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船出

起き始めは視界には真っ白な色しか見えず、死んだのかと思った。

それか、アンリと出会った空間の様な所へ、また紛れ込んでしまったのかと。

身体は上手く動きはしない。

ただ身体は温かく心地よい。


「天国か…。」


何となく呟いた感想はそれであった。


アンリの空間は手を伸ばしても何かに触れられそうな気はしなかったが、此処ではとても近くにある様な気がして手を伸ばした。


柔らかく温かい。

感触を確かめる様にもにもにと触り続ける。


「可愛い顔してスケベだね。」


スケベ?何の話だ。

もしかして俺に言っているのか?失敬な。


「人の胸を揉みしだいとして、不満そうな声を出さないでよ。」


俺が目覚めたのは、ダンダリアの膝枕の上だった。

恐らく。

声はダンダリア。

そして彼女が言うには目の前に広がる真っ白な物は彼女の胸らしい。


自分の身体の不自由さの原因は今なお不明だが、何らかの魔力的干渉を感じるので、ダンダリアの魔法か何かで捕縛されているのだろう。


「私みたいなさ、若い女の膝枕なんて人によっては金を払ってしてもらうもんだよ。」


領地の兵士に聞いたことはある。

若様が大人になったら連れてって下さいよ、こんな良いお店が待っているんですよってな。

その中に膝枕で酒が飲める高級店の話もあった。


だがな、そうは言われてもな、俺は縛られているのだ。

それを喜ぶ者など…いるか。

そんな店の話もあった。


俺は喜ばしくないので関係ないが。


「何故、手だけ自由に動くのだ。」


言い合いもしたくないのだ、俺は。

こういう手合いとは建設的な話をするに限る。


「逃げられなきゃ良いもんで、足だけ縛れば用は済むからね。」


逃げ………?


ちょっと待て。

ここは何処だ?


冷静になれば、乗り物に乗っている際の、独特な揺れを感じる。

馬車か、魔道車か、それに近い物に乗せられているのだろうか。


「おいおい、ランパードはどうした。

俺は聖騎士試験を受けに来たのだぞ?

何処へ連れて行く気だ。


…まさか、こんな拉致の様な真似をして連れられて行くのが会場なのか?

それは確かに情報漏洩には良いだろうが、人への扱いとしてはどうなんだ。」


俺はランパードの家にいたはず。

それも客としてだ。


それなのにこの仕打ちはまずいのではないか?


「試験じゃないよ。

フランは前聖騎士団長と現聖騎士の私に認められた。

聖騎士の認定に必要なのはそれだけだからね。


団長、隊長、つまり長クラスの認可が一人分と、現役の認可が二人分。


調査班が調べて問題なしとなれば加入の許可が降りるのさ。


試験なんてないって。


人によって全然違う長所を一律で測るのなんて非効率だろう?」


ん?つまり?


ランパードが長分の認可を担っているのか。

それは分かる。

罷免された訳ではないだろうしな。

ダンダリアも聖騎士と言っていた。

ならば現役二人のうち一人なのも分かる。


あと一人は誰だ?


「俺はここへやって来て二人としか会っていないぞ?」


もしも俺のことを見ていた他の者が居た場合、アンリが確実に気がつく。


「そうだね。

だからもう一人に会いに行くのさ。

というよりも仮入団扱いにしてあるから、私の隊に配属、現場で部下にサインさせて晴れて聖騎士さ、おめでとう。」


なんだそれは。

世に名高い聖騎士に任命されるのに、無いのか?

式典とか。


形式的なものを省く実務主義なら仕方がないが、その場合は研修くらいはあるだろう。


「…おい、この流れは正式なものか?」


胸に邪魔されて顔色は窺えないが、少しソワソワするのが太ももから伝わる。


「そうだよ。」


嘘だな。

多分あるんだろう、式典も研修も。


「おい。」


今度は身構えていたのか態度には出さなかったが、ダンダリアの魔法で縛られている俺には、魔力の乱れが如実に伝わった。


「細かい事は良いじゃないか。」


俺は貴族だが、そういう式典に出る事を喜ぶタイプではない。

だから構わないといえば構えわないのだが、勝手に略されるのは違うだろう。


少なくとも研修は受けたい。


「…せめて理由を言え。

怒っている訳ではないから。


略さなければならない程の忙しさなのか?


