Dot & Cross
朝の日差しが訓練場に柔らかく降り注いでいた。まだ正午前だが、空気はすでに活気に満ち、遠くで鳴く鳥の声と新鮮な草の香りに包まれていた。
騒がしい中心地から少し離れた場所で、二人の少年が静かに稽古を続けていた。
キエル:
「もう一回だ!」
笑みを浮かべながら、後ろへ軽く跳ねた。
ソウタはわずかに息を切らし、右手を前に差し出していた。小さな石が彼の周りで青白いオーラに包まれて浮かんでいたが、数秒後にはそのオーラが消え、石は地面に落ちた。
彼の足元には、何度も繰り返された訓練の跡が残っていた。砕けた石、衝撃の跡…そして一本の木には小さなクレーターまで。
キエル:
「惜しい、今のはいけたろ!赤い印をつけた場所を意識して集中を保てばいいんだ」
そう言って、木の幹に指を向けてソウタを励ました。
ソウタはふうっと息を吐き、腕を下ろした。
ソウタ:
「言うのは簡単なんだよ!お前の結界はまるで巨大な磁石みたいなもんだろ!」
そう抗議したが、その声には楽しさも混じっていた。
キエルは声を上げて笑った。
キエル:
「お前のは……その、なんというか……ごめん、うまく例えが出てこないけど、でもすげぇのは確かだ!」
ソウタは気まずそうに首の後ろをかき、視線を落として石を見つめた。表情が少しだけ真剣になる。
ソウタ:
「なあ……名前を考えてたんだ。」
キエル:
「名前?」
ソウタ:
「うん、自分の技にさ。いつまでも“誰かをマークしてオーラの石をぶん投げるアレ”って呼ぶのも嫌でさ。」
キエルはまた笑った。
キエル:
「それで? なんて呼ぶつもりなんだ?」
ソウタは顔を上げた。瞳にわずかな興奮の光が宿る。
ソウタ:
「Dot & Cross(ドット&クロス)」
キエル:
「……」
ソウタ:
「“Dot”は、俺が投げる弾に込める青い点。“Cross”は、相手に刻む赤い印。
それが繋がった時に……ドカン、だ。」
キエルは瞬きをし、それから素直にうなずいた。
キエル:
「いいな。シンプルだけど響きがある。なんか……プロっぽい。」
ソウタ:
「だろ!これ決めるのに一晩悩んだんだぞ!」
誇らしげに言った。
キエル:
「ただ、投げる石一つ一つに名前つけ始めるのはやめてくれな。面倒なことになりそうだ。」
二人は思わず声を上げて笑った。
それは本物の笑いだった。何も無理に出したものではなく、ただ自然に生まれたもの。
まるで、ここ数日の痛みがほんの少しだけ、どこか遠くへ消えていくかのように。
数秒の沈黙のあと、ソウタは再び集中を取り戻した。
すでにクレーターのようにえぐれた木の幹に近づき、そっと手のひらを当てる。すると、赤い十字のような印がふわりと光を放った。
次に、別の小石を両手で持ち上げる。青いオーラがゆっくりと石を包み始めた。
キエルは黙って見つめていた。
その成長の裏に、もっと深い理由があることを肌で感じていた。
ソウタは目を細め、静かにエネルギーを注ぎ込む。
ソウタ(小声で):
「Dot & Cross(ドット&クロス)、第二実験。」
その瞬間、石は彼の手の周囲をふわふわと周回し始めた。
だが——
ソウタが気づくより早く、幹に刻まれた赤いクロスは、ふっと消えてしまった。
その事実に気づかないまま、ソウタは放とうとしていた石を解き放った。
石は勢いよく飛び出し、まるで弾丸のように空を切った……が、
中途で青いオーラが消え、石はただの重力に従い地面に落ちた。
ソウタ:
「……え?」
キエルは幹に近づき、消えかけた跡を指でなぞった。
キエル:
「クロスが弱すぎたな。印はかろうじて形成されたけど、それじゃ吸引力が足りない。
磁石で石を引き寄せようとしてるようなもんだ。」
ソウタは頭をかき、ため息をついた。
ソウタ:
