炎の咆哮
カエン・イツキ:
「その子を解放しろ……でなければ、燃え尽きることになる。」
一瞬、沈黙がその場を支配した。
その場にいた祓魔師たちは互いに顔を見合わせ、カエンを笑い、嘲り始めた。
スレルは不安そうに顔をしかめ、彼らを叱責した。
スレル:
「バカども、甘く見るな。あいつが誰だかわかってないのか?
あいつはあのカエン・イツキだ、この時代で最強の祓魔師だぞ。」
今度こそ、本当の沈黙がその場を満たした。
それは緊張と危険に満ちた静寂だった。
スレル:
「攻撃しろ!何をぐずぐずしている!」
司令官の怒号とともに、五人のフードをかぶった祓魔師たちが即座に動いた。
彼らは素早くカエンを取り囲み、武器と結界術を構え、四方八方から一気に畳みかける。
一人は背後から、もう一人は空中から襲いかかってきた。
だが、カエンは……一歩も動かなかった。
閃光。
力の爆発。
そして五秒も経たないうちに、五人はまるで布の人形のように倒れ伏した。
意識を失った者、痛みに呻く者が地面に散らばる。
その中心に立つ赤髪の青年は、まったく息を乱すことなく、平然としていた。
カエン(冷たい口調で):
「チャンスはやった。」
ラゼクを押さえていた二人はすぐに彼を離した――が、慈悲からではなかった。
少年の体を壁に向かって乱暴に投げつけ、ラゼクは苦痛の叫びを上げながら力なく倒れた。
敵の祓魔師たちは、今度はさらに高度な術式を使ってカエンに襲いかかった。
一人は腕に黒い棘をまとわせ、もう一人は空気を裂く刃を形成した。
だが――どれもカエンに届くことはなかった。
彼はまるで自分だけが別の時間軸にいるかのように、最小限の動きで全てをかわし、姿勢すら崩さなかった。
拳が、胸に直撃。
肘が、首に食い込む。
さらに二人が、地面に崩れ落ちる。
スレルの顔からは、もはや笑みが消えていた。
彼は壁際へと駆け寄り、呪印が刻まれた短剣で封印の札を切り裂いた。
獣たちを閉じ込めていた結界が破れ、低いうなり声が響く。
木材がきしみ、大量の肉と口で構成された異形の塊が現れた。
さらに六本の脚と毒針の尾を持つ二体の怪物も、それに続いて姿を現す。
スレル(叫びながら):
「殺せッ!やつを消し去れ!!」
三体の怪物が野獣のようにカエンに襲いかかった。
その突進は凄まじく、赤髪の青年を後方の壁ごと吹き飛ばすほどだった。
隣の部屋には粉塵が舞い上がる。
部屋の反対側――
ソウタは今も鎖に縛られ、吊るされたままだった。
意識はほとんどなく、身体中に傷を負い、左目は腫れて閉じたまま。
轟音が聞こえた。
瓦礫の中から、ひとつの人影が浮かび上がる。
乱れた赤髪。決意に満ちたまなざし。
「……た、す……け…」
ソウタはその言葉を最後まで口にできず、
そのまま、意識を手放した。
――カエンは瓦礫の中から立ち上がり、
服についた埃を払いながら、面倒そうにため息をついた。
目の前には、一体の呪いが這い寄ってくる。
何本もの足を引きずりながら、口という口から甲高い悲鳴を漏らす。
尾の先にある毒針が、不気味な力で振動していた。
その瞬間、三体の呪いが轟音とともに部屋へ乱入してきた。
重たい足音とともに、獣のようにカエンの周囲を歩き回りながら囲い込む。
尾の先端からは、異様な光が放たれていた。
そのうちの一体が振り返り、ソウタを監視していた祓魔師たちへと猛然と襲いかかった。
毒針が突き刺さり、三人は次々と痙攣し始めた。
凄まじい音を立てながら、彼らの結界が怪物に吸い取られていく。
魂を奪われ、乾ききった人形のように――
命を失ったその身体は、布のように地面へと崩れ落ちた。
そして、呪いの怪物たちは肥大化を始めた。
肉は膨れ上がり、口の数が増え、足はより長く、鋭く。
もはや獣ではない。
人間の力で育った、完全なる化け物だった。
一体が、ほこりに包まれたカエン目掛けて跳びかかってくる。
大きく口を開けたが、その顎を迎え撃つように――
カエンの上昇パンチが直撃。
その一撃で、怪物はまるで石のように吹き飛ばされ、
壁を突き破って建物の外へと消えていった。
