困惑
新年も明けてしばらくが経ち、メイドや兵士も全員が帰って来て屋敷も落ち着いた。
土産で港町出身の奴らからは魚を、山育ちの奴らからはキノコや山菜、肉を貰ったので、この時期が我が家の食卓が一番豪華かもしれない。
『いつものスープとパンとサラダと信じられないくらい固そうなお肉を見て美味しそうとは思わないけど、今は少し美味しそうに見えるよ。』
そうアンリにも言われてしまった。
今年から兵士の訓練にも顔を出そうと思い、朝練に出たりもしている。
俺が来た事で無理に気を引き締めてしまうのではと心配していたが、逆にやる気に繋がるらしい。
学生時代にも見られている方がやる気が出るタイプもいたが、こいつらは揃いも揃ってそうなのか。
アレは異性の目、というのが大切だろうに、俺が見たからと言ってなんなのか。
…あ、給与か。
働きを見せて賃金を上げようと頑張っているのかもしれない。
しかし残念だな。
母の前で張り切らねば意味はないぞ。
兵と仲良くなれば、民と仲良くなる。
民と仲良くなれば、こうやって普段は気が付かない問題に動くことが出来るって訳だ。
俺はまだ民との交流は出来ていないが、こうやって素早く上告されたり、報告に噂話がくっついたりする。
『商家の馬車が事故を起こしていると。
フランが自分で動かなくたって良いんじゃないの?』
走りながらアンリがそう問う。
それもそうなのだが、その商家が今は成人前で仮とはいえ婚約者の家、ランカーベルの輸送馬車だというのだ。
「顔を出さん訳にはいくまい。
それにこれから共に働く者かもしれんのだ。
仮にも婚約者の家の者との関わりで損はあるまい。
それに事故なら怪我人もいるだろう?
それならば役立つぞ、俺は。」
前半は建前、後半は本音だ。
頼られてしまったのだ。
困った兵士に。
今までは親父を失った領主の息子さん、などと腫れ物扱いに近い距離感であった。
可哀想だけど、身分も違うし俺らに出来ることなんてあんまりねぇよなぁ、と。
幼い頃から家に居た、セスやリアン、隊長達は兄の様に振舞ってくれるが、一般兵とは距離があった。
それがここ最近の訓練への参加で徐々に緩和して、いよいよ困り事の相談が来るまでになったのだ。
頼り甲斐のある人間になるというのは次期当主としての課題のひとつなので、こういう時に積み重ねていけたらと思う。
現場に到着したところ、道の轍に脱輪の跡があり横の木々が薙倒れている。
その裏はなだらかな斜面になっていて、河岸まで続く。
その河岸の砂利に倒れた馬車が見え、近くには兵が集まっている。
アレが件の馬車だろう。
道の見聞はほぼ終わった様子で、若い兵士が荒らされない様に立って見張っていた。
俺も一応見ていこうか。
轍を辿ると、逸れた車輪跡のすぐ前には獣の足跡も付いている。
進行方向から右手からやって来て、馬車の前でUターン。
馬がそれに驚いて、左側に道を踏み外したと。
そんなところか。
「鹿か…?
蹄の跡っぽいな。
なぁ、そこの兵よ。
怪我人はいるか?
酷い怪我なら俺が治す。
見聞中なら混ぜてもらっても良いだろうか。」
若い兵は慌てて斜面を駆け降りて行った。
上司への報告と相談だろう。
出来れば俺の事を可愛がってくれている誰かなら話が早いのだが。
下から上がって来たのは警邏隊長のヒースだった。
俺を見るなりにっこりと手を振っている。
「なんだよボン。
婚約者の馬車だからって大人の仕事に首を突っ込んじゃダメだよ。」
ご覧の通り礼儀も何もない輩だが、警邏隊が相対するのは基本的に不審者か犯罪者だ。
気障ったらしい見た目でそんな奴らと渡り合うには、これぐらいの不遜さは必要なのだろう。
「阿保。
怪我人を助けに来たまでだ。
俺は治癒魔法が得意だからな。
で、いるか?
