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木の下で

ステンドグラスの高窓から差し込む自然光が、石の床を青と金の色に染めていた。


その中心に置かれた重厚な丸い木製のテーブルには、王国でも最も影響力のある人物たちが集まっていた。


会議の主宰はヴァルドレン四世王。その両脇には側近の参謀たちが並び、さらにカエン・イツキ、ケンシン、レンジ、そしてソレン・ミカゲの姿もあった。


全員が椅子に座り、静かに話に耳を傾けていた。


カエン(穏やかな口調で):

「ソウタとは話したけど、新しい情報はあまりなかった。ソレンの報告書にあったことを繰り返しただけだ。」


(間)


「ただ、一つだけ違ったのは“巻物”のこと。彼によれば、あの混乱の中で教団の者たちがある男からそれを奪ったらしい。中身は分からないけど、わざわざ持ち去ったってことは、奴らにとって価値があるんだろう。急いで調べるべきだと思う。」


ヴァルドレン王(両手をテーブルに置きながら):

「その物体を、誰か実際に見た者はいるのか?」


カエン:

「いいえ。ソウタは、一瞬だけ見えたと言っていたが、それが奪われる瞬間だったらしい。」


その言葉に、会議室にざわめきが走る。


すると、参謀の一人──年配で痩せた体つきの男。鋭い顔立ちに、低く重い声を持つ人物が、咳払いをして口を開いた。


その声には、冷たさと疑念がにじんでいた。


アルヴヘイル補佐官:

「陛下、僭越ながら申し上げます。あの少年を取り巻く数々の“偶然”を、あと何度見過ごせばよいのでしょうか?」


ケンシン(眉をひそめながら):

「どういう意味ですか?」


アルヴヘイル補佐官:

「首都の火災の日、ヴァン・アウレンハルト男爵が襲撃された現場にいた。

その後、スラム街での騒動の中心人物となり──

そして今回もまた、教団に関する事件の中心にいる。

……それだけではありません。」


(劇的な間。アルヴヘイルは外套の内側から巻物を取り出し、静かに机の上に置いた。)


アルヴヘイル補佐官:

「──これは祓魔師団の医師による診断書、およびケンシン殿と黒騎士ライゲン殿の報告書をまとめたものです。

それによれば、ソウタの体内には今なお“活性状態にある呪詛”の痕跡が残っている。

そしてその呪詛を──ライゲン殿は祓うことができなかったのです。」


その場の空気が一瞬、凍りついた。


レンジ:

「……何が言いたい?」


アルヴヘイル補佐官:

「ソウタは、教団に“刻印”された可能性があります。

目的は不明ですが、身体に呪いを宿されたのは確かです。」


ソレン(静かに、だが力強く):

「その件は把握済みだ。

だからこそ、私が監視している。

その呪詛はいま眠っており、敵意ある兆候は一切ない。

現時点では、脅威とは見なしていない。」


アルヴヘイル補佐官:

「“現時点では”ですか?

それが発動したら?

あれが教団の“目”や“武器”として機能していたら?

──我々の内部から攻撃してくる可能性を考えたことは?」


(間)


「我々は、無邪気ではいられないのです。

彼が“狙われた者”であろうと、“利用される者”であろうと──

それを知る権利が我々にはある。」


カエン(低く重い声で):

「それはソウタ自身が望んだことじゃない。

もし教団に印を刻まれたのだとしたら──

彼は“被害者”だ。

“裏切り者”なんかじゃない。」



アルヴヘイル補佐官:

「……もし彼がそれを制御できなかったら?

その呪詛が目覚めた時、何が起きるのです?」


ケンシン(冷たく):

「その時は、俺たちが止める。前回と同じように。」


王は片手を上げた。すると、再び沈黙が訪れた。


ヴァルドレン四世:

「もうよい。

──被害者であれ何であれ、ソウタ・ヴァン・アウレンハルトは今後、ソレン・ミカゲ率いる黒騎士団および本廷の直接監視下に置かれる。

だが、真実が明らかになるまでは……敵として扱うことは許されない。」


重々しい沈黙が会議の場を包んだ。

アルヴヘイルですら、一瞬だけ目を伏せた。


ヴァルドレン四世:

「しかし──あの巻物の件は無視できない。

教団が奪ったということは、何らかの計画があるということだ。」


ソレン:

「既に部隊を動かしている。必ず取り戻す。」


ヴァルドレン四世(全員を見渡しながら):