もう一体が、尾の毒針を閃かせて狙いを定める。
しかしカエンは動じず、むしろその尾を直前で素手で掴んだ。
その瞬間、怪物は悲鳴を上げる。
カエンはそのまま体をひねり、怪物の身体を振り回し、
壁や柱、家具に叩きつけた後、天に向かって放り投げた。
その身体は天井を突き破り、夜空の中へと消えた。
残る一体――
最も巨大な怪物が一歩退き、口を縦に開いた。
その奥から現れたのは、黒と紫が混じる濃密な結界の球体。
それは砲弾のように放たれた。
カエンは腕を交差させて受け止めようとしたが、
爆発の衝撃は彼の体を吹き飛ばし、建物の主壁を紙のように突き破って外へ投げ出した。
外では泥だらけの地面に転がり、怪物は執拗に追いかけてくる。
まるで、彼こそが本当の敵だと理解しているかのように。
その間もソウタは意識を失ったままだった。
ラゼクは痛みに苦しみながらも、かすかに目を開けて事態を見つめていた。
地面が震える。
屋根は、すでに存在していなかった。
戦いは、まだ終わっていない――。
スレルはラゼクの方へと一歩踏み出した。
まだ動けずにいる少年を、今まさに殺そうとしていた。
ラゼクは力なく横たわり、痛みに顔を歪めていた。
唇の端には乾いた血がこびりついている。
司令官は歯を食いしばり、その目に殺意を宿しながら近づいていった。
だがその時だった。
彼の胸元に、鋭い光が突きつけられた。
黄金に輝く槍の穂先――それは今にも心臓を貫かんとする距離にあった。
その槍を持つ者は、レンジ・カゼウラだった。
静かに、そして揺るがぬ意志を込めて立ちふさがる彼の姿は、
いつもの気だるげな雰囲気とはまるで別人のようだった。
その目は静かな緊張感と、底知れぬ力を宿していた。
レンジ:
「……もう一歩でも動けば、その心臓をこの槍で貫いてやる」
スレルは動けなかった。
その額には汗がにじみ、唇はかすかに震えている。
レンジは一歩も退かない。
それが空虚な脅しでないことを、スレルはその目に見た。
彼の瞳には、絶対の決意が宿っていたのだ。
レンジ:
「もう終わりだよ、友達ごっこは」
皮肉たっぷりに笑って、レンジは冷たく言い放つ。
スレル:
「……そう思っているのか?」
スレルの声には、まだ余裕があった。
嘲るような、底意地の悪い声音だった。
その瞬間――
スレルの体から、無数の結界の触手が飛び出した。
それらは生き物のようにうねり、辺りに広がっていく。
レンジの目に、一瞬の驚きが浮かぶ。
だが彼の体は即座に反応していた。
一歩後退し、回転し、槍を斜めに振るって触手を斬る。
一撃一撃が正確で無駄がない。
それは、死と隣り合わせの舞踏のようだった。
右目が紫の光を放った。
次の瞬間、彼の視線から見えないほど純粋な結界の奔流が放たれる。
その衝撃は凄まじく、スレルの胸に直撃した。
「ぐっ…!」
スレルの体は空中に吹き飛ばされ、まるで壊れた人形のように壁に叩きつけられた。
鈍い衝撃音が響き渡る。
レンジは一瞬も無駄にしなかった。
すぐさまラゼクの方へと向き直り、震える彼を見下ろす。
そして、一閃。
鋭く正確な一太刀で、彼を縛っていた鎖を断ち切った。
レンジ:
「歩けるか?」
ラゼク(息を荒げながら):
「だ、大丈夫…でも…! もう一人いるんだ! まだ助けなきゃいけない子が!」
レンジは力強くうなずき、すぐに行動を移した。
瓦礫の中を進み、崩れた廊下を越え、ラゼクの案内でたどり着いたのは――
血まみれの腕を鎖で吊るされ、意識を失ったソウタがぶら下がっている部屋だった。
レンジは一切迷わなかった。
再び鋭い斬撃で鎖を断ち、落下するソウタの体をしっかりと受け止め、そっと床に横たえた。
レンジ:
「彼を連れて逃げろ。俺はここを片付ける」
ラゼクはまだ震えていたが、レンジの言葉にうなずいた。
ソウタの体を支えながら、なんとかその場を離れようとする。
だが、その瞬間だった。
「グォオオオ…ッ!!」
闇の中から、巨大な触手がまるで蛇のようにうねりながら飛び出してきた。
レンジの胴体に巻き付き、激しく締め上げた――!
