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年越し

この国の年越しには定番の料理がある。

今を小麦を溶かしたお湯で練り揚げ焼いたもので、もちもちした食感のコロッケと言えば分かりやすいだろうか。


それをウサギの形に整えたものを食べる。


この日は肉食を控える家も多く、それもこの料理を食べる理由に繋がっているのだ。


兎餅と呼ばれるこの料理は神話が由来になっているのだかが、子供ながらに変な話だと感じよく覚えている。



昔々ある所に心優しい村人夫婦が居た。

ある日、魔物に襲われているウサギを山で助けた。

その騒ぎで辺りはもう暗くなってしまい、ウサギと一緒に山に泊まる事にし、火を囲んだ際に世間話をしたそうな。


夫婦は子供が出来ないのが悩みの種だった。

不思議な事に夢の中にの暗い影で覆われた黒い人が出て来て、夫婦の目の前でキラキラ光る玉を飲み込んで行くのだとか。


始めは不思議な夢だと思っていただけだったが、何度も何度も同じ夢を見るものだから、もしかしたら黒い人が飲み込んで居るのが我が子なのではと思う様になった。


そんな変な夢の話を何となくウサギにした所、こんな事を言い出した。


「私の命は貴方達に救われた。

私が夢の中の鬼を追い払ってあげましょう。」


そう言うウサギに感謝はしたものの、夫婦はそれをきっぱりと拒否した。


可哀想だから手助けしただけで、自分達のためにあんな恐ろしいモノに立ち向かって欲しくは無かったからだ。


そう言ったのだが、次の日から黒い人の夢を見る度に、そいつの周りを駆けるウサギも見かける様になった。


黒い人はウサギに興味を示さず、ウサギも説得したり、齧ってみたり、蹴ってみたりと色々やってはくれてはいるが効果は無く、黒い人は毎日ごくりと玉を飲む。


余談ではあるが、恩を返そうと奮闘するウサギの話だけのシリーズもあるのだが、それは後年後付けされたものらしいので割愛するとして、とにかくウサギは奮闘した。


が無駄であった。


しかしある日からウサギのやり方が変わった。

攻撃するのではなく光る玉に覆い被さり、自らを盾に守ろうとしだした。


黒い人はウサギをごくりと平らげてから光る玉を食べる様になった。


飲み込まれたウサギは不思議と次の日も普通に夢に現れて、またごくりと飲み込まれていく。


それを見た夫婦は毎度口の中でもがくウサギに耐えられず、山にウサギを探しに行く事にした。

説得して辞めさせようと思ったのだった。


山へ行くと、ウサギは草むらから顔だけを出してこう言った。


「身体を磨いたり、薬草で香りをつけたりしましたが私ではアレは満足しませんでした。


あの日、火を囲んだ時に分けてくれたお餅を分けては頂けませんか。

あんなに美味しいものは初めて食べたのです。


あれを食べさせたなら、光る玉を見逃してくれるかもしれません。」


請われた夫婦はウサギに沢山の餅を渡した。

黒い人に供えると考えたと言うよりは、請うウサギの手が余りにも痩せて見えたからだ。


それもそのはずで、夫婦からは隠していたが、ウサギの身体は黒い人に齧られて骨だけになっていたのだった。


ウサギは骨だけの手を器用に使い、骨だけの身体にペタペタとお餅を貼り付けていく。


沢山のお餅を使い、元のウサギの身体を形作っていく。


その夜、いつもの夢で、ウサギはいつもの様に齧られたが、その時になって黒い人は初めて口を開いた。


「ウサギよ、今日のお前は特別美味い。

もしもお前が大人しく食べられるのならば、1日だけこの玉を食わないでやろうではないか。」


ウサギはそれに頷いて、すっかり食べられてしまった。


それを夢で見ていた夫婦は、とても悲しい気持ちになった。

それから何度も山へウサギを探しに行ったが、それきりウサギが見つかる事は無かった。


それからしばらくしたある日、夫婦に子供が宿ったのが判明した。


その子こそが後の剣聖、宵斬ライコートである。


ライコートはそのお餅を好んで食べながら大きくなり、強く育ち、国を襲う大災厄である黒い人を討ち倒してウサギの仇を取ったのだった。


それもまた別典があるのだが割愛しようか。



英雄に箔をつけるにしてもこんな変な童話にしなくても。

幼い俺はそう思った。


とにかく、その話を元に、仁の心と強い身体と大願成就を願い、式典やこういう年末年始の祝い事によく食べられる様になったらしい。

それがなんたかんだと年を経る毎に文化が変化した結果、現在は年末の食べ物として皆に認識されているのだった。


宵斬の名前と年越しの噛み合わせが良さそうなのが理由だろうか。

