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思惑

神と会いました。

敬愛する剣神様の降臨をこの目で。


剣神はなんと私が仕えるストランド家の長男、フラン様へと降り立ちました。


幼い頃に父君が居なくなったその日から、母君を守るのだと剣を振り続けていたあのフランぼっちゃまが、神に認められたのは感慨深い。


こんな喜ばしいことなどあるでしょうか。


思えば、私も兵達も積極的に剣を教えようとはしませんでした。

領主になる為の学びが忙しいと身を慮ったと言えば聞こえはいいですが、教えても仕方ないと思った事があるのは事実です。


才能など努力を怠った者の言い訳。


王の剣たる我が兄はそんな事を言いますが、そんなものは努力が応えてくれる才能を持つものだから言えるのでしょう。


フラン様は同年代に比べて背も低く、骨格も腱もか細いので筋肉も付きづらい。

魔法は優れているがそれも治癒の力であり、戦うことに関しては見るべきものは何も有りません。


才能などまったくない。

しかし続けた。


5歳の頃から10年。

学園でも家でも守られる側として扱われ、誰からも剣を教わらずにいたのにも関わらず本や工夫でただ続けた。


空気で家を建てるが如く虚無な修行をし続けた。

そして、今!神にその姿を認められたのです。


素晴らしい!


私が神をぼっちゃまに取り憑く悪霊と思い込んで襲い掛かり、一蹴されて蹲っているしばらくの間、ぼっちゃまは私の横で剣を振っていました。


ここで神に剣を教わっていたらしいので、私が乱入して邪魔してしまった不足した分を黙々と続けているのでしょう。


素晴らしい精神だ、と思うと同時に、やはり鈍い剣筋だとも思ってしまいます。


素人には負けないかもしれませんが、筋のいい素人には負けるかもしれない。

10年間も振り続けているのに。


しかし…。


「年末の休みから戻ってからというもの、ぼっちゃまが楽しそうに剣を振るのを不思議に思っていましたが、剣神様の慈愛を頂いたのですね。」


そう、楽しそうに変わった。


「楽しそう、か。

自分では分からんが、そう見えるならそうなのかもしれんな。」


何故そう感じるのかは分かりませんが、その気持ちをそのまま伝えると、ぼっちゃまは天使の様にはにかみながらそう答えました。


可愛らしい。


それに、鈍い剣筋とは言いはしましたが、去年に比べると段違いに鋭くはなっています。


加護を得たと簡単に言うのはぼっちゃまに失礼ですが、適切な、それも神による指導を受けている成果でございましょうか。

もしかしたら私の様な凡夫には分からぬ剣の才能があるのかもしれません。


まさに神のみぞ知る、というやつですか。


…ん?


剣神に認められて…、人柄も良い…。

家柄はそうでもないが、私と言う仲介役も居て…、なにより可愛らしい。


勿体無いのではないか?


ランカーベル家の女狐に婿入りか、向こうが嫁に来るかは知らないが、剣神の愛し子様はあんな頭でっかち、銭ゲバ商人の家と繋がるのは…。


許せません。


そう、剣神の愛し子は、我がガーナンド家と繋がるべきでしょう。


違いない!


そうと決まれば…我が娘を…リアンナリーゼとぼっちゃまを…いや、我が家は騎士だ。

爵位で若様の足を引っ張るわけにはいかないでしょう。


それに、伯爵からの婚約の打診を断るには、同じ位の相手からの婚約の打診が必要です。

兄に頼りましょう。

兄はガーナンド伯爵家を継いでいるので、爵位も合う。


姪御は確かぼっちゃまの3つほど年上なだけなので丁度良い。


おぉ…これも運命でしょうか!


幸いぼっちゃまは成人しておらず、本婚約では無い!

今なら全てをひっくり返して我が家系が頂いても何の問題もない!