「次に奴らが動く前に結果を出してほしい。

──なぜなら、次に動いた時、それは単なる襲撃ではなく、“宣戦布告”になる。」


◆ ◇ ◆


【同じ夜──王都・中央広場】


王都の中央広場は、いつもと比べて驚くほど静かだった。

──いや、まるで誰もいないかのようだった。


それもそのはず。

今夜は商人たちによる大規模な交易祭が開かれており、人々は皆、そちらに集まっていた。

各国からやって来た商人たちが所狭しと屋台を並べ、品々の珍しさに観客は歓声を上げていた。


やがて祭は終わりを迎え、人々は散り始め、再び王都の通りへと戻りはじめた。

いつものように、広場にも人が集まりはじめ──


──その時だった。


「ぎゃあああああああああッ!!!!」


悲鳴が、夜の静けさを切り裂く槍のように響き渡った。


空気が凍りついた。


何人かは立ち止まり、

何人かは逃げ出し、

そして何人かは後ずさりした。


──誰も、その光景に備えることなどできなかった。


中央広場の中心──

ヴァルドレン一世王の威厳ある石像の前に、それは立っていた。


まるで悪夢から引きずり出されたかのような、恐ろしい光景だった。


人間の身体──あるいは、かつて人間だったもの──が、白い大理石の像に突き刺されていた。

錆びつき、太くて荒削りな刃が胸から貫き、まるで狩られた獣のように像に固定されていた。


胴体には、腕も足もなかった。

それらは残酷に引きちぎられ、まるで生贄のように足元に並べられていた。

肉は切られたのではなく、裂かれていた。腱が濡れた布のように垂れ下がり、露出した骨が陽光を浴びて割れた象牙のように輝いていた。


そして、開かれた腹部からは腸や臓器がぶら下がり、血と共に像の台座を濡らしていた。

それはまるで、重力に引かれた不気味な内臓の花束だった。


その顔には、凍りついた恐怖の表情が残っていた。

見開かれた目、歪んだ口元。まるで命乞いをしていたかのようだった。


血と鉄の匂い、腐った内臓の悪臭が、目に見えぬ雲のように空気を包み込んでいた。


広場全体が、沈黙した。

誰もが声を失っていた。


立ち尽くす者、膝をつく者、吐き出す者、泣き出す子供たち──

親たちは慌てて彼らを抱き寄せ、背を向けてその場から離れた。


「なぜ?」「どうして……?」


誰も理解できなかった。

誰も、動けなかった。


──その時、彼らが現れた。


広場の北側から、八つの影が静かに列を成して歩いてきた。


押すことも、叫ぶこともなく。

ただ、鋼の影のように、静かに、無言で進んできた。


──黒騎士団。


漆黒の鎧に身を包み、陽の光すら吸い込むかのような装い。

左肩には白い十字、右腕には白と黒の縁で縁取られたマントが風に揺れていた。

それはまるで、“死”のみに向かって進む騎士たちの旗だった。


誰にも命じられていないのに、群衆は道を開けた。

敬意ではない。

──本能だった。


先頭を歩いていたのは、背が高く、痩せ型の男だった。

無表情な顔。

短く切られた灰色の髪は、まるで風に舞う灰のようだった。


──だが、何よりも異様だったのは、その瞳。


空虚で、黒く沈み込んだ眼差し。

まるで、無数の死を見届け、今さら一つや二つ増えたところで、何も感じなくなった者のようだった。


その男の名は、ソーレン・ミカゲ。

──黒騎士団の隊長である。


ソーレン(死体を見下ろしながら、無感情な声で)

「ハルキ。」


彼の左にいたのは、漆黒の髪を持つ若者だった。

額にゴーグルを乗せ、鮮やかな紫色の瞳を持つ。

俊敏な体つきと、鋭い観察眼の持ち主だった。


ソーレン(声色を変えずに)

