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貝の殻

話を聞いて、全てが面倒になった俺は自室へと帰った。

母から後でリオナへの挨拶があると聞いていたが、それすらもう面倒だ。


「なあ、アンリ。

何が嫌かっていうのを上手く言語化出来んが、なんか、婚約が凄く嫌になってきた。」


うっすらとした理由をアンリに話して、思考をまとめ、この嫌悪感の正体を掴みたい。


例えばリオナリオル・ガーナンドの方。

あちらはセスから剣神の愛し子だというアンリからの出まかせを間に受けての婚約の申し出。


それは良い。

貴族として両家が得る物があるからだ。


ガーナンドは信仰する剣神との繋がり。

ストランドは格上の爵位との大きな繋がりだ。

提示されている条件が書いてある手紙を見ると、同格ではなく我が家有利になっている様にさえ見えるので何も言える事は無い。


無いが、やって来るなり他家の令嬢と罵り合いを始めるあの精神性が嫌だ。


対してクリスティラズ・ランカーベル。

彼女は俺に好意を持って婚約を申し込んできた事は理解出来た。

それは単純に嬉しい事だし、夫婦をやっていくのに素晴らしい好材料だとは思う。


しかし、怖い。

超怖い。


婚約前に会いに来る事を隠すために、足をナイフでブッ刺す女は怖いって。

仮にも婚約は結ばれているのだから、良いだろう普通に会いにきたって。


それに貴族としてと言うよりも、己の感情の爆発をぶつけてここまで進めているという事実が、未来への不安を煽るってもんだ。


「アンリ、俺に会いに来るのと、足を刺すのはどう繋がるのか想像が付くか?

婚約者の家へ潜入する理由はなんなんだ…。」


『さぁ…ランカーベルの方で会いに行けない決まりが有ったのかもしれないし、婚約者相手じゃなくって普段のフランを見たかったのかもしれないし、僕には分からないよ。


あ、いや…もしかしたら…。』



アンリは何かが浮かんだ様ではあるが、歯切れが悪い。


「言ってくれて良いぞ。

これ以上彼女等の評価が下がる事は無いからな。」


もう地の底なのだ。


『えー…?

推理だからね?あくまでも。


そもそもリオナちゃんが来るタイミングを見計らった様にやってきた時点でうっすら頭の片隅に浮かんだんだけどね?

ウチから何処かへ出した手紙って見張られてたんじゃ無いかなって。


可能でしょ?

