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ややこしくなって来やがった

「フラン、お待ちなさい。」


母が俺の朝練を呼び止めるなど珍しい。

礼儀には厳しいが、子供の自主性を削ぐような事はしない女性なので、仕事があれば前もって告げられるし、その日に出来た新しい用なら朝練後の昼食時に言われる。


ところがこの日は珍しく来客があるらしく、俺にも同席の指示が出た。


「身なりを整えて、執務室で待機していて下さい。」


来るのは貴族か。

昨日も貴族家の身内と思われるランカーベルの人達がやって来たと言うのに珍しい。


屋敷に我が家が対応すべき人がやって来るのは年に数度しかないのに、2日で2組と言うのはそれだけで異常事態だ。


「母上、どなたがいらっしゃるのですか。」


「ガーナンド家のお嬢様がいらっしゃるそうですよ。

セスに会いに来るのでしょうが、伯爵家の方ですので私達も挨拶が必要でしょう。」


そうですかと答えたものの、この時から少し嫌な予感はした。

アンリがセスに剣神がどうのとか言ってからセスの俺に対する態度が変なのだ。


始めは全裸を晒したから恥ずかしくてよそよそしいのかとも思ったが、違う。

あの目は違う。


「来客は理解しましたが、朝のうちに一応怪我人の様子を見て来ても構わないですか。

男性の方は治療をしていませんが、後になって辛くなる事もありますし、女性の方も大きな傷は治しましたが他にも不調があるかもしれませんので。」


「そうですね。

屋敷に居るならば問題はありません。

しっかり役目を果たしなさい。」


屋敷の客間へと運ばれた二人とは治療の後から接触は無い。

治癒したとは言え失った血と体力は戻らぬし、比較的軽症な男には警邏隊の聞き取り調査が入るので時間的な余裕も無かったからだ。


調書は母へ運ばれるので俺にも読む事が出来るが、現場を見て推測出来るそのままの内容だった。

鹿が飛び出して来て、馬が驚きコントロールを失った結果の事故と結論付けられていた。


しかし違和感を感じて疑っているのは俺だけでは無い様で、ヒースが余白に疑念ありと書き足しがあり、調査のプロであるヒースにも感じるのであれば、もう裏があって事故を装っているのを念頭に置いておいた方がいいだろう。


「やぁ、具合はどうだろうか。

俺はフランセスク・ストランド、当ストランド家の長男だ。

幸いにも治癒魔法の才があり、君たちを助ける事が出来たが、昨日の場で治療したのは命に関わるところだけなのでな。


不調が無いか確認しに来たのだ。


どうだろうか。」


なんとか会話から上手くヒントを得られないだろうかと思いながら、俺は二人を休ませている客間へと顔を出した。


裏があろうと大量の血を失ったのは事実なので、女性はまだ眠っている様だ。

男性はベッドには居るが起きており、まず彼からの話を聞こうと思う。


「…ご子息様でしたか。

いえ、昨日助けられた方が居るのは覚えているのですが、領主家の方だったとは。

失礼、名乗りを。

私はランカーベルの店子に所属しておりますシャビエルと申します。


この度は助けて頂きありがとうございました。」


『あらら、そっか。』


アンリが漏らした困惑、まぁクロで確定だ。

コイツは俺を知っていたな。


普通の平民、いや、ランカーベルに所属している相当気合の入った商人だとしても、貴族に対する驚きが少なすぎる。ましてや医者や神職では明らかに無い貴族の俺が治療したことに違和感を覚えないのはおかしい。


「よろしくシャビエル。

ランカーベルとは繋がりが出来る可能性があるから、と言う訳ではないが、俺が治療したのでな。

災難だったな、事故とは。

変に緊張するかもしれないが、お前らの治療は俺が責任を持つ。

診せてもらうぞ。」


俺はシャビエルの横の椅子に座り、シャツを脱ぐように指示する。

一夜明けて魔法に余裕もあるので怪我があれば癒してしまいたい。


「身体は痛いですが…動けない程では無いので、時間が解決してくれそうです。

馬車が横転してこの程度で済んで幸運でした。」


肩や脇腹の青あざは大きく痛そうだ。

俺はベッドのサイドテーブルに置いてあるコップを手に取り、その中に魔法の雫を注いで差し出した。


飲んでくれ、そういうとシャビエルはなんの躊躇もなく飲み干した。


『うっそぉ。液体の治癒魔法なんて激レアだと思うんだけど。

フランの魔法って有名?』


もちろんそんなことはない。

治癒速度と効果は高いが、回数が少ないので言いふらすと不都合が多そうなこの魔法を喧伝するなどあり得ない。


最近領兵へは解禁したが、知っているのは身内が殆どだ。


「……あぁ、身体の痛みが消えていきます。」


青あざがみるみると消えていく。

事故の隠蔽と魔法に対する杜撰な反応の違いは気になるが、男の顔は治った事を素直に喜んでいる様に見える。


『あ、そうか、この人たちは商人だったね。

想像もしてないんだ。

使える物を隠すって事を。』


成程。

長所は広めて価値を上げていく彼らと、価値を上げたら背負うことの出来ない厄介事が降って来そうな貧乏男爵家では前提が違うのか。

思っても無いのかもしれないな。

俺が自領でも魔法を限定的にしか使わないって事を。


「調書に協力してもらって悪かったな、身体も万全では無いのに。

鹿が飛び出して来たんだって?

