鍛錬
「変身!」
『変身!』
光が満ちて姿が変わる。
年明けから5日、毎日受ける辱めにようやく慣れてきた。
少し苦い顔をするだけで済む、今なら。
人前でやれと言われれば別の話にはなるが。
『見せて欲しい動きがあるのだが。』
変身が可能になってから数日、夜に行う剣の鍛錬の内容は独りで振っていた闇雲な剣ではなく、見取り稽古付き、師匠付きの有意義なものに変わった。
1日1回という回数制限が付いた事で、鍛錬に使える変身のタイミングは夜に限られる。
何かあった時に、自分の為に使い切ってしまったから助けられませんでした。
なんて事を避ける為だ。
俺の魔法もアンリの変身も、回数制付きという難儀なモノだが、それならそれなりに対応するしかないのだ。
夜に泉に出て、変身し、3分間をフルに使ってアンリの動きを見る。
変身が解けた後、その動きをマネしたり、理論をアンリから教わる。
そんなルーティーンが確立しつつあった。
変身前にはアンリがぐるっと辺りを巡回して、手の届く範囲で事件が起きていないか、俺達を誰か見てはいないかを確認する。
何か起こっていたならば、変身は残しておくべきだし、変身する姿を見られたら面倒だからそうしている。
特にリアンは俺が鍛錬場所を変えた事を不思議がっていて、一度後を尾けてきた事があったので警戒している。
その時は幸いにも、変身が解けた後のタイミングだったので、独り言を言いながらも真面目に剣を振る姿を見られただけだったので良かった。
変身中は他人を装えばいいが、変身ポーズを見られたらマズい。
俺が変化するのを見られたら動きにくくなる可能性もあるし、なにより恥ずかしい。
姉の様な存在に、あのポーズを見られたら…。
俺はストレスで身体が破裂してしまうかもしれない。
『型通りに動かす必要はないんだけれど、型を完璧に身につけたら無意識に近く動ける様になるし、こう動かしたら、こう動く事が出来るって知る事が出来るから繰り返すんだ。』
普段のアンリと違い、鍛錬中は真面目そのもので、今やっている事はどんな意味があり、何の効果があり、それにより俺が何を得るかをきちんと説明してくれる。
アンリの型はまるでダンスの様に足の動きや位置、手の振りが細かく決められていて模倣するだけでも大変だ。
それでも効果や目的を教わると、その通りにきちんと振ろうと頭を使う様になるのだから不思議なものだ。
今までも教本を読みながら説明通りに振っていたのだが、そこまで深く考えた事はなかった。
「む…?……なぁ、アンリ。
この横凪の左足、こんなに深く下げる必要はあるのか?
次への繋ぎに必要以上に筋力を使うのだが。」
当然疑問は浮かぶが、すぐにそれを問えるのも大きい。
独りならば妥協して自分が振りやすい様にアレンジしていただろう。
そうなっている理由も考えずに。
半端に修めた技術の危険性は、説明を受ければ受けるほどよくわかる。
『うん。
フランの言う事はわかるよ。
確かに左足の位置は必要以上に深く見えると思う。
だけどそこまで下げたなら次の動作に選択肢が出来るのさ。
そこから少し引けば突きの距離が15センチは伸びるし、右足の後ろに引けば半身になれる。
そうすれば次を速く振る事が出来るんだよ。
あと、そこまで引けば勝手に身体が半歩ズレてくれるからね。
居着かないで済む。
その場にベタッと立っている相手にはいくらでも攻撃を通す方法はあるけれど、動き続ける相手に正確に当てるのは難しいだろう?
それにね、いくら型を修めても、実践でとなるとその半分も理想通りの動きは出来ないんだよ。
だから少し窮屈でもその動きを身体に覚えさせた方がいい。』
左足に意識を置き、言われた通りに突きへ移行すると、蹴り足が効いて確かに伸びる。
「なるほど。
なるべく下げた方がいいのか?
