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一夜の明けかけ

拉致されアンリを失い、肉体的にも精神的にも疲れ果てた俺は、食欲もないのでダンダリアを待つためだけに、市場の近くでぼーっと突っ立っていた。


傷心を表に出したつもりはないが、身体が動かずにいたのだ。


しばらくそのままでダンダリアを待っていると、遠くからのしのしとしか言いようがない威容で歩いてくるのが見えた。


「何だいフラン、わざわざ待ってくれたのかい?

アンタも腹ペコだろうに、案外可愛いところあるんだねぇ。」


違うと言うのも少し憚られる程喜んでいたので、苦笑いだけを返した俺を、高いテンションになったダンダリアは連れ回した。


肉や肉、それと肉を食い、後は肉を食べさせられ、最後に肉を食べた。

正直、一人の時はせっかくの港町なのだから、海産物を食べようと心に決めていたのだが、俺がメニューを開く前にダンダリアがジャンジャンと計画性も無く頼むものだから、肉で腹を満たしてしまった。


というか、もうパンパン。

もう口直しのハーブ一枚も入らない。


のにも関わらず、酒場へと引っ張られ、生まれて初めて飲む、多分火をつける用のアルコールだと思う酒を飲まされた。


幸い意識を失う様な事は無かった、と言いたいところだが、気がつくと朝。


ダンダリアと出会ってから俺はどうにかなってしまったのか、2日連続で見知らぬ場所で目を覚ましてしまった。


「どこだここ…。

あ、頭が痛い…。」


一口でも水が欲しいと辺りを見渡せば、乱雑な机の上に水差しが置いてあったのでそれを飲んだ。


いつのものか分からない水は、正直腐っている可能性も考えたので少しだけ口に含んで毒味をしたが大丈夫そうだった。


「散らかり過ぎだろう…。

なんだ、この布…。」


水差しを持ち上げた時に崩れた布を、元に戻そうと持ち上げると、まぁ、下着だった。


女性用の。


まさか!?


ばっと自分の服をまくって色々と確認するが、異変はない。


大きく息を吐き安心していると、ベッドで寝ていた大女が起き出した。


「酔い潰れてするリアクションは普通、女の方じゃないのかい?

傷つくんだけど。

襲いやしないよ、子供を。」


ベッドの上であぐら、頬杖をついている彼女は、当然何も着ていない。

それはそうだ。

俺が邪魔なゴミだと思った彼女の下着は今俺の手の中にあるのだから。

よく見渡せば脱ぎ散らかした服はその辺に散らばっている。

何か着てもらおうにもどれが昨日の着ていたものかは分からない。


とりあえず綺麗そうなシャツだけ投げ渡し、それを羽織ってもらう事にした。


「もっとそれらしいリアクションしてくれたって良いじゃないの。」


「そんなこと言われてもな。

貴族だからな、俺は。


女の裸は見慣れているのだ。」


「わお。

慰み者とかやっぱあんの?」


そんなものは無い。

無いが、入浴の補助などもメイドや従者の仕事だ。

流石に裸では行うことはないが、薄い肌布一枚、すぐに濡れてしまって肌に張り付くので裸同然だ。


物心ついた頃からそうなので、裸と性的なイメージが結びつき難いのだ。


「どんな悪徳貴族を想像してるか知らんが、業務で裸に近い女が居るのが普通の環境だったのでな。

今のお前を見てもだらしがないとしか感想はわかないな。」


ダンダリアは不満を尖らせた口から吐き出しながらシャツのボタンを閉じた。

悪戯が失敗した子供の様な顔をしているが、やってる内容は年端のいかない男に裸を見せて狼狽えさせて揶揄おうという、下品の極みだ。


「あのな、俺が我を忘れて襲い掛かったらどうするつもりだ。

男の性欲と乙女の純情をいじくり回すとロクな結果にならんぞ。」


「そーですね、すいませんね。」


ハニートラップなどに掛からない様にの訓練も兼ねているらしく、貴族の嗜みとして慣れていた俺だから良いものの。


「はぁ、酒場のおっさんなんかは谷間を見せるだけで飲み放題になるってのに、お子ちゃまはやり難いねぇ。」


昨夜は散々呑ませた癖に、未だに子供だと思っているのか?

