試験
俺より10センチは小さい子供がジジイの喋り方で、苦そうな濃茶を飲んでいるのは違和感しかないが、話を聞いた後ならば彼はもう70近い爺さんだと。
こっちが慣れるしかないのだろう。
「さてさて、クソガキ。
どういう試験かは理解して居るのかの?」
知らない。
と言うよりも聖騎士は秘匿されている事が多過ぎて、普通の人が知れる情報が少ない。
強いというのが一人歩きしている。
だが、何故強いのかは知らないし、普段彼らが何をして居るのかも調べようがなかった。
「試験などあるのか。」
試験がある事すら知らなかった。
噂は聞いた事がある。
例えば、リーガル双主国にある狩人ギルドにはかつて、風と呼ばれた狩人が居た。
歴代最速で功績を上げ続け、狩人としての最高位になるのも時間の問題だった。
若さが障害となり少しもたついたが、最高位の狩人になった彼は翌日、辞めるとだけ書かれた手紙とギルドバッジを残して姿を消した。
それ以降彼は表舞台からは姿を消したが、謎の失踪をかました天才の行末の噂はその名の通り風と共に流れる。
彼は聖騎士になったと。
こんな逸話が多くあるくらいなのだから、聖騎士の試験など世に出回っていない。
なんだったら世間はスカウト制だと思って居るくらいだ。
『我が家は父上が聖騎士だったから、こうやって繋いでくれる相手がいたけれど、普通の家だとそうもいかないよねぇ。』
そう。
そもそもスカウト制では成り手の数に限界がある。
優秀で人格者、そして利他的なこの仕事に望んで就いてくれる変人など多いわけがない。
「俺の様に自推でなる者が試験を受ける必要があるのか?」
自分から目指してなる方法も用意されているはずなのは想定していたが、なり方は一つではないのだろう。
「いんや、全員が受けるぞ。
加入の可否ではなく、適性を見るためにも必要じゃからなぁ。
戦いに向いた者を調査に回しても誰の得にもならんのでな。
この試験を受けるまで辿り着いた時点で優秀か、コネがあるか、まぁ何かは持っている者なのは確定するのでな。
あえて弾く事もあるまい。」
知性を持って辿り着いた者はもちろん、コネも馬鹿にならない。
親から受け継いだものか、本人が得たものかの違いはあろうが、それを活かしてここに来ているというだけで、評価の対象なのだろう。
手札を使って辿り着いた事実が大切なのだ。
「俺は辿り着いたと。
あとはなんだ?剣の腕でも見るか?」
不意打ち耐性は確認されたが、真っ当に戦ってはいない。
当然調べられる資質だと思ったのだが、意外にも興味は無いらしい。
「いや、いらん。
試験を通った後に、訓練で適正を見る事になってからじゃろうな。
集団戦が上手いだとか、個人戦が上手いだとか、タイマン専門だとか、強さには色々あり過ぎる。
さっきも話した通り結局後ろから刺されりゃあどんな強者も死んでしまうんじゃ。
今ここでどのくらい使えるなんぞなんの意味もないわ。」
聖騎士は強い、らしい。
しかし名を上げたそもそもの理由は各国に紛れ込み暗躍したからで、個人がどれ程強いなんて物差しは必要としていないのかもしれない。
「では何で測るのだ?」
「なんでも良いのじゃ。
例えば、お前の後ろに調度品が並んでおる。
おっと、振り向くなよ。
入って来た時に見えたはずじゃ。
俺のコレクションなのじゃが、そこに何があって、何を意味しているか推察してみせよ。
と、こんな試験はどうじゃ。」
俺にとって、と言うよりも、俺たちにとってはイージーだ。
何せジジイにバレずに何度でも確認が出来るからな。
『えーと、紋章が並んでるね。
試験だし、僕から見えている事だけを伝えようか。
結ばれたロープの紋章。
車輪の紋章。
剣がクロスしている紋章があるね。』
なるほど。
結ばれたロープは我が家、ストランドの家紋だ。
車輪はランカーベルの。
剣はガーナンドの物。
要は俺が婚約を逃げる為にここへやって来た事はお見通しですよと、そう言いたい訳か。
「クソジジイめ。
性格が悪いぞ。」
貴族の紋章の手に入りにくさは、家によって様々だ。
例えば商家のランカーベルだと、そこまで難しくは無い。
店子はいざという時のために持たされているし、その中には端金で売り渡す者もいるだろう。
当然ランカーベルも理解してるので、少し多めの金を包めばそれ用の紋章は手に入る。
