屋敷にて
狩りから帰り着き、数日掛けて皮の処理を行った。
そのまま革屋へ持って行って依頼するのが普通の手順なのなが、この時期はどの工房も休んでいる。
それに自分で進められる分はやっておいた方が良い。
料金の面でも。
やる事はブブの実という人は食べることの出来ない渋い実を潰したジュースに漬けて置くだけだ。
とはいえここの処理には時間が掛かるので、暫くはこのまま。
それ以降の手順は素人が手を出すと取り返しが付かなくなる可能性もあるのでやめておく。
『植物なめしね。』
桶に入った茶色い水に、皮をざぶざぶ揉み込んでいると頭の左上から声がした。
「ん?それ以外の方法があるのか?」
俺が知る限りこのやり方が一般的で、どこの革屋も同じやり方だったはずだ。
秘伝の方法なんかもあるにはあるのだろうが、基本的にはブブの実を使う以外の方法は知らない。
『薬品で何かするんだっけかな、覚えてないや。』
前々から感じていた事だが、声は俺の知らない知識、それも変に半端に覚えている割に進んだ知識を有している節がある。
料理の際に助言したかと思えば、先の様に剣技に明るかったり、貴族用の手紙の書き方に詳しかったり、こういった工芸品の知識もあったりとその内容も幅が広い。
こういった会話の端々からこいつの正体を探ろうと考えた事もあるが、しっくりと来ない推理しか出来ない。
料理や知識は、庶民寄り。
勉学、教養は貴族寄り。
そしてあの剣技。
幼い頃は庶民で、後に剣技で成り上がり貴族となったと考えた。
それならば両立するからだ。
もしくは我が家の様な貧乏貴族で、色々と自分でやらなくてはいけなかったか。
そのような人物の幽霊なのではないかと。
しかし難しい。
あの鮮烈な剣技を持って成り上がったのであれば、文献に残っていてもおかしくは無いのだが、該当する人物は過去の勇者ぐらいなものだ。
それは無い。
『お兄ちゃんさぁ、フランの為に美味しいご飯のレシピ考えたからさぁ、作ってみて欲しいんだけどぉ。』
こんな言動をする奴が勇者の訳が無い。
それに、不思議なのは声が俺の身体を使った際の姿だ。
声が言うには俺に声の魔力を被せた結果、声の着ぐるみの様な状態になっていたらしい。
つまり姿形は生前…と言ってもいいのか分からないが、身体があった頃の声の姿なのだそうな。
勿論過去の勇者と見比べる事など不可能な話ではあるが、別人では無いかと言える。
声の奴の姿は俺に似ているように思う。
ならばご先祖様のいずれか、とも考えたが、それも矛盾する。
何故なら父方のストランド家は古い家系では無く、曽祖父の代に功績を挙げて騎士となり、親父の代に戦があり男爵となった新興貴族だった。
そこに嫁ぐ家、母方も同じような境遇で、ご先祖様に教養など必要なかったのだ。
俺に似ている。
貴族に必要な知識と教養もあるが、庶民的でもある。
これらを無理なく繋げれられる推理が出来ていない。
「声は男なのか?」
意を決して質問したこともある。
まずは軽く性別の話だ。
これなら隠す必要もあるまい。
『お兄ちゃんなんだから男なんじゃない?
でも身体がないと何をもって男女を分けるか分からないよ、僕は。』
…それは…そうなのか?
確かに何を持って男女を分けるのかなど考えた事は無かった。
いや、声の声質は完全に男だとは思う。
低いがよく響きそうないい声質だ。
「声は…何歳ぐらいなのだ。」
ならば年齢だ。
これも答えやすい方だろう。
『もー!年齢を聞いてくるなんて失礼しちゃう!
…何歳くらいに見える?』
あぁ、女性に年齢を尋ねるのは失礼だったか。
いや、男だと言ったでは無いか。
ふざけているのか?
…ふざけているのだろうな。
「年齢など分かるか。
姿形が見えないのだぞ。
しかし、成人はしている感じだな。
声変わりの後で間違いなさそうだ。
33歳ぐらいか?」
これは親父の年齢でもある。
もしかしたらこいつは親父なのではと疑う気持ちもあるのだ。
居なくなった親父はもう死んでいて、こうやって霊となって助けてくれているのではないかと。
『歳が離れすぎでしょ!お兄ちゃんだって言ってるのに!