「調べろ。」


ハルキ:「了解です、隊長。」


彼は一歩前へ出た。

それに合わせて、広場の空気が固まった。


──全員が息を呑む。


ハルキは微動だにせず、串刺しにされた死体へと近づいた。

額のゴーグルをゆっくりと目元に下ろし、しっかりと装着する。


左側のレンズが青白く光を放ち、他の者には見えない情報を映し出した。


ハルキ:「似てますね……かなり損傷してますが。」


腹部の裂け目、皮膚の断面、顔の輪郭を目で追いながら、無機質な声で続ける。


ハルキ:「ソウタが見た男です。あの巻物を奪われた人物……残念ですが、手遅れでした。」


彼はゴーグルをゆっくりと外した。

紫の瞳が露わになり、光を帯びる。理知と苦悩の色をたたえた眼差しだった。


仲間たちに向けられたその目には、諦念と哀しみが混じっていた。


ハルキ:「手足を引きちぎったあとで串刺しにされたようです。腹部の裂け方からして……これは処刑ではない。見せしめです。」


ソーレンは何も言わず、ただ少し視線を落とし、思索に沈んだ。


やがて、静かに首を巡らせ、自身の背後に控えていた男を見た。

その男は巨躯だった。

二メートル半近い身長、広く逞しい体、肩まで垂れる赤橙色の髪、そして無造作な髭。

他の者と同じ黒の鎧に身を包んでいたが、その内部には獣のような気配が潜んでいた。


ソーレン(落ち着いた声で)

「ソーン。嗅ぎ取れ。」


呼ばれた男──ソーンは、無言で頷き、仲間たちの間を抜けて前に出た。

戦場の猟犬のように、死体の前で膝をつく。


彼は目を閉じ、ゆっくりと深く、空気の匂いを嗅ぎ始めた。

その動きは正確で、研ぎ澄まされていた。


周囲は沈黙していた。

広場の雑音さえ、かき消されたように感じた。


やがて、ソーンは目を開き、低く掠れた声で告げた。


ソーン:「血。死。恐怖の臭い……そして、二つの異なる匂い。」


ソーレン:「二つ──?」


ソーン:「ああ……被害者のものじゃない。腐敗……呪詛の臭いがする。一つは強い。たぶん、実行犯だ。もう一つは薄い……だが、人間じゃない。」


風が吹き、黒いマントの裾を揺らした。


ソーレンはゆっくりと首を回し、別の部下に視線を向けた。


彼から数歩離れた場所に、もう一人の若者が立っていた。

屈強な体つきをしていたが、ソーンに比べればかなり背は低い──およそ百七十五センチほど。

髪は長く、乱れた獣のたてがみのように逆立ち、

瞳は鋭く光る捕食者のものだった。

常に浮かべている表情は、苛立ちと抑え込まれた怒り、そして戦いへの飢えが混ざり合ったようなもの。

わずかに反り返った爪は、まるでいつでも肉を裂けるような鋭さを秘めていた。


ソーレン:「カエロル。」


呼ばれたその男は、体を一切動かすことなく、目だけで隊長を見返した。

その口元には、ごくわずかな笑みが浮かぶ。

それは決して優しさを含んだものではなかった──

むしろ、破壊の前触れのような、危うい予兆だった。


ソーレン(まるで判決を下すような厳しい声で)

「お前、ソーン、そしてハルキ。

犯人を見つけ出せ。巻物を追跡し、取り戻せ。」


再び、風が吹く。

隊長のマントが翻り、その眼差しはカエロルの目に真っすぐに突き刺さる。


ソーレン:「そして今回は──生存者を出すな。」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。


だがその命令が引き金になったかのように、カエロルは喉の奥でザラついた笑い声を漏らした。


カエロル:「──喜んで、隊長。」


ソーンは両手の指を軽く鳴らし、嬉しそうに呟いた。


ソーン:「久々に……呪われた者どもを潰せるな。」


ハルキは何も言わなかった。

ただ、再び額のゴーグルを整え、仲間の隣に一歩近づいた。


風がもう一度吹き抜ける。

その風は、広場に残っていた民衆のざわめきを静かにさらっていった。


【翌日 - リウェンハルト城】


朝日が城の塔を照らし、石の壁に金色の反射を投げかけていた。内部の庭園では、開きたての花々が柔らかな香りを放ち、噴水が水の流れる音を囁いていた。そこでは、二人の少女の笑い声が響いていた。


ソウタは王の双子の姉妹、オーレンヌとヴィアンヌの後ろを追いかけていた。小さな枝や奇妙な形に刈り込まれた低木を避けながら、二人の少女は絶え間なく笑いながら、捕まえるように挑発していた。


ヴィアンヌ(笑いながら): —ソウタ、遅いよ!


オーレンヌ: —もっと速く、兄ちゃんソウタ、もっと速く!


