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血の香り

あと数時間で年を越す。

屋敷の庭に出て日課の素振りを今日もサボらずやるつもりで外へと出ると、門の所に駆け込んでくる人が見えた。


俺はその親子を知っている。


「ラルゴ、カラフが怪我をしたのか?」


歩み寄る俺にエクサムからの声が届く。


『ぐるっと確認して来たけど、子供が怪我をしているよ。

すぐに治せば問題は無いと思う。』


父親はラルゴ。

我が家の兵士だ。

刈り上げた髪と、太い首、図体も大きく相応に強い。


その逞しい父にぐったりと抱かれた子はラルゴの子、カラフ。

たまにラルゴについて我が家へ剣を習いに来ることもあるので知っている。


…この様な姿で再開したくは無かったが。


「…ラルゴ?」


ラルゴは貴族に対する臣下の礼をとらずに話しかけるのを躊躇している様だ。

貴族へと庶民が一方的に何かを願う事は難しいのは分かるが、その様な場合ではないだろう。

父と立場のどちらを優先するかなど考えるまでもなく、だからこそここへ連れてきただろうに。


腹が立って来た。

頼れる関係性を築けて居なかった自分に。


俺は指先に魔法を集め、それをラルゴへと向ける。


『子供が苦しんでいるよ。早くしないと。』


エクサムへの返事をせずに魔力を纏った指をラルゴへと向ける。


「今すぐカラフを横たわらせろ!」


命令だ。

お互いその方が都合が良い。


カラフの背中にはざっくりと大きな切り傷があり、失血の体温低下が少しだけある程度で、これなら問題なく治せそうだ。


「…若様。すいません。」


「馬鹿が。謝られる理由がない。」


カラフの荒かった息は落ち着き、もう大丈夫そうだ。

意識も取り戻している様で、こちらをじっと見つめていた。


「それにしてもタイミングが良かった。

丁度俺が素振りに出る時間だったんだ。

ついてるな、カラフ。


明日は新年の富くじでも買ったらどうだ?