それならそれで問題があるだろ。


「だから俺も成人していると言っているだろう。

何の目的があってそんな事をするんだ。」


「いやぁ?フランが落ち込んでるみたいだからさ、慰めてやろうと思って。

相棒になるしね。」


まだふざけるようなら言い返す準備も出来ていたのに、急に核心を突いてくるから言い淀んでしまった。


表に出したつもりもないのに、こんなガサツそうな女に見破られた事の方に狼狽えてしまった。


いや、それよりもだ。


「相棒ってなんだ。」


「聖騎士はツーマンセル、2人1組で動くのさ。

今は私に相棒がいないから、アンタを連れてきたんだよ。」


聖騎士という、特殊な仕事に就く気持ちは完全に作ってあった。

もしかすると、自分の領地どころか、属している国に弓を引く可能性すらあると。

その覚悟はきちんと腹に決めて、ランパードの元へと赴いた。


しかしこんなガサツ女とペアを組む覚悟はしてはいない。


初日から剣で戦わされ、拉致された相手だ。

飯といえば肉、未成年だと判断している相手に、酒と呼ぶには余りにもアルコールが過ぎる液体をぶち込み昏倒させて、自室に連れ込む様な女だ。


胃が痛くなってきた。


俺には無いのか?女運というものが。


ストーキング商人、脳筋剣士、ワイルド越えて野生としか言いようがないダンダリア。


…どこかにそういう運を司る神の祀られている神殿はないのだろうか。

今なら3日3晩不眠不休で祈り続けるのだが。


「ね、とりあえず手伝って貰うからね。」


「…隊長と副隊長はどこだ。

それと、俺の聖騎士加入の認可をするためにもう1人必要なのだろう。

部下がいると言ったじゃないか。


その彼らと合わせてくれ。」


何故かびっくりした顔をするダンダリアに、嫌な予感がする。


まさかな。


「昨日の飲み会に3人とも居たじゃないか。」


まさかだった。

俺は知らん内にひらかれた飲み会で、上司や先輩との面通しが済んでしまっていたらしい。

キチンとした挨拶を出来ていないのは、これまでの人生経験からしてとても気持ちが悪い。


「すまないが、改めて挨拶をしたいのだが。」


「もうゼイリに戻ったよ。

交代要員として来たんだから、朝の便で帰ったはずさ。


あ、心配しているんだろう。

分かってるって、多分、ちゃんと書いて貰ったはずさ。


…まぁ、宴もたけなわだったからねぇ。

アレだけど。」


脱ぎ散らした服の山をガサガサと探りながらシワシワの紙を取り出してこちらへと渡す。

それを見ると、確かに認可状が3枚増えていた。

そんなにはいらないはずだが、ノリで書いてくれたのだろう。


ノリと分かるのは、字が乱れきっているからだ。

ゴリゴリの酔っ払いだという事がこんなに字から伝わる事があるのだと知ったのは初めてだ。


「書いた本人は覚えているのかこれは。」


ノリで書かれたと分かった認可状。

分かったのだが、書いてある名前が分からない。

乱れた字からは、一体誰が何という名前なのかを読み取る事が出来なかった。


「覚えているかいないかは、問題じゃあないよ。

問題は別にあるのさ。」


なんだそれは。

そうか、ここで起きている事件のあらましを話してくれるのか、そう思い少しだけ姿勢を正す。


「これさ、審査官に提出した所で受理してくれるのかね。」


乱れ、しわくちゃで汚れた紙。

絶対シラフではないと確信されるであろうその紙を見て、疑うこともあるだろう。


正気をだ。

臆面もなく出して来た馬鹿の頭もだろうか。


「そっちか。

仕事の話にでもなると思ったぞ。」


「あはは。」


こいつは何故笑っているのだろうか。

とりあえず正気に戻さねばと水を差し出す。

飲み終わったコップを受け取ると、それを一息で飲み干してコップを置き、こちらに手を伸ばして来た。


起き上がるのに手を貸せと言うことだろうか。

まぁ、レディをエスコートするのは男の勤めだからな、相手がこんなんでも。


手を掴んで起こそうとしたが、逆に強い力で引っ張られて、ベッドの中に引き摺り込まれた。


「何の真似だ。」


「私の勝ち〜。」


「何の真似だと聞いているのだ。」


「二度寝したいから付き合いなよ。」


二度寝は身体に良くないと教育されて来たので不満があるが、がっちりホールドされているため抜け出せない。

文句を言おうにも、俺を絡みとる鎖は寝つきが良いようで、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。

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