入学式
ソウタは群衆の流れに従って、明るい石柱が並ぶ広い通路を進んだ。やがて、巨大な中庭へと辿り着いた。空は晴れ渡り、太陽は心地よい温もりをもって敷地全体を照らしていた。周囲には手入れの行き届いた木々、中央には装飾の施された噴水があった。
すでに数十人——いや、百人近い生徒たちが集まっていた。表情に不安や興奮を浮かべる者もいれば、すでに落ち着いて自信に満ちた態度を取っている者もいた。どうやら、既にこの儀式を経験している生徒たちも混ざっているようだった。
噴水の前には、濃い色の木材で作られた演台があり、ソウタには意味が分からない文様が彫り込まれていた。その傍には堂々とした佇まいの年配の男性が立っており、金の縁取りがある長いマントを纏い、落ち着いた表情を浮かべていた。その隣には、腕を組んで厳しい表情のやや若い男性がいた。彼らは間違いなく、この学園の学園長と副学園長だった。
生徒たちのざわめきが静まる中、学園長が一歩前に出て、手を上げた。
学園長:エリンドール祓魔学園へようこそ。今日から皆さんの旅が始まります。それは、規律、勇気、そして心を必要とする道です。この学園では、結界の扱い方を学ぶだけでなく、それを使う責任の重さも学んでいくことになります。
ソウタは最初の数分こそ耳を傾けていたが、やがて意識が散り始めた。演説の内容よりも、周囲の顔ぶれに目が移っていた。
高い者、低い者、豪華な服を着ている者、質素な服の者、奇妙な装飾を身につけた者、武器を持っている者。型にはまらない雰囲気の者も多く、それぞれに個性があった。
ソウタ:(この人たちが……これからの仲間になるのか。)
演説は続いていた。学園長の声は落ち着いており、一つ一つの言葉に重みがあった。だがその語調がふと変わった。
学園長:今年は特別な生徒たちを迎えています。彼らは国家を代表するような人物からの推薦を受け、この場に立っているのです。
ソウタの注意は薄れていたが、その言葉にはわずかに反応した。顔をスキャンするように見渡しながら、「自分より強そうなやつ、いるかな…」などと考えていた。
学園長:その一人として、ヴァン・オーレンハルト家からの推薦を受けたソウタ・ヴァン・オーレンハルトを紹介します。
ソウタ:(……えっ?)
体が凍りつくように止まり、瞬きをした。演台に目を向けると、学園長がまっすぐにこちらを見ていた。その視線には迷いがなかった。
学園長:彼は、エドガー・ヴァン・オーレンハルト男爵直々の推薦を受けた者です。
ソウタの目が見開かれる。
ソウタ:(な、なんで!?なんで俺だけこんな目立つの!?目立たずに済むと思ってたのにぃ〜!!)
震える足を一歩一歩前に運びながら、ソウタは指示された通り前列へと進んだ。
その間、生徒たちの間にはざわざわとしたささやきが広がっていた。聞き取れないほどの低い声や笑い声、驚きの声が飛び交っていたが、緊張のせいでソウタにはほとんど聞き取れなかった。まるで水の中にいるように音がぼやけていた。
前に出て、推薦組の列に並ぶと、ソウタは姿勢を正そうとしたが、緊張で落ち着かない。
そのすぐ隣には、穏やかで静かな目をした少女が立っていた。彼女の腕の中には、小さな白い狐が抱かれていた。その狐の耳、足先、そしてふわふわとした尾の先端は、柔らかな橙色に染まっており、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
ソウタはチラリと彼女とその狐に目をやったが、狐のほうも彼をじっと見つめてきた。その小さな頭を傾げながら、まるで心を覗き込むかのような視線だった。
学園長が静かに一歩退き、演台を譲る。
学園長:続いて、王国直属の祓魔師、カエン・イツキ殿よりご挨拶をいただきます。
その名前が告げられると、場の空気が一変した。生徒たちの間に緊張と興奮の混じったざわめきが広がる。
群衆の中を、堂々たる姿の青年がゆっくりと歩いてくる。赤く少し乱れた髪、金の装飾が施された黒い制服、マントはなく、背筋は真っ直ぐだった。その身長は約188センチ。歩くたびにその存在感が周囲の空気を支配していく。
通りすがるたびに、生徒たちは息を飲み、女の子たちは顔を赤らめた。
「写真よりずっとかっこいい…!」
「目が…光ってる…」
「S級呪詛をひとりで退けたって本当なのか…」
「いつかあんな風になりたい!」
すべてが賞賛と尊敬の声だった。
ソウタは息をするのも忘れて、彼を見つめていた。見たところ、自分より少し年上……22、3歳ほどだろうか。なのに、圧倒的な存在感があった。
(この人が……本物の祓魔師……)
カエンは演台に立ち、群衆を一瞥し、静かに口を開いた。
カエン・イツキ:数年前、僕もこの場に立っていた。今の皆と同じく、不安と期待で胸がいっぱいだった。すべてが大きく見え、未来が果てしなく遠く感じたのを覚えている。
カエン・イツキ:だけど一歩ずつ、失敗しながらも、少しずつ前に進むことで、気づけばずっと遠くに来ていた。ここは結界を学ぶだけの場所じゃない。自分自身と向き合う場所でもある。
