冬至
秋に蓄えた食材を使って、食料の少ない冬の中でも一番深い冬の日にわざわざ豪勢な食事を楽しむ。
蒸された色とりどりの野菜、こんがりと焼けた七面鳥が一羽。
家の中にある一番高価なグラスの横にはミードが満杯に注がれているビンが用意されていて、暖炉の火に当たりキラキラと光っている。
今日は冬至祭。
こんなに食材が少ない冬になんて、非常に不合理なことだが、国全体が家族と食事を楽しむ幸せを噛み締める。
そうして次の春にまた働く為の心の糧にする。
そんな日だ。
我が家も普段と比べてかなり豪勢な食事だ。
が、それは庶民としてならばの話で、我が家は貴族、男爵家である。
普通の貴族であればワインも置いてある事だろうし、ミートパイやトマトにチーズのかかった焼き物、ブドウにオリーブとペッパーをかけたデザートなんかもあるかもしれない。
「さ、頂きましょうか、フラン。」
母も寂しげに感じているのだろうが、熱心な食前の祈りの表情に陰は差してはいなかった。
「美味しそうだ。母上、俺が切り分けましょう。」
「息子にそうして貰えるのは嬉しいけれど、母も母らしくしたいのよ。貴方の分は私が切って差し上げましょう。」
慣例通りに従者も家に帰しており、外では雪が音を吸ってしまうのも相まって二人きりの食卓はとても静かに感じる。
お互いにターキーを切り分け合い、お互いのグラスにミードを注ぐ。
これこそが冬至祭という光景だろう。
父が居た頃をよく知らないが、人が一人増えて食卓が豪華だったのならば、もう少し賑やかだったのだろうか。
その頃俺はまだ5歳になったばかりだったのであまり覚えてはいない。
「フラン、今年の秋には15歳になりますね。
来年の15歳の誕生日には家督を継げるけれど、どうしますか。
男当主の方が何かと都合はよろしいでしょう。」
男の方が何かと都合がいい。
父が失踪してからも滞りない様に領地を運営をしてきた母の言葉だ、身に染みているのだろう。
女が当主だというだけで舐めて掛かってくる奴らなど当たり前の様に存在するし、女の下で働きたくないという男もいる。
俺が形だけでも当主に立ち、力を見せつけることが出来れば、無闇に食い物にしようとしてくる輩は減ることだろう。
それが出来れば、の話だが。
「僕…いや、俺が勇猛な戦士であれば歳若くても問題なかったのに。俺は…。」
「母は貴方の優しい力を誇らしく思っていますよ。」
貴族の貴族たる所以は力と名声だろう。
そのどちらもが我が家には欠けている。
名声は父が急にいなくなった際に地に落ちた。
理由もなく失踪する、国の守りたる貴族家の当主など軽蔑されて然るべきだ。
力は財力、腕力、知力、ざっくり言えば力と名の付くもの全般で、知力以外の全ては他貴族に劣っていると言わざるを得ない。
母が知力の部分を担い、父の失踪後を狙ってついばみにきたハゲタカから家と身を守った。
代わりに方々へと財産を吐き出した結果が今の我が家の食卓である。
その時期に得もないはずなのに義理で残ってくれた、従者や使用人の待遇はほぼ落とさずにやって行けているのは母の手腕であろう。
凄いことだ。
あぁ、そういえば他家に劣らないどころか、勝っているものがあったな。
母は美人だ。
いや、息子目線では何も分からないが、どうやらそうらしい。
「女には女の戦い方がありますよ。」
いつかそう言っていた。
とにかく当主代行としての母は優秀ではあるが、女手には限界があるし、代行は代行なのだ。
継いで領地を安定させるのが俺の義務。
しかし、神は俺に力を与えることはなかった。
「母上、手を出してください。」
「あら、バレていましたか。
母に魔法を使わなくても、こんなもの忘れた頃には無くなっています。」
使用人を帰して、自ら慣れない料理を作った勲章が手に残っていた。
深くはないが傷は傷だ。
女性の手に傷など無い方が良い。
魔力を練ると、指先がほわりと白と青と黄色が混ざった様な色に光る。
それが徐々に凝縮していってとろりした液体状に変わり、ゆっくりと傷口に落ちていく。
すると白い手に走った赤い傷跡は初めからなかったかの様に消えていった。