その19歳差の兄弟もいるかもしれないけどさぁ。』
まだ言ってる。
こんな親父は嫌だな、俺も。
そもそもなぜ兄だとそんなに押し付けて来るのか。
「兄ではないだろ。」
俺は一人っ子で、上の兄弟に事故があって亡くなったという記録はない。
貧しくても貴族なので些細な記録も残っているのだ。
親父のように失踪だとしても、失踪していると貴族簿に明記されているのであり得ない。
『ふーんだ。明日の剣術はやめて、領地財政のまとめ方の授業にしよっかなー。』
兄という立場をなんだと思っているのか、ただの生まれた順番だろう、兄とは。
俺より前には確実に子は居ない。
何故それだけは頑なに認めないのだ。
財政帳簿の付け方などは覚えた方がいいに決まっているが…俺は数字を見ると咳とか、熱とか、出る病気を持っているはず。
たしか、医者がそう言っていた気がしないでもないので、剣が良い。
…背に腹は変えられん。
「……あ、あ、兄上、俺は剣術が学びたい、なー…。」
恥ずかしい。
『…兄上…。』
ダメか。
これでもかなり譲歩して頑張って口に出したのに。
お兄ちゃんと呼ぶのはちょっとな。
舌を噛んだ方がマシではあるし。
『んふふふふふふ。
仕方ないなぁフランは!剣が好きなんだっからぁ!』
…何かは確実に無くなったが、それと交換するように明日の勉学も無くなった。
貴族とは、利益のためなら口から真実を話すだけではいけない。
そう、俺は、貴族として…。
いや、無理か。
そういう考えは良くない。
良くない考えの下での行動は良くない結果を招く。
翌日はあまりない程の猛吹雪の為、剣の練習は不可能だったので、結局剣の鍛錬は出来なかった。
仕方なく帳簿の勉強を始めようとしたが、部屋の汚さが気になり掃除を…。
『勉強してから掃除にしなさい。』
せずに、机に向かう。
幸い熱も咳も今回は運良く出なかったが、そのせいで次はより重い病気になる可能性が高まったと言える。
ひと段落した頃リアンがお茶を持って来てくれ、それを見た声が、ここまでにしようかと言ってくれた。
『その机の絵、お父さん?』
俺の机には家族の絵が飾ってある。
左から俺、母、父の順で並び、柔らかく笑う両親とは対照的に俺の顔は固い。
この時は…そうだ。
動かないでくださいね、と言われたのをそのまま間に受けて緊張していたんだったか。
画家も気を遣ってそっちで笑顔にしてくれればいいものの。
『フランと同じペンダントをしているね、暗い色の。』
それを聞いて俺は服の中からペンダントトップを引っ張り出す。
人差し指の先ぐらいの大きさの紫色の石が白銀の歯にハマっていて、それを細い鎖で肌身離さず首から下げているのだ。
親父が居なくなった後、これだけが玄関の所に落ちていたのが見つかった。
母が持っているべきだと思ったが、俺が持っていた方がいいと付けさせてくれた。
歴代、と言っても曽祖父からだが当主が持っている綺麗な石だ。
「似ているのではなく、同じ物だ。
代々伝わる物でな、曽祖父が穴と呼ばれるダンジョンを制した時に発見したらしい。
その功績で我が家は貴族となったのだが、まぁ、ダンジョンに潜る様な輩だ。
全てを供出せずに、ちょろまかした財宝の内の一つだそうな。」
やるねぇ、と楽しそうに声が答える。
ダンジョンの制覇を褒めたのか、王家を謀ったのを褒めたのか分からないが、少し嬉しい。
俺が剣の強さを求める一因もその曾祖父さんが由来となっているからだ。
剣一本で成り上がるのは男の浪漫だ。
『ダンジョンの財宝なら、何か特殊な魔法とかもありそうだけど…どうなの?』
謂れはあるが眉唾だ。
「…声、お前と似た様なもんだ。」
『ん?』
「持ち主を守る石なんだとか。」
しかしそれは信じられない。
何故ならこれを持っていた親父は行方不明なのだから。
『じゃあ僕の仲間だね。
名前は?その石の。』
「知るか。
盗品だから無いんじゃないか?」
『名無しか、それも僕と一緒だ。』
声は名前が無いらしい。
前にも一度聞いたが、分からないんだとか。
サムだかジョンQだかスミスだか、そんな風に呼んでもいいと言われたがしっくり来ないので、そう呼んだ事はない。
「ならこの石もサムか?」
『いやこれは…そうだなぁ…。
こんな物体Xにそんな人命をつけるのはちょっと…。』
「エクスか。いい名前じゃないか。」
エクス。
ふむ。
名付けると不思議とより大切にしようと思えるな。
「ならば声、お前はエクサムか。
よく分からない物に付けるのだろう?エクスと。
エクスサムは言いにくいからな。」
『んん…ちょっと違うんだけど…まぁいいか。
カッコいい響きだし。
僕はエクサム。
そんでその石はエクス。
共々よろしくね。』
心なしかエクサムの声は弾んでいた。
兄と呼ばれたい者が弟としたい者に名付けられるなんて、不思議な話だ。