それともこの位置がベストなのか?」
無理をしたらもっと下げられそうな足の位置を気にしながら何回か振ってみると、位置での問題は無さそうに思えるのだが。
『下げ過ぎると選択肢が減るし、次の動きもバレちゃうからね、今の位置が理想かな。
もう少し下げても効果は変わらないんだろうけど…ほら、相手がいる事だから。』
相手がいる、と意識させてくれるのもありがたい。
自分がやりやすい様にやった結果、威力は出るが見破りやすい、なんて事も有り得るのだから。
『結局攻撃なんて、見え辛くって早けりゃいいのよ。
そうでしょ?生き物なんて刃物が入ればそれで終わりなんだから。
力なんて大していらないのさ。
だから人間の技術ってやつは、いかに当てられずに当てるかに特化しているんだよ。
受けたらダメな生き物も沢山いるしね。
こっちが当てて、当てられなかったら、神すら殺せるよ。』
アンリはこれまで何と戦ってきたのか、合理的でもある。
確かにそうだ。
刃が通れば、相手は死ぬ。
逆に俺もそうだ。
刃が通れば死んでしまう。
無理をする必要はない。
物語の主人公の様に、全てを出し切って満身創痍で勝ってなんになる。
日常生活に支障が出たら、それは負けに等しい。
完封以外はリスクがある。
そんな事を繰り返し言われた。
◆
新年から5日も経てば、まばらに我が家の臣下が帰ってくる。
兵士や使用人達だ。
ラルゴなんかは早め戻って来ており、狼のその後の話をして、ラルゴとカラフが建てた墓を一度参った。
そして、我が家唯一の騎士、セスも帰って来た。
騎士とは各領主が任命権を持つ貴族であり、要は特別待遇の兵隊長といったところであろうか。
5人いる家もあれば、10人を超える家もあるが、我が家はセス・ガーナンドだけだ。
「ぼっちゃま、戻りました。
リアンナリーゼは良くやっていましたでしょうか。」
セスはリアンの父でもある。
そして、王の剣こと剣聖スティ・ガーナンド伯の弟でもある。
「それなのだがな、セス。
謝らなくてはならない事がある。」
俺は狩りでの顛末を話、謝罪をした。
命は助かったし、傷も残ってはいない。
しかしそれは偶然の様なもので、本当に危なかった。
もしかしたら今後、あの時の後遺症も出る可能性はある。
「ほう、それでは怪我をした、と。」
俺が話すにつれて、セスの目は据わっていく。
当然だ。
うら若き乙女の身体に傷をつけたのだから。
「そうだ。本当にすまない事をした。」
セスは目を瞑り、鼻から大きく息を吐く。
溢れ出る雰囲気は、剣聖の家の血筋を確かに感じる威圧感に溢れている。
「リアンナリーゼ!!!来なさい!!!」
外で話していたのに屋敷のガラスが割れるかと思うほどの大声で、リアンを呼び出した。
俺は覚悟を決めた。
いや、元から決めていた。
リアンへの、ガーナンド家の娘への責任。
それを持つのは俺だ。
何でもすると、そう決めていた。
バタバタと駆けてきたリアンは真っ青な顔をしている。
リアンは優しい奴だ。
俺を慮って苦しい顔をしているのだろう。
しかしセスの怒りはもっともなのだ。
リアンも怒って当然なんだから、そんな顔をしないでくれ。
「お父様…リアンナリーゼが参りました。」
セスは据わった目のまま、なにも話さない。
リアンの身体を上から下まで観察し、拳を握る。
あぁ…セス程の達人から見たならば、俺が分からぬ後遺症が分かるのだろう。
もう一度リアンとセスへ謝罪しようと口を開きかけたその時、先にセスが話を始めた。
「リアンナリーゼ。怪我…だと?」
「は…。死にかけました。」
そうだ。
あの時は俺も動揺した。
幼馴染を失うかと思い、震えたものだ。
「馬鹿者が!!!」
先程リアンを呼び出した時より更に大きな声。
屋敷の窓からも何事かと使用人が見ている。
訓練場を走っていたラルゴや他の兵士も、あまりの怒号に足を止めてしまった。
「…申し訳…ありません。」
辞めてくれリアン。
あれは俺の計画が甘かった。
リアンが悪い事など一つもない。
「全て俺が悪い。リアンは巻き込まれただけだ。」
そう口に出すが、セスの怒りはおさまらない。
ジリ、とセスが歩み寄る。
仕方あるまい。
殴られるか、それともリアンと同じ目に遭わせるために右手を斬られるか…。
承知している。
さあ!やってくれ!
俺は右手を差し出す。
セスはその手を取り、シャツの袖をめくってじっと見つめていた。
「リアンナリーゼ…傷痕は無いのだろうな。」
気になるのも当然だ。
未婚の乙女に傷痕など…。
「無いと思います…。入浴中や着替えの最中に何度も何度も確認致しましたが、傷は見られませんでした。
…しかし、見られて無い箇所もあり、絶対とは…。」
「無いと、思いますだと…?ふざけるな!
ぼっちゃまのつるつるのお肌に傷をつけたかもしれないのか!」
………………え?
「も、申し訳ありません!
何度も何度も確認したのですが…。」
何度も確認したのか?
ん?着替えや入浴中…に、何度も?
俺は一人で入るし、着替えも自ら行うのに…。
「…ぼっちゃま、申し訳ありませんが確認させて頂けますかな。」
「い、いや、多少の傷など大した事は…。」
セスが一歩近寄るたびに、俺は一歩下がる。
これは多分剣聖の家の圧とは何の関係もない恐怖だ。
目もバッキバキ。
俺が通りすがりでも走って逃げるさ。
「いいえ、ぼっちゃまのつるつるのお肌に傷がついたかもと考えると居ても立っても居られません。
…そうだな、リアンナリーゼ。」
「その通りです、父上。」
なんだこの親子。
恐ろしい顔で追いかけてくる我が家の騎士と俺の従者。
それから逃げる事は困難だったが、部屋まで逃げ切る事が出来た。
『ね?避けられるって事は、素晴らしいでしょ?』
アンリの気の抜けた声に、俺の力も抜ける。
なんかすごく疲れた。
『ちなみに、大きな傷はどこにもないから安心していいよ。』
…傷などどうでもいいのだが、安心出来ない材料が一つ増えた。
貴様も見ていたのか?
「…この部屋、覗き穴とか、無いよな?」
その声に答えは返って来なかった。
完封してもリスクはある。
そう学んだ日だった。