ソウタは疲れたふりをして膝に手をつけ、でも顔には笑顔が浮かんでいた。


ソウタ(心の中で): かわいいな……でも、全てが遠く感じる。ここは僕の場所じゃない。僕はこれには属していない。早く学院に戻らなきゃ、キエルや他のみんなと一緒に。


ゆっくり立ち上がり、胸に少しの痛みを感じながらも、身を引き締めた。笑い声、陽光……でも、どこかで仮面をかぶっているような感覚もあった。自分のものではないマスクをつけているような。


その時、彼は見た。


ラギン・ヴァルドが庭を囲む外の廊下を歩いていた。顔を下げ、手に開かれた本を持ちながら、周りの出来事には無関心のように歩いていた。


ソウタ(声を上げて): —ラギン!


ラギンは立ち止まり、ゆっくりと顔を上げて、あたたかい声に驚いた様子だった。ソウタを見ると、彼の唇がほんの少し震え、小さな照れくさい笑顔が浮かんだ。


ラギン: —あぁ……ソウタ。


ソウタは急いで庭を抜け、今は静かに見守る双子の姉妹を後にして、ラギンに向かって歩み寄った。


ソウタ(少し笑いながら): —久しぶりだね。もう僕のこと忘れちゃったのかと思ってた。


ラギン(本を閉じる): —いえ……ずっと訓練してたんだ。……君がひどい目にあったって聞いて。


ソウタは視線をそらし、苦笑いを浮かべた。


ソウタ: —思い出させてくれてありがとう。


ラギンは少し頭を下げ、謝るようにしていた。


ラギン: —す、すみません。


ソウタは深く息を吐き、今回はもっと真剣にラギンを見つめた。


ソウタ: —実は……ちょっとお願いがあるんだ。


ラギンは目を瞬かせ、興味津々でソウタを見つめた。


ソウタ: —4日後に決闘があるんだ。僕を憎んでいる相手で、もしすぐに強くならなければ、ボロボロにされるだろう。


(少しの間)


—僕は訓練したい。で、誰よりも適しているのは……やっぱり暗黒騎士だと思って。


ラギンは少し躊躇した。指が本にしっかりと食い込んだが、やがて目を上げ、その不安げな目の中には、かすかな炎が灯っていた。


ラギン(低い声で): —僕は他の人ほど強くないけど……でも……


(少しの間)


ラギン: —手伝うよ。


【その後 ― 城の側庭、訓練区域】


木剣がぶつかり合う音が、乾いたリズムを刻みながら空気に響いていた。

ソウタはわずかに息を切らしながら、しっかりと両手で柄を握っていた。

目の前では、ライゲンが低い構えで身じろぎせず、鋭い視線を向けている。


訓練場の片隅では、ピクニック用の毛布に座ったオーレンヌとヴィアンヌが、二人の動きにあわせて興奮気味に拍手していた。


オーレンヌ: —がんばれ、お兄ちゃんソウタ!強く叩いて!


ヴィアンヌ: —空まで吹っ飛ばしちゃえ!


ソウタ(汗をかきながら): —それ…俺の味方じゃないよね?


ライゲン(穏やかな笑みで): —ただ戦ってる姿が見たいだけさ。


ライゲンは片手を上げて動きを止め、木剣を下ろした。


ライゲン: —続ける前に…伝えておきたいことがある。


ソウタも剣を下ろし、深く息を吐いた。


ライゲン: —こういう木剣でも、ケッカイをしっかり通せば殺傷力がある。

刃にエネルギーを集中させれば、骨を折ることも…もっと酷いこともできる。


ソウタ: —つまり、こんな剣でも…人を殺せるってことか。


ライゲンは頷いた。


ライゲン: —でも心配しないで。君を殺すつもりはないよ。…今のところはね。


ソウタは苦笑したが、その直後、ライゲンの表情が変わったことに気づいた。

黒騎士は視線を落とし、何かを言い出すのをためらっているようだった。


ライゲン: —俺の技はね…あまり攻撃的じゃない。

派手な炎も、氷の咆哮も、見栄えするものは何もない。


(間)


ライゲン: —俺のケッカイは……呪いを「喰う」ことができる。


ソウタは目を見開いた。


ソウタ: —喰うって…?


ライゲン: —ああ。呪いをこの身体に吸収するんだ。

そうすれば、その呪いが持っていた力の一部を取り込むことができる。


ライゲンは自分の手を見つめ、何か不快な記憶を思い出しているようだった。


ライゲン: —でも、簡単じゃない。

呪いの力を使うたびに、体の中が焼かれるような感覚になる。

強ければ強いほど、その後の痛みも酷くなる。

時には何日も動けなくなることもあるんだ。


ソウタ: —それでも…どうして使うの?


