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月光

吐く息が月の光に照らされて青白い。

鼻の奥に張り付く様な冷気を自覚したのは少し経ってからだった。


「…やけに現実味が残っているな。」


夢なのだろうが、手には重い鉄の剣を模した白い魔力剣の感覚が残っている。

声だけ聞こえてきた、兄と呼べという変態の声色もすぐに思い出せる。


手に持ったままだった剣を上段に構えた。

夢の中で教わったのと同じ様に力を抜いて、小指と薬指の方へ意識を持ってゆっくりと振ってみると、いつもより良い感触だった。


「…ふむ。」


月の位置から考えて少しも時間は経っていない様ではあるが、身体の疲労感や魔力の減りはいつもより多く、ちょうど夢の中で行使した分ぐらいな気もする。


俺の治癒魔法は1日に何度も使えるものではなく、まぁ三度、相当無理をしても四度目は発動するかどうかというのが俺の限界と言ったところだろうか。

回数が少ないので戦場なんかで包帯代わりに医者や衛生兵をやるには無理があるが、その分かなりの治癒速度と効率だ。


領民にもある程度俺の魔法は知られており、特に領兵にはよく魔法を使っている。

あいつらは訓練や見回りでよく怪我をするからな。


命関わるケガを負った者が領兵に運び込まれる事もある。

そうだな、月に一度か二度だろうか。


なので軽いケガには魔法を使わずに回数を残す様にしていて、毎夜の訓練後に自身を癒すかどうかはその残りの回数次第なところがある。


常に一つは残しておきたいと思い、そう運用して来た。

今日なんかは冬至祭で、家族でゆっくりする日なので大怪我を負う者はいないだろうが念の為だ。


今日は母に一度だけ使ったのは確か。

普段なら使わない怪我だったが、母が俺の為に腕を振るった代償だというのが嬉しくてそのお返しがしたかった。


女性に傷など無い方が良いしな。


自分の魔法なのであと何回使えるかは何となく分かるのだが、今日はあと一度だけしか使えない感覚だ。


夜の訓練で使おうかどうか迷う痛みはあったが、その時は使っていないはず。

それよりも先に月に飲み込まれる夢を見て、夢の中では使った。

こちらへ帰ってくる時に魔力を練ってパクッと食べた。


それのお陰か今現在は身体の痛みは少しも無いのだが、果たしてあれが現実だったのか悩ましい。


月の位置で見るに時間の経過と夢の中に居た時間が合わないし、この真冬に身体を放り出したままで何時間も突っ立っていると人は耐えられない。


なので現実では無かったのだろう、となる。

数十秒の白昼夢、夜だが…まぁそれが一番普通に出される結論だ。


けれども俺の魔法は確実に使用されている感覚がある。

どう考えたものかな。

寝ぼけて使ったか?その可能性は無いこともない。

現に鍛錬で出来た手の傷なんかも消えているし、疲労感もそこまでではないから。


ベッドから転がり落ちた時に、寝ぼけて崖から落下したと錯覚して魔法をぶちまけた事もあるし。


…分からん。


「お帰りにならないのですか。」


月を見上げたまま考え込んでいると、後ろから声を掛けられた。

まったくこいつは…呆れるな。

今日ぐらい実家でゆっくりとして来たら良いものを。


「リアン、戻ったのか。」


「はい、戻りましたよ。こんな寒空の下でぼーっと何をしていたのです、若様。」


帰省している従者や使用人連中は年明けまで休暇としてある。冬だけは業務が少ないので、まとまった休みはここらでしか与えられない。


それでも毎年早めに戻ってくる奴もいる。

その内の一人が俺の従者のリアンで、毎年毎年すぐに戻って来てしまう。


せっかくの休暇なのだからゆっくりして来て構わないというのに。


「あぁ、月をな。綺麗だろう、冬の月は青くて。リアン、お前の目の色の様だな。

そうだリアン聞いてくれ。少しだけ剣を振るコツを掴んだぞ。

明日にでも手合わせしてくれ。次こそは打ち負かしてみせよう。」


「楽しみにしています。


あの…若様、いつも言っていることですが、よそでお前の目が綺麗とか、濃紺の髪が絹の様だとかあんまり言ってはなりませんよ。」


「何を。友の長所を褒めるくらいは許せ。」


リアンは呆れた様な顔をしてため息をついた。

良いじゃないかそのくらい。


『そこら辺のお嬢さんにポロッと言って押しかけられない様にね。』


「ふん、そんなものを気にして兄弟の様に育った従者の長所を見られなくなる様な男になるよりはマシだ。」


リアンは少し離れたところで、指先に火の魔法を灯しタバコに点けてこっちを見ている。


「何だ。」


「…いや。あぁ、若様、鞘が割れそうですよ。

ほら、これ使って下さい。」


「お前の鞘ではないか。

いいよ、明日にでも注文に行くから。」


「だから言っているんです。貴族の貴方が帯剣もしないでフラつくのはそれだけで醜聞でしょう。若様の鞘を下さい。鉄の輪かなんかで補強したらまだ使えますし。」


差し出された鞘は、昔に揃いで買った物なので問題無く俺の剣が収まった。手入れも欠かしていない様で、鯉口以外には傷が見当たらないくらいだ。


「俺も手入れは欠かして居なかったのだがな。割れてしまうとは不徳だ。」


リアンは仕方ない事だと言い、俺もそう思う。

鞘は鯉口と鐺の部分以外は木製なので、どんなに丁寧に扱っていても湿気なんかで割れる事もあれば、元々の木材の調子でパッカリいってしまう事もままある。


それでも同じ日に買った鞘は明らかに俺の方が消耗していて、リアンの物の方が綺麗だ。

従者として働きながら鍛錬をしているリアンと、次期当主としてフラフラ出来る俺では仕事量が違う。

俺の方が余暇がある分、剣を振る時間もある訳だ。


「リアンと俺の模擬戦、勝敗はどのくらいなのだろうな。」


「さあ。勝ち負けを重視していませんからね。」


「それもそうか。」


…俺は気にしているがな。


通算では俺の勝率が3割といったところだろう。

それもあまり連勝をしては主人のプライドによろしくない影響を与えるかも、と考えるであろうお優しい従者と対戦してそれだ。

歳は少しリアンが上とはいえ、練習量に大きな差があってもこのザマ。自分の才能の無さが嫌になる。


「…近いうちに必ずリアンが勝てないくらいに強くなった姿をみせてやるからな。」


「ええ、疑っていませんよ。若様は努力を欠かしませんから。

でもしばらくは負けてあげられないかもしれません。


古い騎士のおまじないの様な物で、戦場に行く際、お互いの鞘を交換したらしいです。

親しい間柄でね。

お互いを護りますように、と。

お互いの想いを力に戦えますように、と。


なのでね、若様と鞘を交換した今、私はそうそう負けることはありませんよ。」


紫煙をたっぷりと吐き出し、タバコを咥えたまま微笑む幼馴染はどこか大人びて見える。

リアンの腰には俺の少し割れた鞘が差されていて、それに収められている剣を撫でる仕草を見ていると、確かに次に勝つのが遠くなったように感じてしまう。


『……BL……?いや、まさか……。』


「ん?リアン、何か言ったか?」


「いえ?」


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