商人のネットワークを牛耳っているのなら、他家へ向けた手紙をこっそり盗み見るなんてさ。


だからこのタイミングで本人が飛び込んで来たんじゃないかなって。』


確かに商人は独自のネットワーク網を構築しているので、個人が直接届けない限りは確実にそれを頼る事になるのだ。

商人の王が覗き見る事など簡単だろう。


なのでセスが実家へ送った手紙を盗み見て、別の婚約者候補が出来る可能性を危惧して飛んで来たと。

あり得るな、と思わせる人間性。


なぜ揃いも揃って俺の婚約者は生理的に受け付けない者達なのだ。


リオナはまだどんな人か分からないけれど、出会いが悪い。

クリスは断片的な想像で浮かび上がる人間性が終わってる。


「…どうしよう、アンリ。

どっちと結婚するのも凄く嫌だ。


貴族として爵位を上げる最も簡単なのがこの結婚を成すことなのは分かっている。


ただ俺が嫌なだけ。

情けない事だがな。」


珍しいフランの弱音。

辛い事は今まで多く有ったであろう。


長い間フランを見て来たアンリは少なくとも口に出したのを知らない。

フランは勉学に興味を持って居ないが馬鹿では無い。


二人のご令嬢が居るこの屋敷内では、自室と言えど独り言が筒抜けなのはフランもよく分かっているだろうに、それでも口に出したヘルプを拒む事は出来ない。


アンリには。

フランを助けに来た「兄」には。


『兄ちゃんが何とかしてやる。』



アンリに促せられるままに母の居る執務室へと向かう。

何が目的かは知らない。

まるで足を操っているのがアンリかの様に早足に俺は歩く。


普段しているノックはかろうじて行えたが、その返事を待つ事は出来なかった。


ドアを開ける音に紛れる小さな声で、俺は呟いた。


「アンリ、頼らせてくれ。」


思えば、自分で家をなんとかしてこようとして来た自分が、誰かを自分から頼るなんていつぶりだろうか。


『おっけー、喜んで。…変身!』


急に飛び込んで来た息子の珍しい姿に驚く母の顔が、更に濃く驚愕していくのが見える。


時間は3分。

今回は超絶な剣技を必要とする変身では無い。


弟に泣きつかれた兄が、弟の代わりにかーちゃんにお願いをしに行くだけの話だ。


姿は変わる。

今回はあえて変身を母に見せつけた。

顔が隠されている上に体格の変化は明確だ。


彼は俺、俺は彼。

その説明をする時間が惜しかったので、そうした。

フランに取り憑いた剣神として振る舞うと、この後にしようとしていた説得が楽になるだろうと考えたからだ。


しかし母の反応は思っていたものと違った。


「……フラン、ではありませんね。」


「うん、僕はフランの身体を借りて、手助けする存在さ。」


母の驚きの顔はすぐにいつも通りに戻る。


「セスの言う剣神は貴方の事ですね。

バタバタとなんですかはしたない。」


アンリは苦笑いをしながら婚約者に対する俺の気持ちを話した。


「嫌なんだって、あの娘らとの結婚は。

気色悪いんだってさ。」


今度は母が苦笑い。

あまり我儘を言わない息子の珍しい我儘が、中々の難題なのだ。

そんな顔をしたくもなるだろう。


「そうですか。…難しいですよ。

相手は爵位も上でフランを欲している。


しかも片方は感情で訴え、片方は利で訴えて来ているのです。

弱小の我が家を目の敵にされずに婚約から逃げられる言い訳などあまりありません。」


『あまり無い…?』


俺は皆無だと思っていた。

利が足りないと断ればリオナと、冷たい結婚は遠慮したいと断ればクリスと結婚する道を消すことが出来ない。


「そうです母上。

あまり、無いんです。

ただ僕がフランの身体を借りて顕現出来た事で事情が変わります。


これを…フランに取り憑いた僕を何人かにはバラすリスクはありますが、まぁフランの為です。

僕は許容しましょう。」


母が立ち上がり引き出しからしゃらりと鎖を取り出す。

その先に付いて居たのは変色した古い紋章だった。


「知って居ました?フラン、そして貴方も。

父上はここに所属して居たのですよ。


ガタン・ストランドは聖職者、聖騎士で御座いました。

あなた方もその道に進む。

そう考えて良いのですね?」


アンリは机に置かれた紋章を持ち、首から下げようとするがそれは母に止められた。


「お待ちなさい。


…分かりました。

ならば母から先代の聖騎士長へ文を出します。

お父様の上司だった方なので、良くしてくれるかもしれませんからね。


息子が神憑きになりましたので、そちらで修行をさせていただきたいと。


それと、紋章は掲げるものではありません。

掲げられる物です。

初めから自分で付ける人がありますか。


貸しなさい。

母が付けます。」


アンリが緊張した様に立っている。

母が歩み寄り、じっと見つめてからゆっくりと紋章を首から掛け、抱きしめた。


その際に母はアンリに何かを呟き、アンリはとても驚いていたが、俺にはその会話の中身は聞こえなかった。


母に抱かれたアンリの姿は何故かしっくりと来て、記憶によく残っている。

俺の兄ぶっている背の高いアンリの初めて見る子供の様な顔だった。


『…はは。似合うじゃないか。』


そう呟くのが後か先か、光が身体を包み込み、母の腕の中で変身は終わった。

母はそれには表情も変えずに、一言、励みなさい、とだけ言ったのだった。


自室へ帰り、アンリにあの時母になんと言われて驚いたのかを聞いてみた。

驚く事が珍しいのは母だけではなくアンリもそうだったので、気になったのだ。


『んー?あぁ、紋章の授与の時?

あれは驚いたよ、母上は僕の正体に気が付いて居るんだもん。

すごいね、母親って。』


「あぁ、母上は凄い人なんだ。」


『微妙に伝わってないけど、まぁ、そうだね。

凄い人だ。』


「所でお前の正体ってなんなんだ?」


『だからさ、フランのお兄ちゃんだって。』


「またそれか。」



一章はここまでで御座います。

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