カエン・イツキ:君たちは今、大切な一歩を踏み出したところだ。試験で入った者、推薦を受けた者、そして君たち推薦組——その責任は軽くない。信じてくれた人の期待に応えるために、誇りを持って進んでほしい。
カエン・イツキ:——頑張ってくれ。この世界の未来は、もしかしたら……君たちの中の誰かに託されるのかもしれない。
カエンの言葉が静かに締めくくられ、彼が壇上を降りると、再び学園長と副学園長が前に出て、いくつかの説明を行った。
その後、生徒たちは次々と散り、各自の教室へと向かっていった。
推薦組の生徒たちには、職員が封筒を手渡していた。ソウタもその一つを受け取り、封を切った。
ソウタ:「A-1クラス……?」
新入生たちは三つのクラスに分けられていた。A、B、そしてC。Aクラスは、特に才能がある者や推薦組が集まるとされている。ソウタはその中に入れられたことに、光栄よりもさらに強いプレッシャーを感じていた。
彼は案内板に従い、白い石造りの廊下を進んでいった。
やがて、「A-1」と書かれた木のプレートが掲げられた重厚な扉の前にたどり着く。
その扉の前には、見覚えのある少女の姿があった。あの白い狐を抱えていた少女だった。
二人の目が一瞬合う。
彼女は何も言わず、静かに彼を見上げて、上から下までじっくりと視線を滑らせた。その仕草にはどこか無言の評価のようなものが込められていた。
そのまま彼女は扉のノブを回し、すっと教室の中へ入っていく。
あとに続いた白い狐も、ふわふわの尾を揺らしながら優雅に歩き去った。
ソウタは一瞬だけその場に立ち尽くし、深呼吸してから、後を追って教室へと足を踏み入れた。
A-1教室の内部は、ソウタの想像よりもずっと広々としていた。
高い天井には太い木の梁が通っており、壁には本棚と巻物がずらりと並んでいた。大きな窓からは自然光が差し込み、室内を優しく照らしていた。
机と椅子は重厚な木で作られており、それぞれ適度な間隔を保って配置されている。教室の奥には、魔法のルーンがぼんやりと光を放つ大きな黒板があり、その前には教師用の演壇が設置されていた。
すでに数人の生徒が席に着いており、他の新入生たちも次々に入ってきていた。室内には緊張と期待が入り混じったざわめきが広がっていた。
ソウタは空いている席を探して視線を巡らせた。
教室の一番後ろ、窓際にいくつか空席があった。その一つには、がっしりした体格の少年が座っていて、ソウタが近づくと、軽く手を振って挨拶してきた。
???:「お前、ヴァン・オーレンハルト家の推薦のやつだろ?」
ソウタは少し戸惑いながらうなずいた。
ソウタ:「えっと……うん。」
???:「貴族って普通、前の方に座るもんじゃないのか? まさか、目立ちたくないタイプ?」
ソウタ:「まあ……そんなところかな。」
???:「いいな。気に入った。俺はジュノ。ジュノ・アークレア。」
ソウタが返事をしようとしたその時、隣の席から元気な声が飛んできた。
???:「私はヴェリー!ヴェリー・リンセルだよっ!よろしくねっ!」
ふわふわのツインテールに元気いっぱいの笑顔。その勢いに少し圧倒されながらも、ソウタは思わず微笑んだ。
ソウタ:「僕はソウタ。ソウタだけ……今のところはね。」
彼らの前方では、あの白い狐の少女が一番前の席に座り、静かに前を見つめていた。他の生徒など眼中にないような、静かな集中をたたえたまなざしだった。
ソウタがようやく落ち着き、席に深く腰を下ろしたその瞬間だった。
教室の扉が、バンッと勢いよく開いた。
その音に、教室内のざわめきが一気に止まる。
黒いコートに銀の装飾が施された、背の高い男がゆっくりと教室に入ってきた。その鋭い視線と一歩一歩の重みのある足取りだけで、周囲の空気が張り詰めていく。
その場にいた全員が、自然と背筋を正していた。
???:「静粛に。」
乾いた低音。その声には大声ではないのに、自然と人を従わせる力があった。
ソウタは目を見開きながら、その男を見つめた。
教師なのか。祓魔師なのか。それとも、まったく別の存在か。
だがその男の目を見た瞬間、体がこわばった。
——何かが刺さるような視線だった。
そしてその男は、ゆっくりと視線をソウタに向ける。
まっすぐに、鋭く、逃げ場のないほどに。
✍️ 作者からの一言
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
ソウタの物語がようやく動き出しました。
今回の入学式では、これから深く関わっていく仲間たちや、謎めいた存在が少しずつ姿を見せ始めました。
少しずつ広がっていくこの世界を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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次回もどうぞよろしくお願いします!