後始末
俺もリアンも魔法で怪我は癒えたとて、体力は戻っていない。
このまま馬の死体を残していくと獣に齧られる可能性もあるが、ここで重い身体でモタモタ解体して、肉食獣に襲われたなら目も当てられない。
相手がこちらに向かってくる場合、声の警戒も意味をなさないしな。
命の方が大切に決まっている。
変な形の岩山の下の狩り拠点へと戻った俺たちはそのまま火を焚いただけで眠ってしまった。
屋根代わりはあるものの心許ない環境で、普段であればそうしない場所ではあるものの、係留していた馬に乗って狩り小屋まで戻るのすら難しかった。
『僕が見ているから休んだ方がいいよ。』
声にそう言われたのもある。
体力が無さすぎて、逆に寝付くのに少し時間が掛かった。
その瞑った瞼に映るのは、俺と代わって戦っていた声の剣技の美しさだった。
仕組みは分からないが、俺の身体を使って戦っていたと考えて良いだろう。
普段声が見ているだろう景色を俺が見ていたのだから、入れ替わったと考えるのが自然だ。
しかし俺の身体では無かったと思う。
180センチを超える体躯。
髪の色は身近な所で言えば母上に近い金色。
同じなのは肌の色ぐらいなものか。
「声よ、あれは何だったのだ。
俺と貴様は大きく違うが、あれは俺の身体なのだろう?」
俺はリアンの寝息が聞こえて来たのを確認して、小声で声へと話しかけた。
余りにも理解の外で、考えると怖くなったのを少しでも解決してから眠りたかった。
『んー…推測でいいかな?』
「勿論だ。」
『全然分からないけど、愛だと思うぅ!
僕のフランへの愛の力が、フランの命の危機に爆発して、勇気合体して、青春スイッチオンになったんじゃ無いかな!』
「俺は真面目に聞いている。」
『ごめん、本当に分からないんだ。
君の身体を借りたのは分かる。
僕がそれを動かしていたのも。
だけどそれが何故そうなったかは分からないんだ。
僕は本気で君を助けようと思って、僕の魔力を君に全力で送り込んだだけなんだよ。
そうしたらあんな風になった。
それだけしか分からないのさ。
逆に聞きたいね、君はどんな感じだったの?』
「俺は死んだと思った。
よく聞くだろう?死んだら自分の身体を見下ろす様に浮かぶと。
そんな感じだ。
気がついたらそうなっていて、それからはリアンの容体と貴様の剣技ばかり気にしていた。
だから感覚的な事はよく覚えていないのだ。
諦めていたのでな。
自分はもう死んでしまったと。」
あの時の事を思い返しても、その二つしか浮かばない。
死にかけのリアンと、凄腕の剣士だけ。
しかし声を聞いてそれが声の奴だと分かった。
そう言えば馬にも同情していた。
技量と剣士としての覚悟のバランスがチグハグに感じたのを覚えている。
そして、自分は治癒魔法を使えないから、俺に身体を返すと…。
「そうだ、おかしいぞ。
貴様は言ったではないか。
危なかったから君の身体を借りたと。
どうしてそんな言い方をしたのだ。
それではまるで能動的にそう出来ると分かってやった様ではないか。」
『ん?あぁ、状況的に僕がフランの身体を操っていると理解しながら戦っていたからそう言っただけさ。
そう推理したことを細かく説明していなかったのは、リアン君が瀕死の重症だったからだね。
早く癒す必要があったもの。
でも漠然と早く身体を返すべきだとも思ったね。
もしかしたら危ない事をしているんじゃないかって。
身体と魂が別々ってのはいい訳ないじゃん?』
少し釈然としない。
推理ではなく理解していたと考えた方がすんなり話が分かるのに。
危険を分かった上で、それでも俺を助ける為に無理をした。
そう考えた方が会話の辻褄は合う。
「…声、声がどう考えたのか、それは分からないが…。
ありがとう。
命の恩人だ。
俺にとっても、リアンにとっても。
リアンは知る事はないが、それでも俺が二人分の恩を返していく。
次期当主で、リアンの主人であるからな。」
『良いんだよ。ほら、僕は始めに言ったろ?
