孤児
朝早くに起きて、ダンダリアの脱ぎ散らかした服と、自分の脱いだ畳まれた服を集めカゴに入れ、部屋を出る。
宿舎を出ると朝の冷たい空気が肺を満たす。
これこれ!
ここ何日かはダンダリアのせいで自分のリズムを崩していたが、夜明けの太陽が登るのを見ながら身体をほぐすこの時間が好きなのだ、俺は。
教会の方へ歩いて行くと、もう動き始めている子供が何人か見える。
その中に昨日の少年が混じっていたので声を掛けた。
「おはよう。随分と早いな。」
少年はこちらを振り返り、井戸の水汲みを中断してこちらへ駆けてきた。
「おはようございます。
洗濯物ですか?お預かりしますよ。」
凄いな。
昨日も感じた事だが、喋り方が丁寧だし、頼む前に意図を汲んでくれる。
頭の良い子なのだろう。
いや、それは浅慮だな。
俺だって小さい頃は、何故大人は俺を子供扱いするのだろうかと考えていたではないか。
子供も経験が足りない面はあれど、自分で思考するのだ。
この子が賢いのは間違いでは無いだろうが、どの子も考えは頭にあるのだ。
「教わりたい事は考えたか?」
「ええ、僕は、ですが、計算と文字を知りたいです。
そうすれば何処かでは働けますから。
ここを出ていかなくてはならなくなっても、生きていける。
それに働いていれば、弟や妹達のうち、1人でも救えるかもしれないので。」
偉すぎる。
こいつに比べれば、剣ばかり振っていた俺は馬鹿丸出しだな。
「分かった、覚えておこう。
それにしても随分と早く働き始めるのだな、余暇はあるのか?
働き詰めだと学ぶ時間も取れまい。」
今はようやく日が登った頃。
昨日は昼過ぎ。
帰りの夕方にも姿を見たので、いつ休んでいるのかの想像がつかない。
「大丈夫ですよ。
僕らは水係なので早いんです。
水がないと炊事も掃除も出来ませんからね。
その後は朝食を食べて、また水を補充したら暫く休憩があります。」
なるほど。
飯時前に働いて、それからが余暇になるのか。
「学びたい者はどのくらいいるか分かるか?」
「昨日聞いてまわった感じだと…8人でしょうか。
年長組ですね、僕の様な。
やっぱり将来が現実になって来ているというか、焦りますから。」
年長と言っても10歳やそこらだ。
12歳まではここで面倒を見てもらえるが、それからは働き口を探せば見つかる歳になる。
そうなると追い出されるに近い形で出ていかなくてはならないそうな。
酷な話だが、孤児は増える。
居るだけで財政にダメージがあるので、それでも優しい方なのだろうか。
「そいつらは仕事はバラバラだな?
年長が引っ張らねばならんからな、2人ずつ4班といったところか。
ふむ…基礎があればそれでも構わないが、初めからバラバラだと効率が悪いな。
もし良ければこの時間、全員を呼べるか?」
「呼べるのは呼べますよ。
起きては居ますから。」
「そうか。
大変かもしれないが、始めは全員でやりたいんだ。
これから教会の方へ行って時間や方法は詰めるがな。
なるべく普段は少なくしたいとは思うが…仕事を放棄させるわけにもな、お前らの下の負担が増えるのは嫌だろう。」
それはそうですね、と安心した様に少年は笑った。
出た後の後輩のことを考える優しい奴だ。
自分がやりたいことが出来たとて、仕事を押し付けてまでやる様な考えは嫌なのだろう。
「教わる事から始めないとなぁ。
俺にもお前らの事を教えてくれるか?
