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父の行方

少し苛立つ老人に対して、イラつく事はない。

短気も症状の一つらしいからな。


『それにしても父上が失踪後に来ていたのかな。

少なくともフランは来てないはずだよね。

なんでそんな齟齬が出たんだろう。』


それは確かにそうだ。

それだけは確認しておかなくては。


半分引退している前聖騎士のランパードとはこれからも気楽に会えるとは限らないので、疑問は残したくない。


「なぁ、ランパード。

真面目な話、俺が6歳の頃には父は完全に失踪していて、俺と父が共にここへやってくるなんて事は無いんだ。


話を聞いても納得がいかない。

少なくとも6歳ともなれば、親と遠出した記憶ぐらいはあるだろう?


それすらもないんだ。」


ランパードは立ち上がり、本棚から一冊引っ張り出してパラパラとめくった。


「日記じゃ。

調査記録をつけるのが日課になっておっての、引退してからも何か記録しないと気持ち悪くて、毎日一言メモの様な日記を書いていたのじゃ。


9年前はこの辺りだったはずじゃが…。


お、これか。

ほれ、読んでみぃ。

調査記録は暗号化しておったが、日記はあった事をそのまま書いとる。」


差し出されたページの文字を目で追う。

この頃ランパードは引退前ではあったが高齢だったので、現場に立たずに教官業務を主にやっていたことが伺える。


日々の他愛無い出来事を記録している中に、確かに父の名前が出て来る日があった。


朝稽古が終わり、当時の弟子たちとの朝食を終えて午後からの訓練の準備をしていたらしい。

フラリと昔の後輩の父がやって来て、息子の顔を見せに来たと言う。

それを歓迎して3人で昼食を食べようと提案した。


それを父、ガタンは受け入れて食事を共にしたらしい。


「お前と共に食べた食事も覚えておるぞ。

マトンが苦手じゃと話しておったからな。


今でも苦手なのか?」


マトン、羊の肉は確かに苦手だ。

出されたら食べるが、独特の乳臭さがどうしても好きになれない。

小さい頃から何度も克服しようと試しているのだが、未だに苦手と言えるだろう。


『確かにフランっぽいね。』


確かに幼い俺が言いそうだ。

しかし、その記憶がない。

聞く限りの違和感のなさが、俺の記憶を疑わせる。


「確かにお前だった。

名乗りも受けたぞ、フラン・ストランドと。」


しかしそれを聞いた瞬間、幼い頃の記憶が一気に呼び起こされた。

俺が、俺がそう名乗るわけが無い。

親しい間で呼ばれる、フランというあだ名を名乗るわけがない。


「待て、ランパード。

俺はフランセスク・ストランドだ。

名乗りで略す事はない。」


「小さな子供なんてそんなもんじゃろう。

俺だって親とか友人にはランプスと呼ばれていたぞ。」


俺は父が居なくなった4歳から、毎日毎日早く大人になりたいと願っていたのだ。

早く母の助けにならなくてはならないと、そう思っていた。

そんなあだ名での名乗りなど、子供っぽい事を嫌っていたので、6歳の俺がフランと略して名乗る訳がない。


『フランが大人になりたいと切望するキッカケとなった父上が隣にいた。


それならばフランと、そう名乗ってもおかしく無いのでは?と考えてしまうね。


だけど僕はフランの事は見て来た。

確かにその頃には父上は居なくなっていたよ。』


なるほど。

確かにそう振る舞う様になった原因の根源は父の失踪だ。

ならば父が居た頃の俺は、年相応に幼い思考を持っていても不思議では、ないが、アンリの言う事を信じるならやはり父は居なく、俺もここへやって来ていない。


「ランパード、俺は神憑きだと、そう推薦があったから聖騎士に受け入れられた。

そういう認識で構わないか?」


「そうじゃ。

ガタンの事もあるから、それが無くても適性は見てやったと思うがの。」


「知っているなら話は早い。

その神が、俺の記憶の保証をしてくれた。

やはりランパードがあったのは、父かもしれないが俺では無い。」


もしかしたらこの姿になる前の壮年の姿は、顎髭が生えていたのかもしれない。

そんな仕草を見せているランパードはふむ、と顎を擦る。


「考えても仕方ないだろう。

俺もランパードの記憶を疑っては居ない。

そもそも父が聖騎士だと知った時に、単なる失踪では無いのかもしれないとも考えたのだ。


例えば、ストランド領を狙ったどこかの貴族の策略だろうかと考えた場合でも、聖騎士にまで成った父を狙ってまで得るものは我が領には無いだろう?

