第2話 「正体は隠しきれない」
王都を離れ、数日が経った。
街道を外れ、森を抜け、川沿いの獣道を進む。
地図にも載らないような場所に、小さな村があった。
「ここが――《レスト村》か」
魔物の被害で旅人が寄りつかなくなった、限界集落のような村。
だが、レイにはちょうど良かった。
(ここなら……誰にも知られず、静かに暮らせるかもしれない)
宿もなければ、店もない。あるのは畑と井戸と、数軒の古びた家。
レイが訪れた瞬間、村の人々は警戒するように視線を向けてきた。
「旅の者か?」
「……ああ。泊まるつもりはない。少し働かせてもらえれば、食事だけでも――」
言い終わる前に、老爺がレイを見上げた。
その目は、どこか怯えているようでもあった。
「ここは……危ねぇぞ、坊主。最近、森から魔物が出るようになってな」
「魔物?」
「おうよ。昨日も村の子が襲われかけた。もう、逃げるしかねぇのかって話してたところだ」
レイは視線を森へ向けた。
濃い瘴気――小型の魔物ではない。
中型以上の、統率された群れ。下手をすれば、集落が滅ぼされる。
(……まさか、魔族の残党が動いてる?)
「……わかった。俺が見てくる」
「な、なに言ってるんだ!? お前、ただの旅人だろ! そんな危険なこと――」
「大丈夫だ。……俺、魔法が少し使えるから」
レイはそう言って、村を後にする。
その背中を、村人たちはただ茫然と見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
森の奥――。
そこには、異様な光景が広がっていた。
無数の魔物。狼のような体に、黒い鎧を纏った魔獣。
その群れの中心に、明らかに知性ある個体――指揮を取る“中級魔族”が立っていた。
「このまま村を襲う気か……?」
木陰から様子を伺っていたレイは、静かに息を吐く。
(……試してみるか、力の制御)
彼はそっと、右手を上げた。
「――《空間固定》」
空間が凍った。
文字通り、時間と空気が“動かなくなる”感覚。
魔物たちは気づくことすらなく、身動きを封じられる。
「《雷穿槍》……撃て」
――ズドン!
天から雷の槍が降り注ぎ、魔族を中心に爆裂する。
地響きとともに、魔物たちは次々と焼き尽くされていった。
……十秒も経たずして、森は静まり返った。
◇ ◇ ◇
その数時間後。
レイが村に戻ると、子どもたちが歓声を上げながら駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、魔物、いなくなったよ!」
「森から、変な声がして、黒い煙が上がってた!」
「お前……まさか、一人でやったのか?」
村長が呆然と立ち尽くす。
レイは肩をすくめるように笑った。
「……ああ、少しだけ魔法が使えるって言っただろ?」
その日から、村では「謎の魔導士が現れた」と噂されるようになった。
だが、彼の真の力――“最終魔導士”としての本性は、まだ誰も知らない。
ただひとつ、明らかなのは。
この男を追放したギルドと、かつての仲間たちは、
自ら手放した“世界最強”の存在を、いずれ知ることになるということだ。