ライゲンは滅多に見せないほどの真剣な目で、ソウタをまっすぐ見つめた。


ライゲン:

—誰かがやらなきゃいけないんだ。破壊できないほど危険な呪いがあるなら、俺が…自分の中に封じる。たとえ、それがどれほど苦しくても。


(間)


ライゲン:

—それと、もう一つ。


一瞬、沈黙が落ちた。王女たちでさえ、空気の変化を感じ取ったのか、言葉を止めた。


ライゲン:

—もし俺が、自分よりも強い呪いを吸収しようとしたら……魂が負けるかもしれない。


ソウタは眉をひそめた。


ソウタ:

—負けたら…どうなる?


ライゲン:

—呪いに中から喰われる。もう俺じゃなくなる。

奴らの一人になる。


(間)


ライゲン:

—新たな呪いとして。


ソウタは唾を飲み込んだ。しばらく何も言えなかった。


だが次の瞬間、木剣を掲げ、決意に満ちた笑みをライゲンに向けた。


ソウタ:

—だったら…ずっと強くいてくれ。

俺はまだ、お前と敵として戦いたくないからな。


ライゲンは瞬きをした後、震えるような笑みを浮かべた。


ライゲン:

—…俺もだよ。


彼は再び構えをとった。木剣を片手で持ち、軽く振る。


ライゲン:

—いいか、ソウタ。ケッカイを剣全体に分散させるのは、一見よさそうに見えるけど…実際は無駄だ。

エネルギーが散ってしまう。

蝋燭一本で城全体を照らそうとするようなものだ。


一拍置いて、彼の茶色の瞳が夕日に輝いた。


ライゲン:

—刃先、ほんの一点に集中させれば…それが刃になる。

本物の武器さえ、切れるほどの。


彼の剣には、うっすらとしたケッカイのオーラが纏った。

それは穏やかに流れながらも、確かに刃先へと凝縮していく。

肉眼ではほとんど見えない…が、次の瞬間。


ライゲン:

—せいっ!


彼は一気にソウタへと飛び込んだ。雷のように剣が振り下ろされる。

ソウタは反射的に剣を構えて防いだが、衝撃で数メートルも吹き飛ばされた。


草の上を背中から転がり、顔をしかめながら体勢を戻す。


ソウタ:

—いってぇ…


ライゲン:

—でも、ちゃんと防いだ。


ソウタは返事をせず、目を閉じて、剣の柄を強く握った。


自分の中に流れるケッカイを感じる。皮膚の下を流れる川のように、腕を通って剣へと集まる。

柄ではない。胴体でもない。刃の一点に集中させる。


剣はうっすらと赤く輝いた。完璧じゃない。けれど、それは確かに彼自身の力だった。


ソウタは目を開いた。


ソウタ:

—手加減はすんなよ。


ライゲンは驚いたように瞬きをした。


ソウタ(力強く):

—哀れまれたくない。可哀想なんて思うな。

本気で教えてくれ。全部ぶつけてこい。


風が吹き、ライゲンの前髪が揺れた。

しばらくの間、黒騎士は何も言わずに彼を見つめていた。

やがて、静かに頷いた。


ライゲン(低く):

—わかった。


そして――姿が、消えた。


まるで影が音もなく忍び寄るように。

警告もなく、気配も感じさせず、次の瞬間。


――ドン!


ライゲンの膝が、正確にソウタの腹部へと突き刺さった。


ソウタ:

—がっ…!


肺の空気が一気に抜ける。

目が大きく見開かれ、体が勝手に折れ曲がる。

鋭い痛みが腹を貫き、脚が震える。

一瞬、何も考えられなかった。


【その後 ― 王宮庭園・夕暮れ】


城の塔の向こうに太陽が沈み始め、空は濃い橙色に染まり、庭に長い影を落としていた。

日中の熱は和らぎつつあったが、訓練の疲れと土埃が空気に残っていた。


ソウタは、立っていた。…かろうじて。


木剣はすでに武器ではなく、倒れないための杖のようだった。

身体は震え、脚はゼリーのように柔らかく、呼吸は荒く不規則だった。

シャツは汗でびっしょり濡れ、あちこちに青アザが浮かんでいる。

顔には小さな切り傷が二つ、左頬には大きな腫れも見えた。


筋肉が痛む。


動くたびに戦いだった。


ライゲンは、彼ほど疲れた様子を見せていなかったが、尊敬と心配が混ざったような目でソウタを見ていた。

剣を下ろし、首の後ろに手を回す。


ライゲン:

—今日は……もう十分かもしれない。


ソウタは歯を食いしばった。

身体は降参を訴えていたが、誇りがそれを許さなかった。

「まだやれる」と言いかけたそのとき、別の声がそれを遮った。


???:

—アウレンヌ!ヴィアンヌ!どこにいたのですか?