レンジ(叫びながら):
「ちっ……!」
スレル(遠くから怒鳴る):
「まだ終わってねぇぞッ!!」
狂気の咆哮とともに、教団の指導者は触手を思いきり引き寄せた。
レンジの体は空中を引きずられ、凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。
「ドゴォンッ!!」
次々と、壁へ。柱へ。石壁が砕け、粉塵が舞う。
そのたびに轟音が鳴り響き、地面が震えた。
ラゼクは、その場で立ち尽くしていた。
目が震え、息が止まる。
幼い頃と同じ――母を救えなかったあの夜のように、恐怖が体を支配していた。
だが、瓦礫の中で――
レンジが首を動かし、こちらを見た。
全身血まみれでも、視線はまっすぐに。
レンジ:
「ラゼク……見るな! ソウタを連れて逃げろ! 今すぐだ!
俺のことはいい……俺なら、大丈夫だから!」
その言葉に、ラゼクは唇を噛みしめた。
深く息を吸い込み、かすかにうなずく。
まだ足は震えていたが――
それでも彼は、ソウタの体を背負い、前へと踏み出した。
今度こそ……
もう、失いたくなかった。
[……]
太陽が屋根の上で輝き、石畳の広場にくっきりとした影を落としていた。
その光が、逃げ惑う村人たちの額に浮かんだ汗を煌めかせる。
彼らは瓦礫を避けながら、互いに叫び合い、混乱の中を走り抜けていた。
その中心で――
カエンの放った強烈なフックが炸裂した。
「ゴッ!!」
その一撃で、六本足の奇怪な呪いの獣が数メートル吹き飛ばされる。
石畳を転がりながら、地面を砕き、土埃と瓦礫を巻き上げた。
だが、カエンは焦る様子を一切見せなかった。
ポケットに両手を突っ込んだまま、のんびりと歩く。
まるで、この戦いが退屈で仕方ないと言わんばかりに――
顔には一片の緊張も浮かんでいなかった。
カエン(ぼそりと呟く):
「もう少しは…汗くらいかかせてくれよ…」
だが、その時だった。
地面がかすかに揺れた。
崩れた家の屋根の上から、もう一体の呪いが落ちてきた。
――先ほどカエンが空へと吹き飛ばしたはずの獣だ。
そのすぐ隣では、瓦礫の山を割って三体目が現れる。
――建物を貫通して姿を消した、あの巨大な呪い。
二体、三体と、呪いは這いながら一体目の元へと寄っていく。
そして――
逃げ惑う民たちの目の前で、三体の呪いが絡み合い始めた。
「ズルズル…ベチャ…!」
ねっとりとした、吐き気を催すような音を立てながら、肉体が混ざり合う。
脚は融合し、口は無秩序に増え続け、
中心からは十数本の毒針付きの尾が生えていった。
その姿――
形容しがたいほどに歪で、巨大で、
全方位にうねりながら生きているかのような、
おぞましい塊だった。
その尾が、ビリビリと呪気をまとって振動する。
そして――動いた。
無数の毒針が、逃げ惑う群衆へと弾丸のように放たれた。
女たち。
子どもたち。
老人たち。
誰一人として、安全な者はいなかった。
カエン(歯を食いしばって):
――「…いいえ」
瞬きの間に、彼の姿は消えた。
次の瞬間、叫ぶ女性の傍に現れ、飛来する毒針を片足で弾いた。
さらにもう一本を前腕で受け止め、体をひねって地面へと叩き落とす。
三本が一斉に彼を囲んだが、カエンは回転するような蹴りで全てを粉砕し、土煙を舞い上げた。
民たちは彼の周囲を走り抜けながら、本能的に悟った。
――ここにいちゃいけない。邪魔になるだけだ、と。