ガーナンドに限らずに武家の紋章を手に入れるのも、実はそれほど難しくは無い。
弟子入りしたり、飛び入りの訓練で認められた場合に記念品の様に配られるのだ。
少なくとも剣の腕はガーナンドが認めた者であるという証明になり、士官先を探すのに役立つ。
武家紋章コレクターなんかも居るくらいには、手に入れやすい部類に入る。
しかしこれは試験。
俺を煽るために用意した訳はない。
意図を知る必要がある。
「こいつは偽物だ。
ジジイ、貴族紋の複製は重罪だぞ。
本人の目の前に披露しやがって。」
「何故そう思うのじゃ。」
我が家の様な吹いたら飛ぶ貴族の紋章を集めるのは意外と難しい。
渡す機会もないし、世知辛い話だがポンポンと配る用の紋章を作る金もない。
なので家臣団に持たせる用の物くらいしか用意が出来ないのだ。
あげたくてもあげられない。
記念品扱いにするには精緻なバッジで、制作コストも高い物の予備を作って持っているなんて…。
つまり。
「ウチでは余計な紋章を用意する金なんぞ、無い!」
幸か不幸か、アンリがいざという時の武力の担保になってくれたおかげで俺の誰よりも強くならなくてはと言う思いは薄れた。
あるにはあるし訓練は続けているが、それは男なら誰しもが持つある程度の心意気の様な物で焦燥感は無い。
世界一強くなる必要はないのだと心に余裕が出来た。
ならばこの半年の準備期間に何をしていたかと言われれば、勉学に勤しんでいた。
今後聖騎士を経て領地運営へと戻る予定だが、それを学ぶ時間がほぼ無くなるだろう事が予想できた。
寝てる間にも瞼の裏に焼きつくほど数字を睨んだ時間が確かに教えてくれる。
我が家には金が無い。
「悲しい推理をさせるな。」
『僕もフランと一緒に帳簿を一通り見たけど、パズルの様な芸術性があったね。
やりくりってこういうことを言うのかって。』
ランパードはポリポリとこめかみを掻いて、複雑な顔をしている。
そしてポツリと、そういう方向性のテストでは無かった、と呟いた。
「本来はじゃな…一目見ただけの紋章の差異を見抜けるか、気づかなかったとしても話術や技術で盗み見たりする試験なんじゃ。
すまんの、傷つけてしもうて。
しかしまぁ、どうやってか紋章を見る事は出来た様ではあるし、有望じゃのう。
流石はガタンの息子。
覚えておるかの、お前とも一度会っているんじゃが。」
そうなのか。
父上と共にここへ来たことがあるのだろうか。
今となっては父上の人となりは分からないが、世話になった団長に息子を会わせたりする様な律儀さを持っていたのか。
「申し訳ないが、幼かったのだろうか覚えていない。」
「そうか、仕方ないことじゃの。
あれは俺が呪いにかかる前じゃから、9年ほど前か。」
『……9年前。』
それはおかしい。
父が居なくなったのは具体的には11年前のはず。
いや、失踪した後ここに立ち寄ったのは良い、むしろその頃までは生きていた証明となるので喜ばしいぐらいだ。
だが、失踪後に俺と一緒に来た事はおかしい。
それに9年前、俺は6歳。
全て覚えているとは言わないが、こんな特徴的な所へやって来た事を忘れることなんてあるだろうか。
「ランパード、その、言い難いが、昨夜の食事を覚えているか?」
「なんじゃ?昨日は…。
あ?ボケとらんわ。
ニシンの油漬けと葉野菜のパスタじゃ。
それと教会で貰ってきた味のうっすいスープ!」
そうか、よかった。
年寄りは何年も前のことをつい昨日の様に話すからなぁ。
「痴呆の心配は無い様でなによりだ。
しかし父と会った時期は間違っているぞ。
その頃、父はもう失踪していた。
あり得ないんだ。
記憶違いじゃ無いか?」
まだ記憶を疑う俺に対して、呆れた様に首を振る。
しかし呆れた様に茶を啜るその姿は見た目は少年でも老人のそれだ。
「人をボケ老人扱いしたのか。
悲しいのう。
しかし年は間違っていないぞ。
俺が呪いにかかる少し前だったからな、よくおぼえている。」
そんなはずあるか。
可哀想に…。
本人は分からないのだろうが、病というのはそういうものだろう。
ランパードが俺の視線の意図を感じとり、怪訝に睨みつけて来ている。
それでも俺は慈愛に満ちた笑みを途切れさせない様に努めた。
仕方ないことなのだから。