確かに新年を新たに迎えるのに相応しい二つ名だ。


貴族用の兎餅も存在し、豪華絢爛、元の要素が一つもない様な物から、え?それ本物のウサギ?と見紛う様な芸術品まで様々である。


我が家は普通に芋に小麦を入れて、ハサミでちょんちょんと耳をつけたシンプルな物だが。


「と、まぁこんな逸話があるのだ。」


声、改めエクサムにそう語りかける。

何でこんな話になったんだったか。


『それに兎肉のスープにとろみをつけた物とかを合わせたら美味しそう。』


そんな悪魔の様な事を言うエクサムに説教をしようと思ったが、知らないのならば仕方ないと話をしたのだった。


「これで伝わったか?心優しいウサギを模っているのだから、それにウサギスープを掛けるなんて禁忌だ。」


『でも味気ないでしょ。』


それは確かにそうなのだが、これはこれで素朴な甘みを感じて俺は好きだ。

腹に溜まるしな。


『動物のものを使わなければ、調理はしていいんだよね。』


不味そう、味気なさそう、質素過ぎると言われ、美味しく食べている俺として腹が立った。


「ならばこれを美味く出来るのか?さほど金を掛けてはならんぞ。」


『うー…できらぁ!』


エクサムの言う通りに野菜のクズを煮込んで濾した茶色い汁に、ミルクと少しの油と小麦粉を加えて塩で味を整えた。


トロトロとした白いソースは、不気味だ。


『大丈夫だよ。多分どっかでは食べられてると思うし。

シンプルな料理だもん。』


そのソースを兎餅に絡めて食べる。

優しいミルクの甘味と、野菜クズからでた香りのせいか、とても美味しい。


「美味い。」


『えへへ。でしょう?欲を言うなら肉も入れたい所だったんだけど…あ、ミルクは使って良かったの?

一応動物の物だけど。』


肉や身体を使う調理が避けられているだけで、ミルクは問題ない。


『じゃあバターとチーズも入れたかったなぁ。

高級品じゃないなら、今からでも少し入れてみない?


3倍…いや、5倍は美味しくなるよ。』


やはりエクサムは悪魔か。

これよりも数倍上手くなると?


幸い我が領は乳牛が盛んなので高級品では無い。


チーズはどれ程入れれば良い。


そう問いかける寸前、厨房の入り口に人影が見えて、言葉をつぐんだ。


「料理をなさるなら、申し付けて下さればよろしいのに、若様。

それともこのリアンナリーゼの料理は飽きられましたか?若様。」


『ひっ…。』


笑うリアン。

彼女は何故だか手料理を振る舞いたがる。

家の料理人以外が作る事は珍しいが、その珍しい隙間で俺に飯を食わせたがる。

理由は分からん。

聞くと後悔しそうだから聞かないままでいる。


どうする。


どう答えるのが正解だ。


机をカリカリと引っ掻く。

これは新たに決めた、エクサムとの合図だ。


助けてくれ、または案を聞きたい。

そういうサインである。


『え、え、え、えっ…と…。

リアンちゃんが笑ってるって事は、怒ってる?

何で…?


あ、フランに手料理を振る舞いたいのに、勝手になんか作り始めたのが気に食わないのか。』


察しが良い。

エクサムはリアンと自分は同類だと言っていたので、通じるものがあるのだろう。


『なら簡単だ、フラン。

これは、リアンちゃんと母上様に振る舞う為に内緒で作っていたと言うんだ。


それならばフランの味見も必要。

研究の為さ、振る舞う料理の為のね。』


なるほど。


教会の時と同じ逃げ方だな?

不満を有耶無耶にしながら喜ばせて上書きするという、薄汚いやり口だが、ここはそれ以上の案は浮かばない。


「…見つかってしまったか。

リアン、お前にも隠しておきたかったのだがな…。


折角だからな。

家に3人しかいない珍しい環境なのだから、俺が母上とリアンに料理を振る舞って喜ばせたかったのだ。


サプライズでな!」


『行け!通れ!かわいい弟分のかわいいサプライズプレゼントだ!

小さな不満など消し飛んでしまえ!』


喉が渇く。

何故部下である臣下のリアンにこんなに緊張せねばならないのか。

だが女性が怒っているっぽい状況で平気な男などいるだろうか。


「…も〜片付けるのは誰だと思っているのですかっ。

でもお館様も喜ぶかとっ。

内緒にしておきますねっ。」


……誰だお前。

跳ね回る語尾に背筋が凍る。


しかし何かは上手く行ったらしいので、良しとしよう。

…まぁ、良しとすることにしよう。


母と幼馴染が嬉しそうに食べている姿はいいものだ。

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