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少しの成長

ラルゴと狼の件で反省した事がある。


俺が兵士の訓練に頻繁に参加すると、変なプレッシャーになるかもしれないので避けていた。

それはその通りだろうが、弊害も出ている。


俺の得意な魔法は人助けに役立つ治癒の力で、気軽に、とは言えないが、命の危機に遠慮などして欲しくはない。


それなのに、俺が兵士達とのコミュニケーションを怠った結果、軽い怪我ならまだしも、骨折などの日常生活に弊害が出るだろう重めの怪我さえも俺を頼る事をしていない事が分かった。


ラルゴも息子が怪我をして運び込んだものの、治療を頼むまで大分葛藤があったらしい。


それはやはりよろしくないと思う。

助けられるのに、助ける機会を隠されると何も出来ない。


もしそれが原因で本当に取り返しがつかない事が起きる前に、もう少し兵士達と共に過ごすべき。


「そう考えたのだが、どう思うだろうか、セス。」


セスは腕を組んだまま、少し俯いて考えている。

確かに貴族としての威厳を失う可能性もある選択だとは思う。

偉そうにしたい訳ではないが、貴族らしさを失うという事は良いことだけではない。


例えば、俺のみの力でどうにでもなる治癒を頼みやすくなったり、手伝いが必要なら気軽に言ってくれて構わないのだが、金が必要だったり家の判断が必要な陳情も話やすくなる事になる。