「しかも、ドットのほうも…うまく込められなかった気がする。途中でエネルギーが抜けた感じ。」
キエル:
「それだよ。ちゃんとエネルギーは込めてる。でも、導けてない。
流れが乱れると、衝突する前に拡散しちゃうんだ。水を押し込んでるように、圧を保つ感覚を掴まないと。」
ソウタ:
「なるほど…理解した。」
そう言って再び幹にクロスを刻もうと立ち上がろうとしたが——
その脚がぷるりと震え、そのまま力尽きたように座り込んでしまった。
朝からの訓練で、すでに結界の消費は限界に達していたのだ。
ソウタは力を抜き、芝の上に身を預ける。
頬を撫でる風が心地よく、どこか穏やかな気分にさせてくれた。
遠くから小鳥たちのさえずりが聞こえる。
その隣に、キエルも座る。静かに吹く風を感じながら、しばしの安らぎを味わっていた。
ソウタ:
「なあ、キエル……」
キエル:
「ん?」
ソウタ:
「どうして…お前は祓魔師の学院に入ったんだ?」
キエルはしばらく黙った。
ふざけた返しをするか、本当のことを言うか——その間で迷っているように見えた。
だが次第に視線を落とし、声のトーンが少し低くなった。
キエル:
「…弱い人たちが、ただ苦しんでるのを見てるのが嫌だったんだ。
俺が育った地区は、家の隙間から呪いが忍び込んでくるような場所でさ……
隣人が突然いなくなったり、子どもが泣いて親を呼んだりするのが日常だった。
人々は祈るしかなくて、必死に助けを求めてた。でもさ……
力のあるやつらは、見て見ぬふりをしてたんだ。」
(少しの沈黙)
キエル:
「それが許せなかった。何もしないでいる自分が、もっと許せなかった。
だから誓ったんだ。——絶対に、誰かを守れる存在になるって。
俺は、黒騎士になりたい。」
ソウタは目を見開いた。
思ったよりもまっすぐで、正直な言葉だった。
ソウタ:
「……黒騎士に……?」
キエルはこくりと頷いた。
キエル:
「名声のためじゃない。称号のためでもない。
あいつらは、誰も近づかない場所に自ら足を踏み入れる。
どんな絶望にも、真っ向から立ち向かう。
俺は、そんな存在になりたい。
——闇と、何もできない人々の間に立つ盾になりたいんだ。」
一陣の風が草を揺らした。
短い沈黙の中で、ソウタが口を開いた。
ソウタ:
「……俺も、だよ。」
キエルがちらりと視線を向けた。
キエル:
「えっ?」
ソウタは優しく、でも力強く笑った。
その瞳には、揺るがぬ意志の光が宿っていた。
ソウタ:
「俺も黒騎士になりたい。
——大切な人たちを守るために。」
キエルは一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
澄んだ、まっすぐな笑顔だった。
キエル:
「……じゃあ、俺たちで新しい黒騎士の時代を作ろうぜ。」
彼は拳を突き出した。
ソウタも満面の笑みで、その拳に自分の拳をぶつけた。
ソウタ:
「約束だ。」
【ヴェムス王国・首都ラヴェミル――ライウェンハルト王国から二日】
馬車の揺れが石畳の通りに響いていた。
昼の陽光が、尖った屋根や木製の看板、そして商品を売り叫ぶ商人たちの顔を照らしている。
この都市には、ライウェンハルトとは違う空気があった。
乾燥していて、埃っぽい。けれど、それでも活気に満ちていた。
ラゼクは手綱を引き、広々とした角に馬車を止めた。そこは商売をするには理想的な場所だった。
彼は軽やかに飛び降りると、すぐに商品を並べ始めた。
首飾り、指輪、輝く液体が入った小瓶、魔法の道具のようなもの、そしてラゼクのような人間でなければ理解できない、あるいは…売りつけられない品々。
その魅力的な笑顔と自信に満ちた口調で、彼はすぐに客の目を引きつけた。
——だが、その時だった。
それを「感じた」のは。
何かが、違っていた。