こうしてはいられません。

早く、早く、早く!兄へ文を送らねば。



アンリとセスの決闘が終わり、蹲るセスを置いて行くのはどうかと思ったので、俺はその横で剣を振って回復を待った。


決闘の残像をなぞって、ゆっくりと。


セスが血走った目でこちらを見ているので、アンリに話しかける事はしない。


いや、何故こちらを見て来るのか。


「…セス?」


声もかけるが、遠くを見る様な目でこちらを見ているだけで返答はない。


正直怖い。

現実の光景とは思えない。


全裸のおじさんが、横になってこちらを見ているのだ。

美しい月明かりの泉の前で。


俺だってここに初めて来た時は、とても美しい泉の女神が現れたり、金色の粉を撒きながら自由に飛び回る妖精、水晶の角を持つ鹿の王が現れる、なんて事を想像したものだ。


それ程に月の下の泉は神秘的だったのだが、現実は蹲る全裸のおっさんしか居ない。


世知辛い。


せめて返答があれば心配も出来るのに、何故か何も言ってこない。

瞬きもせずにこちらを見ているだけ。


偶然セスの目が開かれた先に俺がいるのか?

そう思ってセスの向こう側へと移動してみたが、気がついた時にはまたこちらを向いていた。


流石に返答をしてくれるだろうと、もう一度話しかけてみたが何もないままだ。


なんかお腹が痛くなって来た…。

必要以上にここにいるし集中も出来ていない。

先に帰ろうか。

そんな事が頭をよぎった辺りで、急にセスが立ち上がった。


「うぉ!」


思わず驚きの声をあげたが、セスは振り返りもせずに駆けて行った。

あんなにこっちを見ていたのに…。


『…ねぇ、フラン、良いの?』


「何がだ。

セスの行動に感想はないぞ。

深く考えたくないのだ。

熱にうなされた時に見る悪夢でももう少しマイルドだ。」


『いや、そうじゃなくってさ、セスさん、裸で屋敷の方へ駆けて行ったけど…。』


超ヤバい。


セスの評判が勝手に地に落ちるのは構わないが、我が家の騎士様なのだ。

あら、ストランドさんとこの騎士様が全裸で走っているわ、おほほ。


そんな噂が流れたら死ぬ。

社会的に。

社交で噂の的になってしまう。


急いで追いかけるが、姿は見えない。

セスは剣の達人。

足も当然速い。


走れど走れど姿は見えず、結局屋敷へと到着してしまった。


…見られずに済んだのか?


幸い屋敷が騒ぎになっている様子も無い。

見られたら問題のある夜勤のメイドが巡回している所と出くわしたが、おずおずと夜の挨拶をされただけだった。


「あぁ、こんばんは、リサ。

あー…セスを見なかったか?」


「セス様ですか?

いいえ、本日は見ていませんね。」


…本日は?もしかしてあいつ…朝から泉に居たのか?

怪談を聞いてしまった様な気持ちで、メイドを見る。


しかし、良かったと言えるだろう。

夜勤のメイドに見られていないなら誰にも見られては…。


裏門の門番!

森から走って来たならば絶対に出くわすはず。

そういえば俺が帰った時も門番はおらず空っぽだった。


普通ならサボって抜け出しているのなら罰を与えるべきだろうが、今だけはサボって抜け出していてくれと思ってしまう。


「なぁ、今夜の裏門の担当は誰だ?」


「今夜ですか?

…ええと…あ!リアンナリーゼ様ですね。


若様が帰って来るのを待つのに、毎夜のこの時間はリアンナリーゼ様が裏門を管理する事になっています。


若様が戻ったのを見計らい、兵士のどなたかと門番を変わるのですよ。」


はぁ、そうだったのか。

そういえば毎回リアンが裏で待っている。


従者としての仕事と、門番も兼ねていたのか。


『会ってないよね、今夜は。』


「……俺が帰って来た時は居なかったな。」


「あぁ!そうでした。

少し前にリアンナリーゼ様がお部屋に剣を取りに戻りましたので、何かあったのか尋ねたのですよ。


そうしたら、不浄なものが現れたので退治すると。


嫌ですね、大きな虫でしょうか。」


…。

……。


「どのくらい前だ?」


「ほんのさっきですよ。」


『あら。』


メイドのリサに礼を言い、俺は駆け出した。

間に合え!

事件が起きる前に!


そう思ったが、数歩でその気持ちは萎えた。


年頃の娘と父親。

その父親が全裸で闊歩している娘の気持ちを考えると、ちょっとくらい斬られても良いんじゃないかと思ってしまった。

ひと段落しました。

またよろしくお願いします

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