セトとレン
俺は子供達の面倒を見る傍らで、教会の業務を手伝って過ごしていた。
待機が命令とはいえ、子供達が働いているのを見ながら昼間から酒を呑んで眠りこける程には図太くないのだ。
「嫌味かい?」
もちろん嫌味だ。
「急に動かなきゃならなくなるかもしれないんだよ。
それにね、アンタがいくら心を砕いたって、私らは任務が終えりゃここを離れる。
仲良くし過ぎると、アンタもあの子達も後で辛いよ。」
ダンダリアはそう言うが、俺の目的はあの子達を将来捕まえたくはない。
仕事があってそれにやりがいがあれば、俺たちや憲兵のお世話になる事もないだろう。
その為に暇な時間を使うのはなんら咎められるべきではないさ。
「ダンダリアも手伝うか?
結構見所あるぞ、あの子達。」
呆れた様に両手を空に向け次の干しイカを齧る彼女を見て、俺が教えているあいつらには、こうはならないで欲しいと思った。
だがなぁ、聖騎士に憧れ始めている奴らもいるんだよなぁ。
傭兵の子レンと、孤児のリーダーのセトは特に。
聖騎士の長だったらしいランパードも初手に後ろからぶん殴って来たし、もしかして聖騎士ってそんなとんでもない奴らばっかりなのか?
とにかく、今日も今日とて訓練だ。
このひと月ほど、朝から昼ごはんの間までを訓練の時間とした。
尻尾取り、字の書き方や計算、剣の振り方。
その三つを順ぐり行って、彼らの特性が見えて来た。
リーダーの役割を果たしているのはセトとレン。
セトは単純に良いやつだ。
人を良く見ているし、その人が何をして欲しいのかを先に考える癖が付いている。
孤児になった経緯に関係あるかもしれないので、喜ばしいかといえば微妙だが、これからのセトを助ける事になるだろう。
セトの周りには人が集まってくるだろう。
レンはある意味ドライだ。
感情に依らず、指示を指示通り行う。
やりたいかどうかよりも、必要かそうじゃないかを重視している様だ。
こちらも傭兵らしいといえばらしい。
契約を重んじる性格は信用を産む。
レンの周りには物が集まってくるだろう。
だが、どちらをリーダーに据えるのかはまだ保留としている。
セトは優し過ぎるので流されて、その内組織は保たなくなるだろう。
レンは情に流されないので、利を提供出来なければ人は居なくなるかもしれない。
どちらも極端で、どちらも悪いというわけではない。
運があればセトの周りに優秀な奴らが集まって、強い集団になるかもしれないし、レンに集まる金に人が集まり、大組織を作れるかもしれない。
「なぁ、セト、レン、明日は一日俺にくれ。
ちょっと別の方向の授業をはじめようと思うんだ。」
二人はこのひと月ほどで、かなり話を聞いてくれる様になった。
師匠と自称するのは恥ずかしいが、そう思って敬意を持って接してくれていると伝わって来る。
「フラン様、何をするんですか?」
セトが端的に質問をぶつけて来る。
レンは少し考える様子を見せたが、俺の返答を待つ構えだ。
「町に遊びに出るぞ。」
喜んで良いのか、それとも他の子に罪悪感があるのか。
思っていた提案と違ったのか。
二人は揃って微妙な顔をしていた。
翌日、屋台が開かれている広場に二人を連れ出し、朝飯を食べる。
子カニと白身魚、トマトのスープに、茹でた麺が入っている物にした。
「二人の好きな食い物はなんだ。」
これはちょっと意地悪かもしれないが、聞いておかなくてはならない。
孤児として生きるという事の1番の弊害は選択肢の少なさだろう。
未来へ進む道の少なさから夕食のメニューまで、なんでも自分で選べないまま大人になるしかない奴が殆どだ。
「スープは仕込みが上手くいったら美味しくなるから好きです。」
セトはそう答えた。
「身体が強くなるなら、なんでもいいです。」
レンも似た様な反応だ。
味の好き嫌いではないのが悲しいが、やはり二人とも興味は薄い様だ。
「ちょっと待ってろ。」
俺は席を立って屋台を回る。
スープを作る屋台を中心に5品程と3人分の飲み物を持って二人の元へと戻って来た。
「端っこから食っていって感想を教えてくれ。」
二人はこちらの意図を汲み取れず、大人しく端から食べていく。
ここ最近飯を一緒に食べる様になって、俺の食事マナーが少しずつ伝わっていて、そこらの人よりコイツらの方が上品な匙使いをしているのが面白い。
「どれが一番美味かった?」
まぁ、答えにくいだろう。
全部不味くはない。
屋台とはいえプロの仕事、当然だ。
なぜ答えにくいか。
「いや、ほとんど一緒だし…。」
セナル島の特産は海鮮とトマトで、保つ様に干された物が味もよく安価で売られている。
なのでこのスープ、別々のところで買ったにも関わらず味に大きな差異がない。
「俺は強いていえばこの、エビのやつが好きです。」
レンが絞り出したが、多分それはエビが好きなだけなんだろう。
「さて、なんでほぼ同じこのトマト味ばかりが売られているか考えたことはあるか?」
「安いからじゃないですか。
僕が買う側なら、やっぱり値段で選びます。」
セトの考えも間違いじゃない。
値段で淘汰される。
それも実際あったのだろう。
「じゃあ、なんで全部トマト味なんだろうな。
野菜はそこまで値段に差は無いぞ?」
「やっぱり特産だから…?