まずは、お前の名前からだ。」
少年、いや、セトから聞いた話を頭で反芻しながら剣を振りながら考えをまとめる。
彼らの仕事は水汲み、清掃、炊事、洗濯の4班。
とにかく人数が居るので、一般的な家事だとしても単純に量が多く時間が掛かる。
そしてたまに買い出しなどで年長者が何人か取られたりもする。
タイムラインは重なっていないが、身体を休める時間を作らなければ子供には耐えられない労働だろう。
その休憩時間はある。
そこを学びに使うのはどうなのだろうとも思う。
その時間に遊んだりして絆を深めているのだろうしなぁ。
一番長く時間を取れそうなのは昼食後か。
食事と洗濯で使った水の追加、洗い物。
区分けして日毎に清掃する箇所を変えればその時間はフリーに出来る。
洗濯を取り込むのももう少し後でいいだろう。
◆
想定される反論を用意して。神父に会いに行って出鼻をくじかれた。
その言い方は適当ではないか。
神父は優しい人だったのだ。
子供を働かせる鬼を想定して行ったので毒気を抜かれた。
「多少家事が疎かになろうと、お願いしたい。
あの仕事を与えているのも彼らの為でしてな。
家事が出来れば何処かで使ってもらえる、その為の訓練なのですから、別の方向性で才能を見つける手立てを増やすのは大賛成です。」
話が分かる。
色々話し合って、この人は裏もなく子供が好きなのだな、と感じた。
子供達の仕事ぶりから厳しい人なのだろうと想像していたが、それは彼らの将来を憂いた優しさから来るものだった。
「金に余裕はあるのか?」
「本来なら火を使う炊事は他所から人を雇う様に指示されていますからな、あります。
料理が出来れば働き口が増えるのでウチでは雇い入れていませんでしたが…。」
その優しさが裏目に出る事もある。
神父は神の法には詳しく、優しさもその為の厳しさも持ち合わせているが、政治には詳しくない。
なぜ教会がそう指示しているのかの奥を見ていないのだ。
「ならそこに人を雇って貰えるか。
いや、それは子供と関係なくやって貰わねばならん。
あのだな、貴方の事を悪く言うつもりはないが、孤児が出来る原因の一つに夫を亡くした妻の身の振り方の難しさがある。
炊事で人を雇えと言うのは、火を使うから危ないと言うわけではない。
未亡人の働き口を作り出せって話だ。
そうしなければ結局、身を売り病み、新たな孤児を産むだけだからな。」
「そんな…!」
苦い顔で考え込む神父。
だが一面とはいえ事実は事実。
伝えなくてはならない。
「……分かりました。
早急に雇い入れます。
未亡人で見つけるのが良いのですね。」
「あぁ。
いや、子持ちの未亡人、だ。
なんなら働いている間は孤児達と共にして良ければ預かれるだろう?
それを嫌と思わない人間性を持った女性の方がいいだろうなあ。
親が家に居ない時間の子供も守れるし、そういう人ならば孤児にも優しいだろうからな。」
「はい。
ではそれで配布を出します。」
これで炊事の時間は無くなるし、長い目で見れば教会の為にもなるだろう。
しかし教会組織は凄いのだな。
こういう、ある意味生産性の低い施設には金が無いものだと思い込んでいた。
「貴方様は珍しい聖騎士様ですな。」
「どういう事だ?
秩序を守る組織なのだろう?
子供の未来を考えるのはその最たるものだと思うが。」
「ははは。
まだ小さいのに、素晴らしいですな。
それで、時間があるのなら、もう少し詳細に話し合いましょう。
料理人を雇ってからの話ですが、私も教育の内容を聞いておきたい。」
もちろん、歓迎すべき事だ。
そうして神父と話すべき事はたくさんある。
帰りは夜遅くなってしまったが、敷地内だ。
危険などない。
部屋へ戻ると、何故だかダンダリアが拗ねていた。
暫く仕事はないと言っていたのだから何の問題もないだろうに。
「出て来るならそう言ってから行け。
色々遊びに行こうと思っていたのに。」
面倒くさい。
付き合いたてか。
そういうのをぶん投げる為に聖騎士になったのだ、俺は。
面倒な相手は酔い潰すに限る。
うんうんと適当な相槌を打ち、無駄に優しい言葉をかけて酒をじゃぶじゃぶ飲ませると、すぐにダンダリアは眠りについた。
コイツ、今日は何にもしてないのではないか。
俺はその後、昨日途中まで書いてやめた文字表と計算の問題の続きを書いてから寝た。
ダンダリアを押して隙間を作り、ベッドに入るとふと一つ、思い出した。
「あの神父…俺の事小さいのに偉いって言ってたな…。」
頼れる大人が出来て嬉しい気持ち。
それによって流されていたが、寝る前になって引っかかった。