ままある事とはいえ大変だったな。」


「そうなんです。

馬が驚いて逸れてしまいまして。

手綱を必死で操作しましたが…。

ダメだったと気がついたのは今朝ですけどね。


そのまま横転して気絶してしまったので。

ははは、御者としては情け無い事です。」


コイツはダメだ。

恐らく商人の周りに居るのは変わりないが、商人ではないのではと感じている。


嘘の立場で接して、素性を隠したいのだ。


商人が治療に礼を言わないのはあり得ない。

こっちが学生時代どれだけ愛想を振り撒いて値切ってきたと思っているのだ。

無料の割に効果が高い礼を省き、対価を物品で示そうともせずに当たり前に受け取るのは偉い人だけだ。


御者と言ってはいるが、ま、それも嘘だろう。

ヒースが疑ったのはその部分だった様だ。

手袋もせず、傷のない手。

事故を避けようと必死で引いたらしい手綱の跡すら無かった。


「プロでも避けられない事もあるさ。


あー、そちらの女性はどうだろうか。


診せてもらいたいが、やはり未婚の男が触るのは不味いだろう。

メイドに補助をさせよう。

少し待ってくれ。」


はい確定だ。ダメだよシャビエル君。

正体を隠したいなら言わないと。

そのまま診て頂いて構いません、とね。

貴族の文化しか知らないのだな、君は。

わざわざ女性メイドを呼ばないと肌を検められないのなんて貴族ですと言っている様なもんさ。


テーブルからベルを取りちりんと鳴らすと廊下から足音が聞こえ、失礼するよと女性の声が聞こえた。


俺はてっきりメイドの誰か、もしくは俺がこの部屋に居る事を知ったリアンが来ると思ったのだが、この堂々とした口調。


驚いて振り返ると全く知らない人が居た。


「ごめんあそばせ。」


困惑する俺とシャビエルを通り過ぎ、もう一つ奥にある衝立で仕切られたベッドへと歩いて行く。


背が高く、パンツが似合う女性だ。

何となく止める事が出来ない空気を纏い、カツカツと言うブーツの音が部屋を支配している。


『誰?』


アンリの呟きはそのまま俺の心の声でもある。

しかしシャビエルの表情は驚きに満ちており、相手の立場が想像できる。


「…チッ。間に合いませんでしたか。」


衝立の向こう、怪我をして寝込んでいるはずの女性の声が聞こえる。


「おいおい、出会い頭に舌打ちなんて失礼な女だね。

おっと失礼。

先に挨拶が必要な相手が居るのでね、君は後回しにさせてもらうよ。


…フラン君、こんにちは。


私はリオナリオラ・ガーナンド。

貴家の騎士セスの姪で、王の剣スティの娘、そして…、君の婚約者となる女だ。


よろしくね、旦那様。」


…ん?

俺の婚約者はクリスティラズ・ランカーベルのはず。

少なくとも俺はそう聞いてるし、まだ本婚約して間もないが、何度か手紙のやり取りもしている。


「はぁ、これだから剣士とか兵士とかは嫌なのよ。

単刀直入過ぎて情緒も何もないんだから。


これから長く一緒にいるつもりならもう少し思慮深い挨拶は出来ないの?

…あぁ、それともシャビエルとご結婚するおつもりで。

おめでとうございます、剣士同士よくお似合いです事。」


これで確定したが、シャビエルさんも貴族だな。

明らかに貴族同士の嫌な会話にぶち込まれていて可哀想だが、ぶち込まれる立場って事だ。

商人らしくない態度で疑ってはいたが、奥の令嬢が誰だか予想がついている今となれば、その護衛の騎士様だろうと分かる。


戦う人間だから治癒に礼も言えないのだ。


当たり前だからな、普段なら。


「はは、誰だいシャビエルって。

私が婚約するのはフランセスク・ストランドに決まっているじゃないか。

挨拶だって彼にしただろう?

建前を大事にしすぎて、当たり前の考え方も出来なくなって来ているのではないかな?」


あぁ、もう分かってはいたよ。

ベッドに寝ているのが俺の婚約者…だと思っていたが今はよく分からない女性、クリスティラズ。


直接会って無いから外見では分からなかったな。


『クリスちゃんとリオナちゃん、どっちがフランの婚約者なの?』


知るか。

俺に聞くな。


俺の表情から、この話の当人であるはずの俺すら何も知らないと気がついたシャビエルの目は、とても優しかった。


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