カエンの動きは、もはや人のそれではなかった。
攻撃を受け止め、避け、そらし…
一つ一つの動作が、まるで舞踏のように洗練されていた。
その時だった。
巨大な口のひとつが開き、中に闇色の呪力が凝縮された球体が形成される。
脈動し、震え、不気味な悪意に満ちたそれは、今にも放たれようとしていた。
カエン(うんざりしたようにその口を見つめながら):
――「学ばねぇな、まったく。」
その目が、鋭く光を帯びる。
そして――
胸の中心に、眩いオレンジ色の光が灯った。
何かが、内側から目覚め始めたかのように。
ゆっくりと、だが確かな動きで、
カエンは手を胸の中心に伸ばす。
指先が、目に見えない柄を握りしめ――
そして、抜刀を始めた。
灰がかった細身の刃に、白い紋様が浮かぶ。
それは鞘も、鍔も、柄も持たず——
カエンの身体の中心から、まるで最初からそこにあったかのように、静かに現れた。
刀身からは淡く白い光が漏れ出している。
その瞬間、呪いの口が再び開いた。
禍々しい黒紫の呪力を帯びた球体が、まるで砲弾のように放たれる。
その圧力は空間を歪ませ、周囲の光さえもねじ曲げていた。
——だが。
カエンは、静かに最後まで刀を抜いた。
「キィンッ」
金属音と共に、抜刀完了。
刹那。
斬撃は、呪力の弾を正面から受け止めた。
一瞬の沈黙。
そしてそのまま——
呪弾は軌道を変え、天へと弾かれた。
空高く、紫の火花が爆ぜる。
呪気の残滓が光の雨となって降り注ぐが、誰の肌にも届くことはなかった。
地面に視線を戻し、カエンは静かに刀を下ろす。
その瞳が、一層強く光を宿した。
そして——
次の瞬間、その姿は消えていた。
再び現れたその瞬間、
カエンは呪いの目の前に立っていた。
一閃。
毒針の一本が、地面に転がる。
さらに一閃。
巨大な口が、真っ二つに裂かれた。
カエンは風を切るように刀を舞わせる。
その動きは鋭く、冷酷で、容赦がない。
狙うのは即死ではない——
侮辱だ。苦痛だ。絶望だ。
数百の口が絶叫する。
切断された触手が枝のように散る。
呪われた肉が身悶え、かすれた声で命乞いを始める。
だがその声は、人間のものではなかった。
カエンは止まらない。
——否、止まらなかった。
だが、ある瞬間。
彼は足を止めた。
眼前には、もはや怪物とは呼べぬ残骸。
ちぎれた尾、震える口、脈打つだけの肉の塊。
カエンは片手を伸ばした。
そして、そっとその手のひらを呪いの身体へと触れさせた。
カエン(低く呟く):
「……もう、遊びは終わりだ。」
その掌から、炎が溢れ出した。
それはただの火ではない。
魂を焼き尽くす、祓魔の焔。
生きたまま喰らい尽くす、浄化の炎。
呪いは悲鳴を上げた。
耳を裂くような、絶望の叫び。
だが、叫べば叫ぶほどに——
その身はさらに燃え上がっていった。
その焔は、罰であり、裁きであり——
聖なる怒りだった。
数秒のうちに、
呪いの残骸は完全に灰となって消え去った。
その存在の痕跡すら、もはや何一つ残されていなかった。
ただ、黒く焦げた円と、晴れ渡る空の下に漂う煙だけがそこにあった。
カエンは剣を——
己の中から抜いたその刃を、
まるで再び封印するかのように、
静かに元の場所へと納めた。
遠くから、民たちがその姿を見つめていた。
涙を流す者。
抱き合い、歓喜する者。
彼らを救ったのは、紛れもなくその“祓魔師”だった。
[...]