茂みの向こうから、ひとりの女性が現れた。

庭の小さな丘を、裾を軽く持ち上げながら慎重に降りてくる。

淡い色の上品なドレスを身にまとい、太陽が彼女の前から差し込んでいた。

その光は、長く整えられた黄金の髪を照らし、まるで燃えるような輝きを放っていた。


ソウタは動けなかった。


痛みのせいではない。


あまりの美しさに、だ。


彼女は双子の妹たちとはまるで違って見えた。

まるで別の貴族の血を引くような、洗練された気品。

整った顔立ち、凛とした姿勢、そして一歩一歩に無駄のない動作。

だが何よりも――その優雅な苛立ちを帯びた眼差しと、生まれながらのような威厳のある声色。


草の上で果物を食べていた双子たちは、その声にぴょんと跳ね起きた。


アウレンヌ:

—お姉さま……!


ヴィアンヌ:

—ソウタのお稽古を見てただけだよ!


姉は数歩で彼女たちに追いつくと、ソウタには一瞥もくれず、両腕をそれぞれの妹の腕に回して引き寄せ、深いため息をついた。


姉:

—ここで時間を無駄にしていてはダメでしょ。

今日は午後から礼儀作法、算術、そして儀式の授業があるんですから。

城中であなたたちを探して、どれだけ騒ぎになったと思っているの?


双子たちはしゅんとしながらうつむいた。


ソウタは立っているのがやっとだった。口を開きかけたが、言葉は出なかった。

ただ、彼女を見ていた。魅了されたように。

まるで体の痛みが消え、夕陽に照らされた彼女の姿だけが残っているかのように。


一瞬、自分が動けないことすら忘れていた。


その少女はついにソウタに横目を向けた。

冷ややかな視線で彼を頭からつま先まで値踏みするように見て――何も言わなかった。


その目が語っていたのは、静かな軽蔑だった。


何の言葉も残さず、踵を返し、妹たちの腕を引いて城へと歩き出した。

双子は最後にもう一度だけ振り返ってソウタに手を振った。

「またね!」と言わんばかりに。

だがすぐに引っ張られていった。


ライゲンは少し近づいて、ソウタの肩にそっと手を置いた。


ライゲン:

—あの木の下で休もうか?


彼が指差したのは、日陰を作っている大きな木だった。

ソウタはうなずき、ふたりはそこへ向かい、幹に背を預けて腰を下ろした。


夕暮れのオレンジ色の光が城の庭を柔らかい金色に染めていた。

木々の影は長く伸び、世界はどこか物寂しく穏やかな静けさに包まれていた。

遠くで鳥のさえずりがかすかに聞こえ、風が木の葉を優しく揺らしていた。


その木の下で、ソウタとライゲンは太い幹に背を預けて休んでいた。

ソウタは枝の間から見える空をぼんやりと見つめていた。

青と橙が混ざり合うその空を。


しばらくして、ソウタは少しだけ首を横に向け、静寂を破った。


ソウタ:

—ライゲン…ひとつ聞いてもいい?


ライゲン:

—うん、いいよ。


ソウタ:

—どうして騎士団、しかも〈黒の騎士〉になったの?