君を助けに来たってさ。
あれは本当なんだよ。
僕は、君を、フランを助ける為にやって来たんだ。』
それでも感謝の気持ちは変わらないな。
例え天使だろうが悪魔だろうが、助けられたなら御礼をする。
誇り高い当主になるのだから。
御礼もしたいところなのだが、声が何を望んでいるのかは分からない。
身体がないのだから、金銭を渡しても使えないだろう。
「…何かして欲しい事はあるか?」
本人に問うのは野暮ではあるが、素直に尋ねた方がいい場合もある。
『え?最初から言ってんじゃん。
お兄ちゃんって呼んで欲しいって。』
今回はその場合に当てはまらなかったパターンではあったが。
◆
翌朝リアンと二人で角馬との戦闘があった場所へと戻る。
二頭の馬の死骸は昨日のまま転がっているが、両方とも腹の所が食い破られていた。
野生の肉食獣が食べて行ったのだろう。
ここでお腹が膨れて満足したのか、これらを倒した存在を警戒して急いだのかは分からないが、そこ以外の場所に傷は無さそうだ。
装飾用としては使い物にならないが、革製品の素材としては価値の高い尻から肩にかけての部分は無傷なので、カバンなんかに加工してから渡さなくてはいけないだろうか。
「若様、見てくださいこの傷…。」
「うむ。残念だが放置していた俺達が悪いからな。
腹部分は諦めねば。」
「いえ、そちらでは無く首の切断面が…。
素晴らしい。
どの様な技量があればこの様な厚い肉を持つ暴れ馬の首をまっすぐに切り落とせるのか…。」
『ありがと〜。』
おっと。
俺は昨日見ていたので注目していなかったが、確かにリアンからしたら不思議に見えるだろう。
「…俺は戦う剣士を見たが素晴らしい技量だった。」
『ありがと〜。』
お世辞では無く本当にそう思う。
世の中で強者と呼ばれる何人かの剣技を見学する機会があった。
王の剣、ガーナンド伯が学校へ披露しに来た際には興奮したものだ。
しかしそれら強者達よりも、声の方が強いのではないかと感じた。
俺が理解出来ない部分も多々あり、正確に測れる距離にはいないが、とにかくそう感じたのだ。
「是非拝見させて頂きたかったですし…いつか礼が出来ると良いですね。」
昨日受けた傷のせいか、悔やむ所があるのが、それとも助けられて不義理をしたのが原因なのか、リアンの表情は固い。
「姿も美麗な男前だったぞ。金髪の。
リアンもまだ独身なのだからな。
連れ添いを作るなら、あのぐらい腕の立つ殿方にしてくれると俺も安心出来る。」
『え?』
「やめて下さい若様。
私の好みは可愛い系です。」
「ははは。そうか、ははは。」
和ませようと言った冗談は、呆れた顔をされただけであったが、場は和らいだ。
「……若様にも御礼を。
傷を治してくれたのは若様の魔法でございます。」
「リアンには世話になっているから不要だ。
それにもう礼は頂いた。
治療で必要だったとはいえ、乙女の唇を奪ったのだ。
許せよ、リアン。」
『…乙女?お、お、乙女?
あ、女性の方でいらっしゃいましてございましたか。
はえー…!』
声が失礼な驚きをしている。
リアン、いや、リアンナリーゼは護衛も兼ねているので、髪を短めにしているだけで女だ。
ちょっと目つきはキツいがな。
「若様、謝罪は要りませんよ。
それに…。」
「それに?」
「…いえ?」
リアンはそれきり作業へ向き直り続きを話す事は無かった。
俺の耳にはナイフで皮を剥ぐ音と、声が困惑している音しか聞こえてこない。
声よ。
女性の性別を間違えるのは失礼である。
聞こえなくとも謝っておけよ。
こういうのは肝心であるぞ。