ラゼクは走っていた。
背中には、まだ気を失ったままのソウタ。
その重さに体力は削られていくが、
足を止めることなど考えなかった。
その時——
足元の地面が揺れた。
そして次の瞬間、
空に轟音が響き渡り、
紫の業火が天を焦がす。
爆発的な呪気の波動に、ラゼクは顔を上げた。
ラゼク(息を切らして):
「な、なんだ今のは……?」
その一瞬の隙。
彼は、近づいてきた何者かと正面からぶつかってしまった。
バランスを崩し、背中のソウタごと倒れかける。
???:
「危ない!」
しっかりとした腕が、彼を支えた。
ケンシン:
「大丈夫か?」
ラゼクが顔を上げると、
まず目に入ったのは、堂々とした人影だった。
長い髪、鋭い眼差し、
まるで兵士のような風格を纏った青年。
その制服は、あの二人の“祓魔師”と同じ。
間違いなく、彼もまた“王国直属の祓魔師”なのだと、ラゼクは悟った。
ラゼク(震えながら):
「こ、この子を……外に連れていかないと……
ひどく傷ついてて……拷問されて……
まだ中に……他にも人が……!」
ケンシンは、迷いのない手でラゼクの肩に触れた。
ケンシン:
――「安心しろ。カエンが中にいる。すべて任せておけ。」
それだけ言うと、ケンシンは無駄な言葉を重ねることなく、
静かにしゃがみ込み、ソウタを丁寧に背負った。
ケンシン(真剣な眼差しでラゼクを見て):
――「お前が、彼を救ったんだ。本当に。」
ラゼクは俯いたまま、まだ身体を震わせていたが、
ほんの少しだけ、胸の中に安堵が灯った。
ケンシン(歩き出しながら):
――「お前も治療師に診てもらえ。血が出てる。」
そう言い残し、ケンシンはソウタを背負ったまま、
城の方角へと迷いなく駆け出した。
ラゼクはその背中をじっと見つめていた。
そして、ほんの一瞬——
彼の目に、涙が滲んだ。
ラゼク:(やっと……誰かを救えたんだ)
【王城】
そこには、温かな静けさが漂っていた。
磨き上げられた木の香りと、乾いた花のほのかな匂いに包まれて——
ソウタは、突然目を見開いた。
がばっと上体を起こし、荒く息をつく。
心臓はまだ鎖に縛られているかのように激しく鼓動し、痛みが消えていないように感じた。
彼は周囲を見渡した。ひび割れた壁、鎖、フードを被った男たち……。
だが、何もなかった。
そこは上品な部屋だった。
刺繍入りのカーテンが穏やかな昼の光をやさしく通し、
天井には繊細な装飾が施されており、中央にはクリスタルのシャンデリアが揺れていた。
隅には磁器の花瓶、古風な家具、そしてベッドの下には厚手の絨毯。
ソウタは自分の手首を見た。
もう鎖の痕はなかった。
体はきれいに洗われ、包帯が巻かれ、ゆったりとした服を着せられていた。
喉の奥につかえていた塊が、少しずつほどけていく。
ソウタ(小さく):
――「……ここは……?」
そのとき、彼は目にした。
近くのソファに、二人の小さな女の子が座っていた。
どちらも彼を興味津々といった様子で見つめている。
一人は明るい金髪をアンバランスなツインテールに結っており、
もう一人は少し暗めの茶髪をふわりと下ろしていた。
まるで、昼寝から目覚めた珍しい動物を眺めているかのような瞳だった。
少女1(にっこり笑って):
――「やっと起きた!午後ずっといびきかくかと思ったよ〜」
少女2:
――「あたし、いびきなんてかいてないもん…」
少女1(ふくれっ面で):
――「かいてたもん!病気のイノシシみたいだったよ〜!」
ソウタは困惑したまま瞬きをし、ゆっくりと体を起こしながら痛む脇腹を押さえた。
ソウタ:
――「き、君たちは……?」
――バンッ!
