疲労、心労
つまりだ。
馬車の事故騒動は自作自演で間違いないが、起こしたのはランカーベル家の令嬢クリス。
シャビエルはその護衛と見ていいだろう。
正体を隠した理由はアンリの言う通り婚約者である俺の品定め、または他に理由があるのかは不明だが、杜撰な隠蔽だったのでその内正体はバラすつもりではいたんだろう。
足をブッ刺した理由は知らん。
考えるだけ無駄そうだ。
理解が出来んことは、知らない方が賢い。
そして新たに入って来たリオナ。
ガーナンド家の令嬢で、こちらも俺の婚約者を名乗っている。
これについては俺も聞いておらず真偽は不明だが、わざわざ伯爵家の令嬢がやって来たのだから根拠が無いわけではないのか…?
は?
だから知らんって。
何この状況。
そりゃあ俺も貴族だから、恋愛結婚が良いなどと甘えた思考は持っていなかったが、格上貴族が貧乏で特に取り柄もなく当主が失踪しているヤバい家の俺を取り合うために、お互い敵意をむき出しにするなんて思わないじゃないか。
「なぁ…。」
俺の呟きなど無駄に終わる。
『しっかしなんでフランなのかな。
正直言ってストランド家と結婚しても得る物なんてないでしょ、商人的には。
…分かった!フランの可愛い姿を利用して商品に価値を付けようって魂胆だね!
わかるよ、わかる。
僕ならフランが刺繍された靴下とか買っちゃうもの。
身体ないから意味ないけど。』
…後半は考察の余地がないが、前半部は少し考える必要がある。
婚約は向こう側、ランカーベルからの話で、断る余地のない上の爵位からの提案だった。
何故だ?
俺とクリス嬢には繋がりはなく、提案して来たからにはあるだろう意図が不明なままなのだ。
俺と結婚する事で…ランカーベルは何を得る?
『ガーナンド家の方は…僕のせいだね。
いやぁ、剣神だったら納得して見守ってくれないかなってセスさんに言ってはみたけれど、まさかこんなに早く取込を図ってくるとはねぇ。
流石剣士の家系。
そうと決めたら早い早い。
あはは。』
あはは、ではない。
しかしこのタイミングでなければ、俺はランカーベルと正式に婚約していただろう事をセスは知っていたはず。
それにセスは俺をよく知っているし、吟味する時間が必要なく話は早かったのだろう。
剣神を信仰するガーナンド家が剣神の愛し子だと剣神に直接言われた相手を取り込む理由も納得がいくのでこちらは目的も意図も分かりやすい。
「すまんが。」
女二人の会話に入って行くのは難しい。
と言うよりも恐ろしい。
その証拠にお互いをあまり知らないはずのシャビエルの俺を見る表情が、戦士を見送るかの様に慈しみに満ちている。
しかし勝算はある。
二人ともが俺を婚約者にしたいと思っているのだ。
無下に扱われる事などはないだろう。
この推理力、シャビエルも見習っていいぞ。
「後にしてください。」
「すまないが、それどころではないのだ。」
『ダメだったね。』
もういい。
シャビエルと仲良くする事にするからもう、いい。
「なぁ、シャビエル…爵、と呼んだ方がいいか?」
シャビエルは分かりやすく驚いた顔をした。
嬉しいよシャビエル。
俺との会話で表情を変える普通の人と話したのがすごく久しぶりな気がするもの。
リアン、アンリ、セス、クリス、リオナ…どいつもコイツも…。
「すまない、詮索はやめよう。
君はランカーベル家の者というのは間違いがないな?
ならば聞きたい。
貧乏男爵で親父もどこかへ行ったきり。
情報に強いランカーベルがそれを知らない訳ではあるまい。
何故、俺なのだ?
何をもってランカーベルは俺を本家の婚約者として選んだのだ。」
あわわ、だな。
シャビエルの動揺を言葉にしたなら、あわわ、だ。
「隠す事ではないだろう?
貴族同士思惑があって婚約をするのは理解している。
裏があろうと受け入れるとも。
しかし今のままでは不明が過ぎるのだ。
我が家に商機はないからな。」
シャビエルはとても言いにくそうにしている。
チラチラと衝立を見ながら、口を指で挟みもみもみとしている。
衝立の向こうではまだまだ議論が進んでおり、それを差し止める事は命に関わる。
そんな危ない事は俺もシャビエルも行えないので、自分の判断で口出そうか迷っている様だ。
「…一目惚れだそうです。」
ポツリとシャビエルが言った言葉は、貴族とは思えないほど感情のみに寄った理由だった。
そりゃ言いたくないな、馬鹿にされてると感じる奴が多いだろうから気を遣ったんだろう。
「いやいや、それで本人は良いかもしれんが、家族をどう説得したのだ。
容姿…は、自分では分からんが、多少のプラスやマイナスがあろうが、商売に大きく貢献はしないだろう?」
店員が可愛く若い女性なら、そこで買おうと思う奴も居ることだろうが、欲しくも無いものを買い続ける奴など居ない。
一時の販促のために、貴重な婚姻というカードを使う気か?