怪我人は。」
ヒースは嬉しそうに手招きをしながら踵を返した。
どうやらまだ馬車の方に居るらしい。
「おぉ、久しぶりに見られるなぁ、ボンの魔法。
こっちに来てくれよ。
止血は済んで命に別状はねぇが、積荷の小さいナイフが太腿に刺さっちゃったんだとさ。
めちゃくちゃ痛そうだから治せそうなら治しちゃってよ。」
俺は馬車の陰に座っている男女へ近づき、声を掛ける。
女性の方はナイフが刺さったらしい膝の少し上に巻かれている腿の包帯には赤い色が見え、その周りには血で染まった布が幾つか見える。
中々の出血だった事が伺える現場。
ぐったりして、顔色の悪い女性とその横で寝ている男性。
男性は大きな傷はなく、衝撃で気持ち悪くなっただけだという事だった。
医学の心得を持つ女性の兵士が付き添っており、彼女に包帯を外して貰い、相変わらずとろりとしている魔法の雫を掛けると、数瞬の家に傷は元々なかったかの様に消えた。
「うぉ、すっげ。
こんな綺麗に治る魔法は見た事ねぇわ。」
ヒースが手放しで褒めてくれるのは嬉しいが、フランの顔色は優れない。
アンリの呟きが気になったのだ。
『…ここまでするかな?』
アンリに顔があればどういう表情をしていただろうか。
聞こえて来た声は困惑を秘めていた。
ランカーベル家からの客として、怪我人には屋敷へ移ってもらい療養してもらう事になった。
事故現場から運ばれて行く二人のかなり後ろに付いた俺はアンリに声を掛ける。
「どういう事だ?事故ではないとは。
誰かが事故に見せかけて、あの女性を害そうとしたのか?
それともランカーベル家を狙ったのか?」
『質問が多いから最初から説明するね。』
乗り物の前に動物が飛び出して来るというのは、よくある事だ。
鹿、イタチ、狸、狐、猫やネズミ、リスなんかも道端で死んでいる事がある。
出会い頭にぶつかるなんて茶飯事でそれ自体は珍しくない。
フランも母と馬車で移動中に動物を轢いたことがある。
それに疑問は抱かない。
しかし…。
『見たことないよ、飛び出して来た獣が、Uターンするなんて。
野生の生き物がそんな非効率な逃げ方するかな。』
大体の動物は処理が追いつかずに立ち止まるか、そのまま駆け抜ける。
スピードを落として、止まって、身体を反転させて戻る。
そんな動きを緊急時に選ぶ事はないのだ。
殆ど。
「全くない訳では無いだろう?」
『それはそうさ。
でも足跡も変だったしね。
ターンしたなら最後に踏み込んだ足は強く着く筈なのに均一…足跡も4つ足があって蹄のある生き物ですって並べ方をしているだけで、本来なら直線に着くはずだしね足跡も。
ま、それも鹿が焦っていたり怪我をしていたら分からないけどさ。
それに…。』
もうひとつの違和感。
それは普段人の傷を治せるからか、怪我の位置をよく観察しているフランにはすぐに分かった。
「それに、か。
分かるぞ、俺にも違和感はあった。
正直な。
馬車の荷崩れであんな脚の正面にナイフなど刺さるまい。
あり得るかもしれないが、起こり難い事。
それが三つ重なったらそれは偶然では無いな。」
アンリは頷くが、それでもフランは分からない。
わざわざ自分にナイフを突き立ててまで馬車の事故に見せかける必要が何処にあるのだろうか。
今回は俺が偶然にも出張って来たから傷跡はないが、運が悪ければそのまま死んでしまっていたかもしれない。
「アンリは言っていたな、そこまでするかな、と。
目的に見当がついているんじゃ無いのか?」
『ランカーベル家って商家だからさ、ウチを通る意味なんて無いでしょ。
貧乏なんだから。』
はっきり言ってくれるじゃないか。
しかし確かにその通りだ。
特産も名産も多少の差はあれどそこらで買える。
わざわざここで仕入れなくても構わない物ばかり荷台に積んでいた。
「好意的に捉えるなら、将来家を繋ぐ相手だから、とかか?情報を仕入れるついでの買い付けかもな。
他に理由もないだろ?」
『いや、お嬢様の婚約者、フランの品定めでしょ。
だから言ったんだよ、僕は。
そこまでするかなってさ。』
俺を見に来て接触するために、馬車を転がして偽装工作を施し、自分の足をブッ刺す。
それは…。
「ヤンチャだな。」
『そういうのは狂ってるって言うんだよ。』




