小さな狼
ラルゴから大体の場所を聞いていたのと、強い血の匂い、そしてエクサムが居るので子狼を見つける事は簡単だった。
夥しい狼達の死体の中で眠っているらしい。
『んー。あれはまだ幼すぎて仲間が皆死んじゃっているのも理解していないのかもしれないね。
放っておけばその内餓死するかもしれないし、フランがやらなくても大丈夫かもよ。』
エクサムの言う事も分かる。
野生下で子供一頭、何の手助けも無くすくすく育つなんて甘い世界では無い。
冬場で食糧も無く、狩りをする親も居なくなったのならその内に死んでしまうだろう。
もしくは他の冬眠しない単独で狩りをする動物や魔物に食われるか。
「理解しているがな、エクサム。
我が領地の危険は放ってはおけんのだ。
それに…な。
お前の見立てでは、アイツは自分のせいで自分の意思とは関係なく親を失ったのだ。
いつか理解した時にアイツはどう思うのか、そう考えてしまう。
誰かが罰を与える責任があるのならば、野生だろうがアイツは我が領民としてみなす。
俺がやるべきだ。」
眠る子狼に歩み寄るが子狼は起きる気配が無い。
突然変異なのか、才能か、近づくにつれあまりの魔力に肌がビリビリとする。
ラルゴ達はこれを感じなかったのだろうか疑問だったが、エクサムが解説してくれた。
『魔法を修める過程で感知出来る様になるんだよ。
自分の魔力を理解するという事は、他人の魔力を理解するのとニアイコールなのさ。
フランの癒しの魔法も、回数が少ないとはいえ途轍もない治癒力なんだよ。
あれを発動している時の君の魔力もこんな風に迸っている。
この子は扱う方法を理解していないから、常時こんな感じみたいだけど。』
そういえば習い始めは自分の魔力を感知する所から始めさせられた。
身体の…俺の場合は首の後ろ辺りにゾワゾワとした時、それが魔力だと理解出来たのだった。
それから操作方法を学び、自分に合った魔法を探り、今に至る。
コイツはその過程を得られなかったから漏れ出すしかないのだろうか。
『…ねぇ、フラン。
この子はあと数時間で死ぬよ。
ラルゴさん達は間が悪かっただけで、こんなに魔力を放出してさ、コントロールも効かないのならそう長くは持たないよ。
この子に相当な才能があって、相応の器を持って居たって、こんな無理な放出…一週間も持たなかった筈なんだ。
良かったよ、冬でさ。
周りに生き物も少ないから被害も少なかった。
もしかしたらそこらでこんな風に魔力が暴走している野生の獣もそこそこ居るのかもね。
目の当たりにする前に死んでしまっているだけで。』
そうかもしれんな。
俺もそう思う。
人でも産まれつき魔力を放出し続ける病があり、対処方法も知られていないような田舎だとそのまま亡くなってしまうらしい。
すごい才能があると分かっているのに、産まれの差でそうなるとはやるせ無い。
この子狼もそうだ。
眠っているのでは無く、弱っているのか。
俺は手を伸ばして狼を撫でるが、魔法が精神に感応する気配もなく、動く様子もない。
親と違い柔らかい毛を感じると、ほんの子供なのだなと実感が湧く。
人で言えば俺よりも年下なのだろう。
「エクサム、お前は殺生を嫌うな。」
馬の時にも感じていた事だ。
コイツは強いが、それとチグハグな倫理観を持っている。
『普通嫌でしょ。
今回は特に、相手がこっちを殺しに来てる訳でもないのにさ。』
それもそうか。
ふすふすと鼻を鳴らす子狼を撫でながら声を掛ける。
「おい、狼の子よ。」
子狼は目だけをこちらに向けた。
身体が重いのか、撫でられるのがまんざらではないのか、ラルゴ達で慣れて人を怖がらないのか、動きはしない。
「貴様、親と仲間の死は理解しているか?
お前がやった事である。
お前の責任とは言い切れないが、お前の魔法の結果だ。」
子狼は動かない。
『ちょっと…フラン。』
「狼の子よ、俺はお前の責任を負うべくやって来た。
どうしたい?
生きるか?
俺の魔法ならば、お前のそのダルさは取ってやれるだろう。
それも良いと思う。
今はお前を振り回す魔法だが、いつかコントロール可能になれば素晴らしい力だ。
それとも…死にたいか?