いや、分かるぞ。

俺は時期外れだろうし、一人のために式典やら研修やら行うのは無駄が多いし大変だ。

だが権威ある職なのだろう?

それなりの理由があるとみた。


それを話してくれればそれでいい。」


ダンダリアは言いづらくしている。

もしかして、俺が入団した経緯は普通ではないのだろうか。


認可のシステムは聞いたが、縁故採用の様なもので吹聴する様なものではないのかもしれない。


「いやー…あのね?

本当に怒らない?」


怒らんと言っているだろう。

俺が怒るならもうとっくに、足を縛られて拉致されている時に怒っている。


「二言はない。」


「本当の流れではね、認可が終わって式典、研修、武器の授与。

それが終わったあとに配属が決まるのさ。」


うむ。

なんとなくその流れは分かる。


「…武器の授与?」


「そ。聖騎士の紋が入った剣と、身分証明の懐刀が貰えるんだよ。

ちなみにそれしか証明する道具は存在しないからね。


あ、それは後からあげるから。」


ならば問題はないか。

そうか、巷に出回っている聖騎士紋は偽物だったのか。

ネックレスやら、メダルやら取り出して脅す輩がいるとは聞いたことがあるが。


ん?配属?


…まさか。


「…貴様、俺をお前の部下にする為に略したのか?」


ビクッとした振動を感じる。

拘束の魔力も乱れまくりだ。


「…せいかーい。

すごいなぁ、フラン君は。

賢い賢い!将来有望だねっ。


こりゃあ、出世も早くて、私なんてすぐ抜かされちゃうなぁ、頑張ってね!」


…多少褒められた所で、なら良いかとはならん。


「ふざけるな!わざわざ調査までする組織なのだから配属にも意味があるのだろう?

それを勝手に捻じ曲げやがって!」


くそぅ!怒った所で手以外どこも動かん!

乱れ切った魔力だとしても俺が簡単に破壊できる程ではないのか、この拘束は。


「やっぱり怒ったじゃないか。

良いだろう?

私のいる団なんて他の団員に羨ましがられるぞぉ?

優しい隊長に副隊長!

そして私の様な若く美しい3席までいる。


よかったな、当たりだ。

おめでとう、フラン。」


当たりなもんか。

少なくともダンダリアには不信感しかない。


「分かった。」


「お?聞き分けがいいね。」


「自分の置かれた状況を理解した、という意味だ。

ここがどこだか知らんが、拘束が外れ次第ゼイリに戻らせてもらう。


可能だろう?

まだ正団員でもないし、滅茶苦茶な方法で拉致されているんだから、罰を受けるなら貴様だ。」


聖騎士がやったんじゃなくても、これは普通に犯罪、拉致だ。

騒ぎ立てればどこかに保護して貰えるだろう。

ダンダリアがお縄になるのは、まだ見ぬご両親と幼い爺さんには気の毒だが仕方ない。


「ふーん、ま、いいよ。

というか、もう拘束する必要もないからね、外してあげるよ。」


どこかでプツンという音がして、足の自由が戻った。

急いで現状を確認しようと木で出来た窓をあけると、そこには大海原が広がっていた。

水平線が陽の光にきらめいて、実に綺麗だ。


「いい景色だ。」


現実を受け入れられない俺からでた言葉は、まさしく逃避の言葉だった。


「そうだね。

いい天気、水泳日和だ。

泳いで帰るのかい?凄いねぇ、フランは。

遠いよ?」


無理に決まっているだろうが!

左右を見渡せども陸地は見えない。


まさか海の向こうだとは。


複雑な気持ちではあったが、生まれて初めて見る海は、確かに美しかった。


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