家族
フランはセナル島に居る。
母上はそう呟いてくれた。
それを聞けたなら僕の目的は完了したも同然。
ここに居る意味は無くなった。
だけど。
存在を感知され動けなくなった。
母上はフランと変身して話した時、紋章を付けてくれた。
最後に抱きしめてくれて、こう呟いたんだ。
「お帰りなさい、アンリエント。」
初対面だったにも関わらず、僕が誰でどういう存在かを認識していた。
それに今も。
あり得ないはずだ。
神様が出来ないと言うのなら、出来ないはずなんだ。
だけど母上は僕が居ると確信している。
思えばフランもそうだ。
神域で一度だけ、運が良ければ数度剣を教えられるだけのはず。
そう神様と契約してこの世に降りてきたのに、何故かフランは僕と話まで出来る。
変だよ、二人とも。
「アンリエント、もしかしてフランと離れましたか?
…いえ、自らそうしたとは考え難いですね。
考えますので少し待ってください。
…あぁ、なるほど。
フランはセナル島に居ますからね、少しはぐれて船に乗られては追えないのですか。
全く、フランも小さい頃そういう面がありましたが、貴方もですかアンリ。
勝手にどこかへ行って途方に暮れるのです。
多分父上様に似たのですね。
あの人も今現在もそうなっているのでしょう。」
おぉ、流石母上、完璧に正解だ。
魔力を強めてみる。
さっきはこれで存在を察知してくれたから、肯定の代わりになるんじゃないかと思ったんだ。
「ふむ、やはりその様ですね。」
意図も伝わってくれた。
母上は机の引き出しから大きな地図を取り出して広げる。
「良いですか、アンリエント。
大陸のここ、北東に位置するのが我がストランド。
現在地でございます。
そこから北西へ向かったところにあるのがゼイリ。
フランはそこへ行きましたね。
それからランパードからの手紙でセナル島へと向かった事が書かれていました。
なのでフランはここ、ゼイリから真西にある港町から更に海を西へ行くと浮かんでいる島に居ます。」
説明を口に出しながら指で国をなぞる。
まさか自分の母に最初に教わる事が、地理だとは思わなかった。
普通は何を教わるんだろうね、産まれて初めての時は。
間違い無く地理ではない事だけは確かだろう。
魔力を強めて再度肯定の意を表すと、母上は満足気に頷いた。
「ふむ。
貴方の気質はおそらくこの母に似ていますね。
私は困ると足で稼ぐタイプでございましたが、父上とフランは考えて答えに目星を付けてから動き出すタイプでございます。
アンリ、良く母を頼ってくれました。
嬉しく思います。
さぁ、行きなさい。
フランをよろしく頼みましたよ。」
母上は最後に指を刺してそう言った。
僕はそれを見て、数秒だけ寄り添ってから屋敷を抜けだした。
早く飛んで行こう。
母の指さす方へ。
フランが待っているはずだ。
移動に捜索に、色々時間を使ってしまった。
恐らく2ヶ月くらいは経ってしまっているかな。
寂しがってくれているだろうか、フランは。
全速力で飛んでも、一生懸命走るのと変わらないくらいしか速度が出ないこの身体が恨めしい。
疲れはないから、トータルでは速く到着出来るんだろうけど、頑張っても速度が変わらないというのは意外ともどかしいのだ。
行きはあんなに楽しく話しながら、世界の素敵さを再認識していたのに、一人飛ぶ夜空は真っ暗なのか。
◆
聖騎士のフラン様に課された課題は意外なものだった。
セトと別れて商売をしろと。
しかしそれは、納得できるものだった。
思えば、フラン様はここに来てからと言うもの、俺たちに生きる術を教えてくれている。
始めは剣を教わり、俺も傭兵として生きていける大人になれると喜びがあったが、どうやら目的は剣で身を立てるものではなさそうだ。
「なぁ、セト。
フラン様は俺たちに何をさせたいんだろうか。」
この件に関してはライバルと呼ぶべき親友にそう問いかけてみたが、セトも分からないと首を振る。