親父の生涯賃金など一発で越えるかもしれんぞ。


ははは。」


まだ身体は寒く、気持ちも悪いだろう。

それでも少し笑ってくれたのでこれで本当に一安心だろう。


「…ラルゴ、皆にも言っておけ。

身内の一大事にくだらん事を気にするなと。


いや、勿論俺も悪いな。


お前らの訓練に混じったりすると気を遣わせるだろうと考え、そうして来なかったが…こんな弊害があるとは。


すまなかったな。」


ラルゴはおずおずと臣下の礼を取る。

先程は子を抱えていた為に出来なかったが、話すならその方が落ち着くのだろう。


『そんな事よりも。』


トントンと剣を2度叩く。


そう、そんな事よりも怪我の原因だ。

ラルゴは強い。

そこらの森に普通に出る獣や魔物に遅れをとるとは考えにくい。


「ラルゴ、何があった。」


「は。」



その日ラルゴとカラフは森に出ていた。


年末なので殺生は厳禁で狩りは出来ないのだが、俺の剣振りの様に森の探索は日課でもあったし、年始の祝い料理に使うナッツを妻と母から頼まれて探しに来たのだとか。


冬場はそもそも獣が少なく、ナッツ類も秋頃に獣や人が採り尽くしてしまっている。

しかしカンツと呼ばれるナッツだけは成熟時期が冬、未成熟の実には毒があるというのもあり、この時期にも採れるのでそれ狙いであった。


秋に目を付けていた群生地へと雪の深くない道を選びながら進み、たどり着いた時間は昼前。


豊富に実るカンツは完熟した強い匂いを発している。

そのまま食べるにはキツい匂いだが、煎れば香ばしくなり美味しく食べられるだろう。


それを一つずつ摘んでいた時だった。


ガサ。


二人は動きを止めて武器に手をかけ振り返った。


「父さん…!」


左手を出し息子を止めるラルゴ。


臭いは風下もあり、カンツのキツい匂いに紛れて分からない。


この時、季節的にラルゴは獣を警戒していなかった。

一番まずいのはならず者の輩だと、そう考えていた。


ガサ。


もう一度草むらが動き、そこから飛び出して来たのは小さな白い小狼だった。


ふぅ、とため息を吐く。


大丈夫。


はぐれにしても何処かに親が居るにしても、こちらから手を出さなければ白狼はそこまで危険ではなく、飼い犬にしている人間もいる様な獣だ。


特に子連れは闘争を好まず逃げる傾向にあるし、現れた子狼はハッハッと人懐っこい顔をしている。


かわいいワンコに空気が緩む。


腰袋に入っていた干し肉でも分けてやろうかとラルゴは近付き、あることに気がついた。


子狼の腹部分が真っ赤に染まっていて、ポタポタと滴っていることに。

カンツに紛れて分からなかった、濃い血の匂いがする事に。


「おい、坊主、怪我でもしているのか?」


そう語りかけるが、子狼は元気そうだ。

獲物を食べた後なのかと、狼の後ろの茂みを覗き込むと、そこには横たわった狼が居る。


「…お前、親が…。」


ラルゴとカラフはその亡骸を埋葬しようと茂みを掻き分けて抜けると、そこは恐ろしいことになっていた。


死体、死体、死体、死体。


そこかしこに狼の死体が転がっていた。


何があったのか。

この数の白狼を皆殺しにする様な生物がこの辺りに出たのか。

警戒しながら死体を調べると、傷は獣に負わされた様な爪痕や牙の痕、食いちぎられた様に抉れている毛皮。

獣が大暴れしたかの様な姿であったが、不思議な事にそれ以外の傷が見当たらない。


これだけの数。

簡単に数えただけでも20頭はいそうな狼の大きな群れを、ただの獣が全て倒すなど考えにくい。


魔物だとしても魔法の形跡もなく、それに、この傷は…。


重なり合う様に倒れている狼の手を取り、下になっている狼の傷へ当てると、ピタリと幅が合う。


下の狼の口を開け上の狼の傷と見比べると、特徴的な犬歯の幅も合う。


「……信じられん…共食いだと…?」


…おかしい。


白狼は群れで過ごし、家族仲の良い社会性の生物として有名である。

喧嘩もあるかもしれないが、こんな風になるとは思えない。

仲の良い夫婦を白狼の番と例える慣用句もあるくらいなのに。


他の足跡を目を皿の様にして探すが、狼以外の物は自分と息子のしか見当たらない。


おかしい。


死体は若い個体も年老いた個体も、幼い個体も居る。


そう、おかしい。


何故あの子狼は無事なのか。


息子の足元で尻尾を振る白狼の子が、見た事のない化け物に感じる。


もしかして、コイツが…。


そう思い、剣を構えた所でラルゴの記憶は途切れているらしい。

気がついた時には辺りは暗くなりかけ、自分の右手には血の付いた剣が握られており、身体は冷え、倒れる息子の背には剣で付いたであろう傷があった。



『……そう…。それは…。』


話を聞いてなにか分かった様子のエクサムに向けて、剣の柄を引っ掻く。


『うん、多分、狼の子供が魔法に目覚めたか、隔世遺伝で魔物化したんだろうと思う。』


馬鹿な。

そんな恐ろしい魔法は聞いた事が無い。

そんなもの、そんな敵味方の区別が無くなってしまう魔法が存在したならば、戦争中に発動したならば、それだけで終わってしまうではないか。


『多分もう失われた魔法か、その子のオリジナルなんじゃないかな。

目覚めたばかりで自分の意思とは関係なくその魔法が発動してしまい、そうなったんだろうね。


危険だ、けど…。』


報告が終わったラルゴとカラフは共に難しい顔をしている。


ラルゴは対処の難しさを理解して。

カラフは親父の行動を思い出しているのだろうか。

急に斬りつけて来た、実の父の。


「カラフ。


ラルゴはお前が憎くて斬りつけた訳ではない。

ストランド家の書庫に古い魔法の記録があってな。

そこに敵味方の区別を無くす恐ろしい魔法の記述が残っているのだ。


ラルゴはおそらくそれにやられた。

怖かっただろうが、許してやれ。

推測だが、敵から守るという意志を悪用する類のもので、お前を大切に思う気持ちが裏目に出たのだろう。


ラルゴがここに飛び込んで来た時、お前を何より大切そうに抱えていたのがお前の父親の本当の姿だ。」


書庫にそんな本は無い、が、そういうものが有るという事にした方が、カラフの気持ちの整理はつけやすいだろう。


「…分かっています、フランセスク様。」


柔らかく笑うカラフの頭を撫でる。

ラルゴもまた、悲しそうな顔で俯いていた。


「いい子だ。


よし、お前達は帰れ。

俺が調査して来る。」


ラルゴは俯いていた顔をバッとあげ、驚いている。

弱い俺が向かうと聞いて不安もあるだろう。


「ラルゴ、俺は…まだ強くは無いが、相手も子狼だ。

まだ強い戦闘力を有してはいない。


そして何より、一人で行かなくてはいけない相手だというのは分かるな?

混乱させられる可能性が高いからだ。

自傷の心配はお前らの様子を見る限りなさそうだし、魔法も治癒も使える俺が行くのが適任だ。


任せろ。


俺を、フランセスク・ストランドを信じてくれ。」


ラルゴとカラフはもう一度臣下の礼をとり、心配そうに帰って行く。


それを見送った俺は自室に戻り装備を整える。


「すまないが、頼るぞ。」


『やっぱり?

でも放置したらかなり危険だし、ソロで戦うしか無いからね。

最善かは疑問はあるけど、最適ではあるだろうね。


だけど、やっぱり君の身体を借りるのはかなり不安なんだ。


君の、フランの言う通り相手は子供の狼だから、フランの実力だけで何とかなる可能性も高いと思う。


だからアドバイスはするし、索敵は任せてくれていいけど、アレは本当に危なく無いとやらないからね。』


「分かっている。」

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