オレは傭兵稼業について回ってたから、屋台はその地の物を売る傾向にありました。」
レンの言うことも一理ある。
だが教会にあった本の中に答えは書いてあった。
二人も目についてはいたはず。
そこで暮らしていたのだから。
だが読めないから知識として得られない。
「二人の話を統合しても、正解まで半分ってとこだな。
確かに安価で美味い特産を売るのは正しい。
でも、なぜ干したトマトが特産になったのか、そこまで考えないと。」
この地は港町だ。
つまり商売相手は船乗りとなる。
船乗りは恐れ知らずだが、彼らが怖がるものは二つあると言われている。
母ちゃんと、船乗り病だ。
これはダンダリアと乗っていた船の船員から聞いた笑い話なのだが、父ちゃんは屈強でいかにも怖いが、たまにしか帰ってこない。
毎日いる母ちゃんの方が偉いのだと刷り込まれて育つ。
連綿と続く由緒正しい母への畏怖は、妻へと引き継がれる。
たまにしか帰らない夫が家で大きな顔をする訳にもいかないので、結局妻にも頭は上がらない。
「だから俺ら船乗りがイカつくって怖く見えてもなぁ、坊主!母ちゃん達の方が強えーのよ!がはは!」
そう教えてもらった。
まぁ、これは余談で、本命はもう片方の船乗り病。
船の上でも腐りにくい干し肉や釣れた魚ばかり食していると、歯の隙間から血が出る様になったり、皮膚の薄い箇所が黒ずんでいく。
次第にそのまま弱り死んでいくという恐ろしい病気で、過去の船乗りは原因不明のこの病を呪いだ黒魔術だと恐れていたらしい。
しかし現在は水は魔法に頼り、ワインを積み込んでいる。そして水で戻した干した野菜を戻して食べているのでそうはならなくなったそうな。
様々試された歴史の中でもトマトが病によく効き、味も良かったと。
それで夫の為に妻が干したトマトを仕込み、料理もそれに合わせられた。
「そういう歴史があるのさ。」
「へぇ〜普通に食べてましたけど、そんな話が。
じゃあこのスープは妻の愛って訳ですね。
夫が船でも無事でいられます様にって。」
妻の愛か。
良い例え、詩的だな。
「ん…傭兵にもそういう注意はありましたが、野菜を食えと言われるだけで特産などには…。」
レンは傭兵団のキャラバンにいた経験が長い。
彼らは独自の流浪文化を持っているが、定住しない為に年単位での管理が必須となる農業分野は発展しなかったと考えられる。
「だが傭兵団は牛とかを連れて歩くだろう?
荷物持ちと食肉両用として。
そこでしか食べられない牛のレシピもやっぱりあるんじゃないか?」
あぁ、と頷いたレンの頭には浮かんだ料理があるのだろう。
懐かしいその料理をいつかは食べられると良い。
「でだ。
船乗りに必要なのは果物や野菜に含まれるなんらかの物。
それでこんな物を作ってみた。」
袋から取り出したのはレモンの砂糖漬け。
数日経っているので、砂糖は溶け切り、透明なトロリとした液体にレモンが大量に浮いている代物だ。
飲み終わったカップに注ぎ、瓶詰めで持って来た水を注ぐ。
「レモネードですね。」
そう。
ただのレモネード。
普通は入れない塩も入ってはいるが。
だが、これにも船乗り病に効くというのをアンリから聞いたことがあった。
ストランドの屋敷にはレモンが少量栽培されていて、スライス一切れ、砂糖と水、そして塩を入れた飲み物を訓練後にアンリの勧めで飲んでいた。
なにやら、人がたくさん動いたあとには塩と水、飲みやすくするために砂糖、そして疲労を後に残しにくくする為のレモンらしい。
「へぇ…そんな効果が。
でもあまり飲まれてませんね、ここでは。」
それぞれの材料は簡単に手に入るし、なんならレモンは教会の裏手に野生で生えていた。
しかし売られてはいない。
「ま、特産品の弊害ってやつかな。」
トマト料理が盛んな為に他の研究が進まなかったのだろう。
砂糖が安価になったのもここ100年ほどと言われているので、それも影響しているのかもしれない。
コップの塩レモネードを飲み干した二人。
美味しいは美味しいけれど、別にこれといった感想も無いようだ。
強いていえば普段口にしづらい甘味が嬉しいくらいか。
「これな、子供でも簡単に作れるし、砂糖漬けはかなり保存が効く。
船の上でも飲めるんだ。
今の船乗りの飲み物は、水魔法の水と、腐りにくい酒だけだろう?
甘味は少ない。
酒が好きではない奴も居るはずだ。
効能が正しく伝われば売れる。
と、いう訳で。
二人をそれぞれリーダーにして班を分け、これを屋台で売って貰う。
毎週報告も貰うし、3人で話す場も必ず設ける。
屋台の場所は、俺が許可をもらうから二人が決めるように。
それじゃあ、稼げるように頑張れよ。」
二人は正反対の性格だ。
だがこの時は、二人揃って同じ顔で呆けていた。