どれを受け入れて、どれを受け入れないか。

それを俺の判断で決めるのは簡単なのだが、治癒はしてくれたのにアレはしてくれない。


そんな不満に繋がる可能性もあるのだ。


困り事の相談というカテゴリは同じなので、相談者の真剣さは変わらないのに対応が違う、なんて不満を溜め込む可能性もあるのだ。


民と貴族の距離がある、というのは悪い事ばかりではない。

分からない物に人は抗えない。

少しだけしか分からない物には不満が生まれる。

その狭間に居る貴族は、どちらかを選ぶしかない。


寄り添い続けるか、ただそこに存在し続けるかを。


「…ぼっちゃまの意思は尊いと思います。

セリーヌ様は何と?」


セスと話す前に、当然母にも相談した。

こう思う、しかしこういう問題もある。

順序立てて話したが、母もまた、信念をもつ貴族の当主である。


「次期当主である俺が決めるべき、とな。

どんな当主になりたいか、それだけしか問題じゃ無いと。」


指針を決めたら、覚悟を決めるだけ。

それが出来る立場があるのだから、沢山悩んで自分で決めなさい。


そう言われた。

その通りだと思う。


しかし、今は当主ではない俺の行動が、家としての行動に影響を与える訳にはいかない。


なのでまずは身近な兵士へ開こうか。

そう考えてのセスへの相談であった。


「リスクは理解している。

が、救える命を救えなくなる可能性があるのを放置する訳には、とも思う。」


勿論、アンリにも別に相談したが、返答は母と変わらないものだった。

俺が決めて、俺が覚悟出来るかどうか。


領民と寄り添い続ける、覚悟があるかどうか。

真剣なセスへの相談だったが、返答は意外なものだった。


「べびぼーばばべばびばべ。」


…ちょっと何を言っているか分からない。


『うわぁ、僕、大人がこんなに泣いているの初めて見たよ。

ちょっとヒくね…。』


俺も。


リアンと同じ銀髪をピチリと分け、整えられた顎ひげと、充実した人生を生きてきたのを感じる強い眼差し。

背筋も綺麗に伸び、やや浅黒い肌からは普段の律した生活を想像させる。


こういう大人になれたなら。

そう考える者も兵士に多いだろう、ダンディの化身、セス・ガーナンドは昨日から奇行を見せていたが、今日もちょっとひどい。


「ぼぼぼびぃ。」


いや、だから分からんて。


「セス、鼻をかめ。

ほら、ハンカチをやる。」


チーンと。


「失礼、ぼっちゃま。

いやぁ、歳はとりたくないものですな、涙腺が緩くなってしまって。」


お前まだ40歳にもなってないだろう。

なにがセスの琴線に触れたのか分からないが、とにかく落ち着いてくれて良かった。


「…おほん。私が言える事もセリーヌ様と変わりません。

結局その通り、ぼっちゃま、フランセスク様がどう生きていきたいかに繋がるのです。


揺るぎない意思と実力。


それを得る手助けは出来ますがね。」


「そうだな。

セス、ありがとう。」


「いえ、私もぼっちゃまの心の成長を知る事が出来て感無量で御座いました。


…では、心だけではない所も見せて頂きましょうか。」



俺とセスは訓練場へ移動した。

いつもなら屋敷の庭での個人指導だったが、先程の話をしたからか、セスはこちらへと誘導してきた。


努力を隠すのは美徳だが、知る事で兵のモチベーションとなる場合もあるだろう。


せっかくだし、目一杯胸を借りる事としようか。


「では、行くぞ。」


「は。」


セスと会うのは久しぶり、と言ってもひと月程しか間は空いていない。

アンリから受けた指導も二週間程度か。


こんなものでセスに勝てるようになっていれば世話ないのだ。


それでも一矢報いたい。


肩で口を隠しながら、小さい声で呟く。


「アンリ、お前にも頼るぞ。」


『もっちろん。

…セスさんは強そうだね。

構えが堂々としてるよ。


…じゃあ、最近教えた奇襲、やってみよっか。』


泉での鍛錬では色々と教わった。

戦術的な事も。


「おや、構えが変わりましたな。」


いつもは両手で正面に構える剣を、半身に構える。

強く振る為の構えだったのだが、ここ最近の指導の結果こうなった。


利点はいくつかあるが、一番は足を使いやすくなった事か。


正面だと前後の動きに終始してしまう事が多かったが、半身で構えると左右にも意識を向けやすくなった。


セスは基本的に待ちの姿勢である。


元は知らないが、我が家の兵士や俺とリアン相手だと、一方的に攻め潰せてしまうので指導にならない。


なのでいつからかこうなったのだろう。


左前へと大きく踏み出し、右から左への横薙ぎを振る。

セスは丁寧に剣で受け、カン、という木と木が当たる高い音が鳴った。


以前なら隙もないのにこのまま次の剣を振っている所だが、アンリの指導を忠実に守り、基本の構えへと戻りながら距離を開ける。


臆病になったと思われるかもしれんな。


セスの使う剣術は王国剣術と言われるベーシックなものだ。

連綿と続く由緒正しい剣術で、この国で剣術と言えば大体これである。


今の俺の有利な点は、その基本から大きく逸れた剣を始めた所か。


もう一度踏み出し、同じように左から右へ薙ぐと、工夫のない攻撃を咎めるように、先程よりも強く受け払われる。


俺は一合目と同じく左足を下げると、今度はセスが追ってきた。


逃げの間合いは許さない。

そんな追い方だ。


『奇襲そのいち〜!』


アンリに教わった剣で1番の特徴はこの引き足だろうか。

縦に並んだ両足のステップが独特で、引き幅の錯覚を起こしやすい。


…セス。

追いすぎだ!


俺は大きく引くと見せかけて、今回はかなり浅くステップしている。

その分体勢も整えやすい。


「はっ!」


相手が追ってくる最中、先に攻撃に移る余裕が、ある!

やや前傾のセスへ、渾身の突きを放つ。


タイミングは練習通りで、胸元へと突き刺さるだろう。

普通であれば。


セスは流石で、完全に虚をついた突きを冷静に弾く。

しかしそれでもいつもよりは弱い弾きで、体勢も悪い。


『奇襲そのに〜!』


突きの裏の左手で、準備をしておいた。

小さな魔法だ。

ただ魔力の塊を飛ばす、狩の時に馬を引き寄せるために使った魔法。


これもアンリに指導された。

剣戟の最中でも撃てるよう訓練しろと。


こちらは適正があったのか、動きながら魔法を出すだけならすぐに出来た。

その時は実感できては居なかったが、驚くセスの顔を見ると、これはかなり効果的らしい。


「む!」


セスは崩れた体勢のまま柄で魔法を防いだ。


大した威力ではないが、当たれば痛い。

反射的に無理矢理防御してしまうものだろう。


『奇襲そのさん〜!』


そんなものは、教わって!いない!


二つの奇襲で大きく崩れた体勢を立て直すために、セスが距離を取ろうとしているのが分かる。


攻め時。


一気に近づいて力一杯剣を振り下ろすと、流石のセスはそれでもしっかりと剣で受けた、が、それでもこの状況なら俺の腕力の方が強い。


弾かれ流れた剣では次を受けられないだろう!セス!

初勝利は目前だ!


このまま攻め!潰す!


『あぁ…そんなの、僕は教えてないからね。』


もう一度、と剣を振り上げた瞬間、俺のは視界は空を見ていた。


何故だ…。

剣は間に合わないはずなのに…。


吹き飛ばされて転がりながら、考える。


何が起きたか正体を見てやろうと、身体を起こすと、目の前にはもう、剣が突きつけられていた。


「良かったですよ、ぼっちゃま。

最後の雑な攻撃は頂けませんが、それまではとても。」


セスは剣を下げ、肩に担いだ。

差し出された手を掴み立ち上がって、じんわりと痛む胸を見ると、くっきりと足形が付いていた。


「俺が吹き飛ばされたのは、蹴りか。」


『誘われてたね。』


剣を遠ざける事しか頭に無く、それを成したと勘違いした事で雑になってしまった。

不覚だ。

まだまだ未熟者なのだと感じる。


「ぼっちゃまは一本気な性格なので、狙いが一つになる傾向があります。

しかし、その前の突きと魔法弾はとても驚きました。


あれは素晴らしい一手だったかと。」


セスは両手を広げ、賞賛を口にした。

近くで見学していた兵達も、あれは良かったと言ってくれている。


やはり人と共に行う鍛錬は、やる気が出るな。

また研鑽して、セスに挑戦するのも良いだろう。


今まで兵に気を使い過ぎていたのかもしれないな。


「所で。」


セスの表情が険しく変わる。


…なんだ?

奇襲は騎士道に反するとか、そういう指摘か?

それは最もだとは思うが、格上に勝ち目も無いのに真っ直ぐぶつかる事を騎士道と言うのなら、それは違うと俺は思う。


堂々と胸を張って良いはずだ。

今日の戦術に!

なんでも言うが良い。

俺はそれに反論できる自信があるぞ。


「…私という者がありながら…何処かで剣の手解きを受けましたね?

…あぁ!待っていたのに!

ぼっちゃまが、兵の訓練の邪魔をしない様に気を遣われていたのを知っていたので、こちらから声を掛けることなく!


どこの馬の骨か知らない輩の手癖が入るなど…!

穢らわしい…と言いたい所ですが、確かに良い手筋でありました。


どこの誰なのですか?

私から!ぼっちゃまを奪おうとしているのは!」


……お前もか、セス。

お前も…気持ち…悪いぞ、セス。


流石に何も言えない、これには。


「ぅぅう!決闘じゃ!」


勘弁してくれ…。


『全然良いよ〜。

楽しそうだし。』


勘弁してくれ。


本日のセス語講座


「べびぼーばばべばびばべ。」


成長なされましたね。



「ぼぼぼびぃ。」


誇らしい。


試験に出るので、蛍光ペンで線を引いておくように。

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