「フラン様、えー、あの時のお嬢の言い方を正確に伝えた方が分かりやすいと思いますので、そのままお伝えしますと…。」
そうしてシャビエルは語り出した。
◆
お嬢様が学校を貴族学校を卒業して帰宅してから数日後、ご当主様とお嬢様で話し合いの場が設けられました。
私はランカーベル家の騎士としてお嬢様の警護にあたっておりましたがその場にはおらず、途中で呼び出された為に事の始まりは分かりません。
ただ、ご当主様が血相を変えて私を呼び出したので急いで駆けつけたのを覚えております。
「シャビエル、知っていたのか?」
一体何のことを言われているのか、私には分かりませんでしたので答えに窮していると、もう一度質問がありました。
「クリスティラズに男が居るのを知っていたのか、と聞いている。」
寝耳に水、藪から棒、青天の霹靂。
初めて聞いた話を受けて記憶を辿ってみましたが、やはりそんな事実は無いと言えます。
「いえ、初耳ですし…学校でそんな話は出ておりませんでしたが…。」
「どういう事だクリス。
警護で張り付いていたシャビエルが知らない男を懸想しているとでも言うのか?
相手は何処の何奴だ。」
普段は商人貴族らしく笑顔を貼り付けているご当主様が、イライラを隠そうともせずお嬢様へ問いかけました。
対するお嬢様は商人貴族らしい笑顔を貼り付けたまま答えます。
「相手、といいますか、一方的に好んでおりますので交流は有りません。
ストランド家のフランセスク様でございますよお父様。
あちらは貴族学校の騎士科におりました。」
ストランド家、男爵だったはず。
悪い噂は聞きませんが、ご当主が行方不明、その為経済的には裕福でないと記憶から引っ張り出しました。
何故フランセスク・ストランド?
そう思う私と同様にご当主様も疑問を口になされます。
「あー…取引がない家なのでよく分からんが…、なんだ、フランセスク殿は優秀なのか?
計算高いお前がみそめる様な男なら男爵だろうが別に構わんが…。」
流石の口達者のご当主様も歯切れが悪い。
「…さあ、優秀かどうかまでは。
真面目に訓練に励んでいた様子なので、不真面目では無いでしょうが。」
あぁ、少し思い出しました。
よく一人で剣を振っていた綺麗な顔をした小さい男の子ですね。
確かに毎日の様に熱心に剣を振っている姿を見ました。
…毎日の様に?
もしかして、彼を見に歩き回って居たのでしょうか、お嬢様は。
「ならば力自慢の類か?」
いやぁ、私も剣士ですが…あまり才能というものは感じませんでしたね。
お嬢様の目だけでお気づきになられた物があるのかもしれませんが…。
「いえ、強くはありませんね、熱心だと言っただけですよ。」
ありませんでした。
でしたら何故…。
「ならばそいつの何を気に入ったのだ。」
「顔です。」
いや、まぁ、確かに綺麗な顔はしておりました。
しかしそれだけで選ぶとは思えません。
「…顔?顔から何を見たのだ?クリス。」
「いえ、とんでもなく好みのタイプ、それだけです。」
マジでそれだけで選んだ様です。
聡明で思慮深く、幼い頃からランカーベルを背負うに値する知能の持ち主と言われていたお嬢様からでたアホみたいな台詞。
そんなもので結婚相手を決める事を、父であるご当主様が許すとは思えませんが…。
「…それだけか?」
「はい。」
こんなにあんぐりとした人間を最後に見たのは、借りた金の利息が想像を超えていて、破産するしか無いと気づいた店子を見た時以来でしょうか。
人間、想像の外から強く言われるとこういう顔をするしかないのですね。
「勿論利点はあります。」
あぁ、良かった。
お嬢様が恋をしてアホになられたのでは無いかと心配してしまいました。
ご当主様もほっとした顔をしております。
「彼の方が近くで私を支えてくれたなら、私のやる気が凄い事になります。」
アホになられてました。
「それに…。」
いや、まだギリギリ理性は残っているらしく、更なる提案がある様です。
腐っても商人。
利点を差し出さなくては欲しいものは手に入らないことを理解している女性なのです、お嬢様は。
「彼の方のお姿を拝見するために客が来ます。」
アホアホです。
アホアホでした。
恋はお嬢様をこんな風にしてしまいました。
その後、いく日も話し合いは行われ、どう説得したのかは分かりませんが、我が家からストランド家への婚約の提案は受けられ、仮の婚約者として決まったようです。
凄いなお嬢様。
あそこから説き伏せたのですね。
やはり欲しいものを手に入れる商人としての才能は健在な様です。
少しばかりバグってはおりますが。
◆
思い出しながら話すシャビエルには申し訳ないが、人から聞く回想史上一番しょうもなかった。
マジで一目惚れを力業で成立させようとしているのか。
『僕の説が合っていたね。
フランのグッズ、作られそうだなぁ、これは。』
考察の余地がないと切り捨てた物が事実の場合、人は乾いた笑いが出るらしい。
意思とは関係なくでた自分の笑い声に、心がどっと疲れたのを感じた。