それは明確な「脅威」ではなかった。
もっと微妙なものだった。まるで空気の温度がわずかに変わったかのように。
ラゼクは顔を上げた。
群衆の中を進む男に気づいたのだ。誰も押しのけていないのに、人々は自然とその男を避けて道を開けていた。
白髪。
頬にX字の傷跡。
だが、ラゼクを最も困惑させたのは、その見た目とは正反対の「笑顔」だった。
???:「こんにちは。実に興味深い品揃えですね。」
男は屋台の前で立ち止まり、優雅に語った。
ラゼクは、いつもの魅力的な笑みを保ちながらも、胸の奥に軽い圧迫感と緊張を感じていた。
それでも、彼はほんの少しだけお辞儀をして、丁寧に手を差し出す。
ラゼク:「ラゼク・ミレオン、旅商人です。ご用命があれば何なりと…お名前は?」
男はその手を柔らかく取った。
???:「リクトゥスです。よろしく。」
その瞬間、ラゼクを**ある“光景”**が襲った。
──まず、闇。
フードをかぶった人影たちが、狭い通路をすり抜ける。
警備兵の隙間を縫うように忍び込み、そして…
中から一人の者が扉を開けた。
──次に、炎。
激しい火災が建物を焼き尽くしていく。
炎の中、ソウタ、リシア、カイエル…
見えない“何か”から逃げていた。
悲鳴。黒く染まる空。
その後ろには、咆哮する怪物の影。
──そして、煙。
すべてがかき消された。
ラゼクはまばたきをし、かすかに震えた。
額には汗が浮かんでいた。
リクトゥス:「大丈夫ですか?」
声は依然として優しく、まるで心配しているかのようだった。
ラゼク(無理に笑みを作りながら):「ええ…大丈夫です。ただの暑さですよ。何か気になる商品は?」
リクトゥスはまだ微笑みながら、屋台の上に並ぶ品の中でも一際目立つ、大きめの壺を手に取った。
それは黒く、蓋に向かって螺旋状の刻印が彫られている容器だった。
リクトゥス:「これは…?何に使うんですか?」
ラゼク:「ああ、それは…『封印の壺』です。魔具や、小さな存在なら“封じ込める”ことができます。
ご自宅に不穏な霊的存在がいるなら、それを中に閉じ込めておけますよ。」
リクトゥス:「“ケッカイエネルギー”を保管することも可能ですか?」
ラゼクは少し驚いた様子で相手を見た。
こんな質問をされることは、めったにない。
ラゼク:「ええ…本来の用途ではありませんが、理論上は可能です。
その壺には**第四層の魔道符**で強化された封印が施されていて、
霊的エネルギーの保持にも対応しています。」
リクトゥス:「ふむ。役に立ちそうだ。」
彼は自然な動きで数枚のコインを取り出し、机の上に置いた。
リクトゥス:「これをいただきましょう。」
ラゼク:「かしこまりました。ご購入ありがとうございます。」
リクトゥスはその壺をまるで宝物でも扱うかのように、慎重に手に取った。
そして再び顔を上げてラゼクに微笑み、静かに立ち去っていった。
その姿が群衆の中に完全に消えた瞬間、ラゼクはようやく息を吐き出した。
あのビジョン、あの問いかけ、そして名前…
すべてが警鐘を鳴らしていた。
彼の本能が叫んでいた。
──「戻らなければならない」と。
ラゼクはすぐさま屋台をたたみ、荷台に飛び乗り、手綱を強く引いた。
ラゼク:「行くぞ、ロデリック!
ライウェンハルトに戻るんだ……今すぐに!」
馬が嘶き(いななき)、首都ヴェムスから全速力で駆け出した。
──何かが起ころうとしていた。
そして、ラゼク・ミレオンには、ただ待っている余裕などなかった。
作者の一言
読んでいただきありがとうございました!
今回は静かな始まりから一気に不穏な空気へ…。
リクトゥスの登場と壺の購入が何を意味するのか、次回にご注目ください!
応援やコメント、いつも本当に感謝しています✨
次回もよろしくお願いします!