悲しい事だが。」


「我らを害してまでは、無いのう。」


きっと考えた所で答えは出ない。

知らない事も多すぎるし、ここに居るのは矛盾して記憶を持った3人だけなのだ。


「そうじゃな。

考えても仕方のないことか。

ま、俺も少し調べてみよう。

ここに来た後の事を調べたなら少しは分かるじゃろう。


貴族領主じゃから、隣町に来賓の記録があるかもしれないしの。」



ランパードの話はそこで一度途切れ、せっかくだからと夕食を共にし、屋敷に泊まって行くこととなった。


食事は、簡単な料理をその場でランパードが作り、パンやスープは教会から運ばれて来るらしい。

本来はランパードの趣味として断って来ていたらしいのだが、呪いで5歳児戻ってから炊事が大変になったのでその頃から焼き物を一つだけ自分で作るだけになったとか。


ランパードの作る鳥の香草焼きは美味しく、ふんだんに使われたスパイスが経済状況も伺える品だった。


食後にはワインが注がれ、二人で飲む。


渋い深めのワインからも、実家の安ワインとは違う趣があった。


「美味いな、香草焼きもだったが、香りが良いというのは満たされる物があるな。」


「そうかの。

手料理を喜んでくれる奴がおるのも嬉しいからの。

普段は一人じゃからもう少し簡単な物じゃよ。」


柔らかく笑うランパード。

ふと浮かんだ疑問は不躾な物だったが、ワインのせいかそのまま口にしてしまった。


「アンタは聖騎士団長にもなった傑物なのだろう?

妻子は居ないのか?」


「仕事人間でのぅ。

妻や子には悪い事をした。


幸い後輩や弟子たちが多かったのでな、寂しくは無かったが…。

昔馴染みが子供を連れて来ると、まぁ可愛くてのう。


我が子に時間を使っていれば今も訪ねて来てくれたのではと後悔する事もあるが、今となってはな。」


俺が悪い、と締め括ったランパードの顔は10歳やそこらにしか見えない。

しかし深い人生を歩んできた男の顔だった。


「そうか、すまない事を聞いたな。

俺の様に逃げ回っているよりは、お前の様に一度でも伴侶を持った方が立派だな。」


ふとダイニングを見回すと、暖炉の上に絵が飾ってあるのが見えた。

成人した男女、その前に立つ小さな女の子と、その子に寄り添う少し大きな女の子。

これがランパードの呪いにかかる前の姿で、妻子なのだろうか。


「美人じゃないか。」


絵なのではっきりそうとは分からない。

しかし幸せそうな絵からはそう感じた。


「お。目敏いのう。

3人目の妻と子じゃ。

娘たちも美しく育って…自慢じゃな。」


…3人目?


『3人目?』


「待て待て、3人目の妻だと?

お前仕事人間だったが一人の女を愛した、みたいな顔をしていたろう。

何人妻が居るんだ。」


「そんな顔はしとらんわ!

ただ、仕事にかまけて子と触れ合う時間が少なかったかもな、と言っただけじゃ。


7人の妻には平等に愛を注いでおったわ!」


7人。

本当に仕事にかまけていたのか?

子供そっちのけで女にかまけていなければ、そんな数の妻は出来ないのではないか?


「本当にお前が悪いじゃないか。」


仕事は関係ないだろう、クソジジイ。


『子供になった時に女風呂に入り込んでいた疑惑が、僕の中で確信に変わったよ。』


全くだ。


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