「相変わらず優しい、素晴らしい力ですね。」
治癒は珍しい方ではある。
生まれた家によっては喜ばれる方が多いだろうとも思う。
しかし俺は、戦える力が欲しかった。
治癒ではなく、戦って母や領民を守れる資質が欲しかった。
「ごめん…母さん。」
「先程も言いましたよ。私は貴方が癒しの力を得た事を誇りに思っています。傷を治してくれてありがとう、フラン。」
「ん。」
「冬至祭の時ぐらいはいつもの日課、休んでも良いのでは。」
「いえ、母上。そうはいきません。」
「ならば片付けは母がやります。さ、今日は一年で一番寒い日ですよ。気をつけて励みなさい。」
庭の空を見上げると、月は丸いが遠く、雪がしんしんと降る。
冬至の夜は寒い。
手は強張り、踏ん張りの効かない足元はぬかるんで不安定だ。
何の音も聞こえない屋敷の庭にいると、世界に独りきりになった気分になる。
それでも俺は剣を振る。いつもと同じ様に。
癒しの力だけを与えられたとしても、戦えない理由にはならない。
多少は身体を強くする魔法も使える。
剣の型は幼い頃父から教わったものをベースに、領兵に手解きを受けながら身につけた。
身体強化に特化した彼らに向けた剣術なので、ひ弱な俺の身体はすぐに悲鳴を上げる。
問題ない。
体が悲鳴を上げても腕がちぎれても俺は治せる。
質が低いのならば数で補ってやる。
強くなるのだ。
どのくらい振り続けただろうか、握り手の痛みに集中が切れてふと空を見上げると、冬で遠いはずの満月が手を伸ばせば届きそうな程近くにある様に感じた。
その白さに圧倒され、息を呑む。
しばらくして我に返りゆっくり息を吐くと、辺り一面が真っ白になっていた。
雪の白さではなく、ただただ真っ白に。
どこまで続いているのか、境目も見えないほどの白。
『強くなりたいの?』
どこからとも無く聞こえる声が、更に現実感を無くす。
「……誰だ。」
『こんばんは。』
紳士的な、落ち着いた男の声だ。
「……あぁ、こんばんは。」
『ね、強くなりたいの?』
「……ああ、そうだ。」
『僕は君の助けになりに来たんだ。
イロイロと教えてあげられるから、きっと強くなれると思うよ。
その代わり…さ。』
得体の知れない声。
声だけでは判断する事は出来ないが、成人済みの男性だろうか。
目線の動きで辺りをうかがうが、変わらず真っ白なままの世界は遮蔽物もなく、そこに何者かの姿は見当たらない。
空間の震える程の静謐さに、「声」の説得力が増す。
本当に強くなれるのかもしれない。
神聖な空間であろうここの主が、この声の正体ならば悪い者ではないのかもしれない。
神か悪魔か。
分からない、俺には。
だが。
だが。
「……代わりに…なんだ。」
代償を要求する様な奴にまともなものなどいない。
お断りだ。
俺には力が要る。
しかしそれは、母や、領民を守る為の力だ。
居なくなった父をいつか探す為の…力だ。
何を要求されても突っぱねろ。
俺が欲しい力は、自分で努力して掴み取るしかない事なんて分かっていたことだろうが。
『代わりに、ね、フラン。』
「なんだ。いいか、神か悪魔か知らないが、俺は俺の守る者を守る為には代償を支払う覚悟はある。
だがな、努力や鍛錬という代償に支払ってしまっていてな、俺自身はすっからかんなんだよ。
それでも何か奪おうというのなら、俺は…!」
『あのさ、強くしてあげる代わりにさ、僕の事、あの、お、お、お、お、おお、お兄ちゃんって呼んでくれないかな。』
「……………………は?」
礼節を弁えて生きるべきだ、貴族なら。
貧しくても胸を張り、正々堂々としていなさい。
母の教えは俺の中にある。
それは岩に刺さった勇者の剣の様に抜ける事はないだろう。
人を悪く言わない。汚い言葉を使わない。
自身にに根付いたその事こそが、貧しいながらも俺を貴族とする指針になっている。
人はそれぞれで、だからこそ尊い。
「めちゃくちゃ気持ち悪い奴だな、お前。」
いや、つまり、その、すまない。
悪く言うつもりなど…つい口から…すまない。
でもちょっとな。