ライゲンは答えるのに少し時間を要した。

膝の上に置いていた本を閉じ、そっと俯いて、自分の手を見つめながら黙っていた。


ライゲン:

—ちょっと…バカみたいな理由なんだけどね。


ソウタ:

—聞いてみたいな。


ライゲンは照れたように笑って、空を見上げた。


ライゲン:

—子供の頃…ずっと「変な子」だった。いや、周りからそう見られてただけかもしれない。無口で、人と話すのが苦手で、何をするにも時間がかかった。視線、ひそひそ話、背後の笑い声…どれも耐え難かった。

自分の居場所なんて、どこにもなかった。


その声は穏やかだったが、奥に深い痛みを隠していた。

まるで、もう過去に置いてきたはずの「少年」に語りかけているようだった。


ライゲン:

—無視されることや一人にされることは、それほど苦じゃなかったんだ。

でもね、本当に怒りを覚えたのは…

強い者が、ただその力を使って弱い者を踏みにじるのを見たとき。


その目がかすかに揺れた。

ソウタは口を挟まず、黙って聞いていた。


ライゲン:

—一度だけ、兄がいじめっ子たちから俺を守ってくれたことがあった。

でも相手は多勢で、兄はひとりだった。

誰も助けなかった。

俺も…動けなかった。

そのせいで、兄はひどい怪我をした。


彼は目を伏せ、拳を握りしめた。


ライゲン:

—その日、自分が大嫌いになった。

何もできなかった自分が、情けなくて仕方なかった。

だから誓ったんだ。

いつか力を手に入れたら、その力は…誰かを守るために使うって。

あの日、兄が俺を守ってくれたように。


彼はちらりとソウタを見た。


ライゲン:

—それが理由さ。

俺が〈黒の騎士〉になったのは、盾になりたかったから。

避難所になりたかった。

誰もいないときに、そこに立っていられる人間になりたかった。


ソウタはまばたきもせずに聞いていた。

その目には、尊敬と感動が入り混じった感情が浮かんでいた。

ライゲンの言葉が、ソウタの心の奥深くに触れたのだ。


その様子に気づいたライゲンは、わずかに微笑んだ。


ライゲン:

—で、ソウタは?

どうしてそこまで必死に鍛えてるんだ?

正直なところ、決闘のためだけって顔じゃないよな。


ソウタは視線を落とし、深く息を吸った。


ソウタ:

—そうだね…あの決闘だけが理由じゃない。


目を閉じた。

彼の脳裏に浮かんだのは――

恐怖にゆがんだ人々の顔。叫び声。飛び散る血。

そして、自分の体が制御できずに動き出し、スラムの人々を――無実の人たちを――殺していった記憶。

触手。絶望。

目の前に広がる恐怖と、自分の無力さ。


ソウタ:

—いつも助けられる側でいるのは、もう疲れたんだ。

いつも誰かに救われて、後ろに置いていかれる。

どんな戦いでも…どんな呪いでも…

最後には誰かが現れて、俺を助けてくれる。

その間、俺は…


唇がかすかに震えた。


ソウタ:

—俺はただ、見てるだけ。隠れて、叫んで、泣き崩れて…。


拳を強く握りしめる。


ソウタ:

—そんな自分には、もう戻りたくない。

あんな弱い自分には、もうなりたくない。

これ以上…誰かの足手まといにはなりたくない。


ライゲンは黙って見つめていた。

その目に哀れみはなかった。

代わりに、同じような傷を持つ者だけが持つ、深い理解の色があった。


ソウタは顔を上げた。

その瞳はもう揺れていなかった。

確かな炎が宿っていた。


ソウタ:

—俺が…守る側になりたいんだ。

誰かが助けを求めたとき、そこにいる存在になりたい。

強くなりたい。心の底から。

見せびらかすためじゃない。復讐のためでもない。

誰かを守るために。

大切な人たちを、二度と傷つけさせないために。


大きく息を吸い、右腕を持ち上げて、拳を前に突き出した。


ソウタ:

—もう決めた。

俺はもっと強くなる。

誰かに助けられなくても立っていられるくらいに。

今度は俺が、みんなを守るんだ。

大切な人たちを。

俺は〈黒の騎士〉になる。


ライゲンはしばらく彼を見つめていた。

そして、静かに微笑んだ。

それは、穏やかで、真っ直ぐで、どこか誇らしげな笑みだった。


ライゲン:

—じゃあ…いつか本当の仲間になれる日を楽しみにしてるよ。


ソウタは拳を下ろした。

そよ風が二人の頬をなで、空は淡いピンクと紫、そして金色に染まっていた。

木の枝が、優しく揺れている。

静寂がすべてを包んでいた。


そこにはもう、呪いも、決闘も、悪夢もなかった。


ただ、一本の木の下で、夢を語り合う二人の少年がいた。


作者のひとこと:


時には、木の下での何気ない会話がすべてを変えることもあります。

ソウタとライゲンの小さな本音のひとときに付き合ってくれて、ありがとう。

これからも、よろしくお願いします。



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