扉が勢いよく開いた。
クラリス:
――「ソウタ!」
少女の声が部屋中に響き渡った。
それは心配、怒り、そして言葉にしがたい何かが混ざった感情だった。
彼女は早足で部屋に入ってきた。顔はこわばっていて、
そのすぐ後ろには落ち着こうとするヴァン・アウレンハルト男爵が続き、
さらにその後ろからはケンシンとレンジがクラリスをなだめようと必死だった。
ケンシン:
――「クラリス、落ち着けよ…」
レンジ:
――「もう安全なんだ、安心しろ。」
だが、彼女の耳には届いていなかった。
クラリス:
――「なんでよ!?なんでアンタを一人にすると毎回、壁に吊るされたり、街の半分をぶっ壊したりしてるのよ!?」
ソウタは思わず身を縮めたが、すぐに少しだけ照れくさそうに笑った。
ソウタ:
――「へへ…トラブルを呼ぶ才能があるのかも。」
二人の少女が同時に笑い出した。
少女2:
――「壁に吊るされたの!?それって最悪じゃん!」
少女1:
――「ねぇねぇ、全部聞かせてよ!」
ヴァン・アウレンハルト男爵(ため息まじりに):
――「…二人きりにしてあげた方が良さそうだな。」
レンジは腕を組み、ケンシンは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
レンジ:
――「言っただろ、ソウタ。お前は混沌を生む機械だ。」
クラリスはベッドの縁に近づき、しばらく黙って彼を見つめていた。
そして――ぽすっ、と軽く彼の腕を叩いた。
クラリス(少し声を抑えて):
――「……もう二度と、あんな思いさせないでよ。バカ。」
ソウタ(真剣に):
――「……ごめん。本当に。」
数秒間、部屋は静寂に包まれた。
それは――あたたかくて、現実のものだった。
そのとき。
もう一人の人物が、ゆっくりと部屋の入り口を通り抜けてきた。
カエン・イツキが静かに部屋へと入ってきた。
彼は落ち着いた様子でソウタのベッドのそばへと歩み寄り、穏やかな表情を浮かべていた。
カエン:
――「ちょっと様子を見に来ただけさ……結構ひどい状態だったからな。」
ソウタは驚いたように彼を見た。
学院初日のあの演説以来、彼の姿を見ていなかったのだ。
ソウタ:
――「大丈夫です……来てくれてありがとう。」
ケンシン(腕を組んで):
――「かなり強力な回復薬を使ったからな。ほとんどの傷は治ったけど……それでも数日は痛みが残るだろう。」
ソウタ:
――「……了解です。」
そんな会話の最中、ソファに座っていた二人の少女が――
お互いにイタズラっぽい笑みを浮かべて目を合わせた。
そっと立ち上がり、音を立てずに近づいて――
二人同時に、勢いよくカエンへと飛びついた。
少女1:
――「カエン騎士!」
少女2:
――「生きてたーっ!」
カエン:
――「えっ!?な、何してる!?」
赤髪の青年は驚きのあまりぎこちなく後ろへ飛びのき、
バランスを崩しそうになりながらもなんとか踏ん張った。
カエン:
――「君たち、なんでここに!?礼儀作法の授業中じゃなかったのか!?」
ヴィアンヌ:
――「非常事態で中止になったの!」
オーレンヌ:
――「だからお城の“変な患者さん”を見に来たの!」
ソウタ(冷や汗をかきながら):
――「変な……?」
カエンは顔を赤らめながら、
どこか不器用に二人を引き剥がしていった。
カエン:
――「ちっ……本当にうるさいガキどもだな……」
クラリスは笑いをこらえ、ケンシンは片方の口角を上げて微笑んだ。
その場の空気が、一瞬だけ――
少しだけ、温かく、そして人間らしいものになった。
ソウタ:
――「ところで……君たちは誰?」
カエン:
――「王の末娘たちさ。ツインテールで冒険者みたいな格好してるのがヴィアンヌ。髪を下ろしててドレスを着てるのがオーレンヌだ。」
ヴィアンヌ&オーレンヌ(声を揃えて):
――「わたしたち、ふたごなの!」
ソウタ:
――「なるほど……会えて嬉しいよ。」
ソウタがにこやかに微笑むと、
二人の少女は嬉しそうにはしゃいだ。
ヴィアンヌ:
――「あとで一緒に遊んでくれる? お願いっ……!」
そう言いながら、
ほっぺをぷくっと膨らませて、手を合わせておねだりしてきた。
カエン(腕を組みながら):
――「遊ぶのはあとだ。今は彼が休む時間だし……俺たちも話がある。」
一歩前に出て、
カエンは少女たちをきっぱりと見据えた。
カエン:
――「だから、今は出て行きなさい。しっしっ、大人の話がある。」
不満げにほっぺを膨らませて、まるで罰を受けた子どものように小さく抗議をする双子だったが、
結局はしぶしぶ部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
空気がまた変わった。
カエンが振り返る。
さきほどの温和な表情は消え、
真剣な眼差しでソウタを見据えた。
カエン:
――「さて……二人きりになったところで。話さないとな。」
ソウタは静かに彼を見つめた。
カエン:
――「あの時……何があったのか。」
一拍置いて――
カエン:
――「そして、“あの教団”についてもだ。」
【作者の一言】
読んでくださってありがとうございます!
この章で街の戦いが一区切り。次は――秘密、炎、そして教団。
カエンはその力の一端を見せ、ソウタはまた一歩前へ進みました。
次回のエピソードでお会いしましょう。