親と仲間の死を直視したくないのであれば、方法は多く無いと思う。
どちらにせよ、人間的な作法にはなるが、仲間は埋葬してやろう。
お前の信仰は分からんが、それは許せ。」
『フラン…。』
目だけをこちらに向けていた狼は、俺の話の終わりと同時に目をつぶった。
◆
一度屋敷へ戻り、油とシャベルを持って森に戻る。
枯れ木を組み油をかけて、狼を集め火を点けると、徐々に激しく燃え盛って行く。
パチパチと燃える火を見ながら少し考える。
「なぁ、あの子狼は、生きたかったと思うか?
それとも現状と自身の行いを理解して居たのだと思うか?」
ポツリとエクサムへと話しかける。
いつもはお喋りな謎の声は、かなりの間を空けて、静かに返事を返した。
『分からない。
フランの質問に目をつぶったのを答えだと思いたいけれど、それは僕から見た都合のいい解釈だから。
魔力が切れていたのか、フランの言う通りに周りの状況を理解して絶望していたのか、それを自分が起こしたと気がついて終わりを願っていたのか…。
正確を知る術もない。
ただ、フランの行いは貴族として正しいと思うよ、僕は。
あのままだと死ぬ運命にはあったし、生き延びたとしてもコントロールの効かない味方殺しの能力を持っていたら危険極まりないから。
…でも少し考えてしまうね。
僕が彼の言葉を理解してあげられて、僕の言葉を伝えてあげられるなら別の方法もあっただろう。
僕らで育てながら危険ではない存在にしていくとかさ。
だけど、そんな都合の良い力なんてないから、こうするしかなかったと言われるとそうなんだけど、ね。
やるせ無いよ。』
そうだな。
やるせ無い。
それが適当な感情か。
いつかまた似た様な状況になるだろう。
その時に最善だと思う行動を取り続けるしかないのだ。
首に剣の傷のある子狼の死体を持ち上げる。
冬の寒さのせいか、もう身体は冷たく固い。
持ち上げた時に感じた重さが、自分の行動の結果だと思うと震える。
この子狼も、冷たい親に寄り添った時にそう感じたのかと考えると、あの悟った顔も納得がいく。
燃え盛る組み木の上へ、子狼をそっと投げる。
血が抜けるまで少し時間も掛かってしまったので、火が強く置いてやる事は出来なかった。
どさっと言う音と、その衝撃で火の粉が舞った。
冬の夜空には星が見え、それよりも強い火の粉の光が目を焼いて、涙が出そうになる。
『…ごめんね、フラン。』
「何がだ?」
『ん。君の身体を借りてでも…僕がやるべきだった。』
そんな事はない。
俺は領主の息子で、この地で起きる全ての事への責任がある。
『兄を名乗るなら、そうするべきだった。』
「はは、ありがとう。
しかし、俺にも必要な経験ではあっただろう。
非情な選択はこれからもある。」
『それでもさ。』
火を絶やさぬ様に木をくべる。
エクサムが見つけてくれた、季節外れの花を束ねて、火へと放り込んで祈った。
何にかは分からないが、とにかく安息を。
燃える火は町からも明るく見えるらしく、ラルゴとカラフが少し経った頃にやって来た。
後は火を絶やさないようにして、終わったら、シャベルで崩して土をかけるだけだ。
二人も思う所があるのか、交代してくれると言うのでそのまま任せる事にした。
帰り道、滅入る気持ちを身体の外へと押し出す様に深く息を吐き出す。
森から繋がる屋敷の裏手の泉で、ほんの少し休む事にした。
『ねえ、フラン。僕は甘かった。
守るってのは、強ければ、知識があれば何とかなると思っていた。
君の力になる為に、僕は君の身体を借りようと思う。
だけど、やっぱり怖いんだ。
未知の現象だから、なにがあるか分からないから。
だからルールを決めようと思う。
1日1度、3分まで。
その間、僕は君の身体を借りて力を振るう。
今回みたいに、やりたく無いことも変わってあげられる。』
誰もいない星空の下から、強い言葉が聞こえてくる。
「あぁ、助かるよ、エクサム。」
深く息を吐き出して、立ちあがろうとした時だ。
身体の中から、シャツの隙間から強い光が漏れる。
いや、違う。
光っているのは俺ではなく…。
「なんだ…!石が…!エクスが!」
首から下げた我が家に伝わる謎の石が、強く光っている。
慌ててシャツの中から引き出すが、熱くも冷たくもなく、ただ光っているだけだ。
ぼわり。
一瞬明滅し、光は消えた。
身体と顔をペタペタと触るが、変化は無さそうだ。
少なくとも色や形には何も。
「…驚いた…コイツ…魔石か魔道具の一種なのか?
…なあエクサム、これがなんだか分かるか?
曾祖父さんはなにを持ち帰って来たのか。
なぁ?エクサム。
…エクサム?
エクサム?」
お喋りな声の主からの返答は、無かった。




