費しかないんだぞ?
領主が善良だろうが、教会が慈悲深かろうが、得る物が無けりゃ限りはある。
例外なくギリギリだ。
例外なく、だ。」
そうか、そうだよな。
俺は目を瞑り、犯人の顔を思い浮かべ、グラスの酒を飲み干した。