「僕たちが可哀想だから世話を焼いてくれているって感じもしないんだよね、フラン様からは。
紐取りに参加してくれる時は一緒に楽しそうにして下さるし、僕らがやるべき仕事も手伝ってもくれる。
僕の方がレンに聞いてみたかったことだよ。
傭兵団みたいな戦う集団にいたレンなら分かったりするかなって。」
俺にも分からない。
孤児院を出た後に俺は傭兵団に入って、碌な能も無く、縁故も何も無い俺は使い潰され、ただ剣を持って前線で突っ込んで行き、そこらで野垂れ死ぬだろうと思っていた。
だが、このたった1か月ちょっとで、文字と計算が多少出来るようになった今では、同じ傭兵団に入ってもその珍しさから重用され、死戦へ送り出される可能性は減った。
それどころか、わざわざ死にやすい傭兵にならなくとも、兵士にさえなれる可能性もある。
このまま学んでいけば、他の戦う仕事では無くとも選べるようになるだろう。
「セト、どちらにしろ、俺は全力で売れるように頑張る。
多分、多分だけど、俺たちに生きていて欲しいと真剣に考えてくれている唯一の大人だ。
その人に言われたなら、俺はやる。」
思えば遊んでいるだけに感じる紐取りも、連携を鍛える訓練として捉えていたが、逃げ方を覚えるのも兼ねているのだろう。
とにかく生きていく事を考えてくれているのだ。
俺たちと3歳程度しか変わらないはずなのに。
「そうだね。
…僕はここを出たら港の荷運びとか、相当運が良くても店に入って馬車に乗って荷物を街から街へ運んでさ、その内荷物に潰されたり盗賊に襲われて死ぬと思っていたんだ。
だけど今は店の中の仕事が出来るようになる取っ掛かりを貰ったから、自分次第で何かにはなれるかもしれないって思うんだ。
だからね、レンに負けるわけにはいかない。」
負けるわけには…?
そうか、班を分けたのはそれが狙いか。
「勝負だったか?
セトが俺と競おうとするのは珍しいな。」
「チャンバラとか相撲みたいなレンの土俵では燃えないけれど、頭を使うのなら戦えるかもしれないだろ。
それなら負けるわけにはいかないって。」
セトがそうやって考えてくれていたのが嬉しい。
俺は俺でいつも人が周りにいるセトに劣等感があった。
同じ時期に始めたことで、同い年の親友と競えるのが楽しみだ。
「そうか。
だが俺も負けるわけにはいかない。
しかし…うん、足を引っ張り合う訳にもいかないな。
お互いどう考えているか話そうか。
フラン様がレモネードの種を置いて行ってくれたからな、これでも飲みながら。」
時間も遅く、起きているのは俺とセトの年長組ぐらいだ。
チビ達には悪いが俺たちは味を知って売り方を考えなければいけないから、これぐらいは許してもらおう。
「…レン、今の今までこんな事は考えた事はなかったんだけど、さ。」
「うん。」
「このレモネードが…僕らが成人になってさ、お酒に変わった後も、一緒に飲めたらいいね。」
そうだ、そうだな。
友と共に歩める可能性すらあるのか。
そうなのか。
「あぁ…。楽しみだ。
あと3年ぐらいか。
フラン様ともいつか一緒に、飲めたらいいな。」
そう呟く俺を目をまん丸にしてセトが見ている。
なにを驚く事があったのか。
「なんだよ。」
「いや、いい考えだなって思ってさ。
レンはあんまり他人に興味無さそうなのに、そんな素敵な事を言うなんて驚いてさ。」
そんな風に俺を見てたのか。
俺だって繋がりを重く考える傭兵団出だぞ。
「お前こそ、へらへらと表面上だけ他人に合わせる奴だと思っていたからな。
俺と競おうとするなど驚きだ。」
「なんだよ。
…まぁ、力は強く無いからね、僕は。
人と争ってもバカを見るだけ、そうだろ?
でも、僕も男だからね。」
そうだな。
俺はコップにレモネードをもう一杯作り、かき混ぜる。
セトももう一杯飲むようだ。
「レン、乾杯。」
「あぁ、セト、乾杯。」
成程。
これがいい夜って奴か。




