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影を歩む者たち

ゆっくりと太陽が昇り始め、首都の石造りの屋根を金色に染めていく。最初の光は高い木々の間から差し込み、静まり返った街に温かな輝きを与えていた。街全体はまだ目覚めていなかったが、空はすでに新しい一日の始まりを告げていた。


ヴァン・アウレンハート邸では、朝の静けさがほぼ完全に保たれていた。かすかに聞こえる鳥のさえずりだけが、その静寂を破っていた。しかし、屋敷の二階にある脇の部屋では、一人の人物が迷いのない足取りで廊下を歩いていた。


マイラは図書室の扉をそっと押し開けた。柔らかな朝日が高い窓から差し込み、本棚の列を静かに照らしていた。中に入ると、彼女はすぐに彼を見つけた。


ソウタは床に脚を組んで座り、周囲には本が散らばっていた。いくつかは開かれたままで、他はいくつも積み重ねられている。彼は分厚い本を手に持ち、数週間前の彼からは想像もできないほどの集中力でそのページを目で追っていた。


マイラはその姿に少し驚き、しばらく立ち止まった。


マイラ:朝早く起きて読書してたの?


ソウタは顔を上げず、静かにページをめくった。まるでその声が、遠くの残響のようにしか聞こえなかったかのように。


ソウタ:寝てない。ずっとここにいた。


マイラは彼をじっと見つめた。表情は穏やかだったが、目の下にははっきりとしたクマが見えた。まぶたの下の肌はややくすみ、姿勢はしっかりしていたものの、疲労の色がにじんでいた。それでも彼の視線は、切実に何かを求めるように、本から離れることはなかった。


マイラは何も言わず、そっと彼のそばに近づいた。


マイラ:…朝ごはん作ってくるわ。倒れる前に何か食べないと、答えなんて見つからないわよ?


ソウタはすぐには返事をせず、本をゆっくり閉じて脇に置き、ようやくマイラの方を見上げた。


ソウタ:ありがとう、マイラ。


その声に、怒りも冷たさもなかった。ただ、疲れと…そして確かな決意があった。


数分後、ソウタはいつものように食堂でクラリスと向かい合って座っていた。ヴァン・アウレンハート男爵が普段座る上座は空席のままだった。男爵が数日前に私用で二週間ほど不在になると告げていたとはいえ、その場に彼がいないことに、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


ソウタは湯飲みを手に取り、考え込むようにお茶を一口飲んだ。


(知らせはあったけど……やっぱり、朝食に男爵がいないのは変な感じだな。)


静かにカップをソーサーに戻す音が、その思考を断ち切った。ソウタは決意に満ちた表情で顔を上げ、近くで控えていたリリエンに声をかけた。彼女の隣には、他の三人の侍女たちも立っていた。


ソウタ:リリエン……馬車を用意してくれる? 都に行きたいんだ。


クラリスはちょうど一口食べたところで手を止め、驚いた様子でソウタを見つめた。


クラリス:都へ? いきなりどうして?


ソウタはすぐには答えず、皿を見つめたまま少し沈黙した。


ソウタ:……行かなきゃならないところがあるんだ。


クラリスは眉をひそめ、不満そうな声を返した。


クラリス:誰に会いに行くの?


ソウタは顔を上げて真っ直ぐに答えた。


ソウタ:カエン・イツキに会いたい。


一瞬、食堂全体が静まり返ったように感じた。食器が置かれる音さえも止まった。


四人の侍女たちは驚いた様子で顔を見合わせた。クラリスはゆっくりとナイフを皿に置き、ソウタから目を離さずに言った。


クラリス:カエン・イツキ……? あなたが王国の祓い師と、どんな用事があるっていうの?


ソウタ:学園で起きた事件について、情報があるんだ。


空気が一気に張りつめた。


クラリスは数秒ソウタを見つめた後、腰に手を当てて大きくため息をついた。


クラリス:わかったわ。行っていい。でも、私も一緒に行く。


ソウタ:えっ? いや、大丈夫だよ。ひとりで行きたいんだ。


クラリス:ひとり? あなた、都の道なんて全然知らないでしょ? 二歩歩けば迷子になって、「ここどこですか?」って聞くことになるわよ。


ソウタ:そこまでひどくないってば!


クラリスは片眉を上げて腕を組み、じっと彼を見た。


クラリス:お屋敷の中で迷子になったこと、思い出させようか?


ソウタは唇をすぼめ、返す言葉を失った。侍女たちは笑いをこらえて目をそらした。


ソウタ:……わかったよ。来てもいい。でも、変なことになっても口出ししないでよ?


クラリス:それは約束できないわね。


ソウタは深いため息をついた。最初から勝てる気がしなかった。


その後まもなく、ヴァン・アウレンハート家の馬車は、都へと続く石畳の道を力強く走っていた。両脇には木々が整然と並び、朝の風に揺れていた。かつてソウタが初めて見たときのような感動はもうなかった。彼は窓の外を黙って見つめながら、片手で頬を支えていた。


クラリスは向かいの席に座り、脚を組んで静かに彼を見つめていた。


クラリス:ずいぶん静かね。カエン・イツキに伝えたいことって、そんなに重要なの?


ソウタ:……わからない。でも、あの日感じたことが本当なら、あの人だけが答えをくれるかもしれない。


クラリスは少し眉を寄せたが、それ以上何も言わなかった。車輪の音と時折聞こえる鳥のさえずりだけが、沈黙の空間を埋めていた。



ついに馬車は、巨大な構造物の前で停まった。高くそびえる石造りの城壁が周囲を囲み、その奥には、まるで眠れる巨人のような本城が堂々と立っていた。


ソウタは馬車から降りて視線を上げ、思わず唾を飲み込んだ。


ソウタ:……ここ、どこだ?


クラリスは彼を見ずに数歩前に出て、落ち着いた声で答えた。


クラリス:カエン・イツキに会いたいって言ったのは、あなたでしょ。


彼女は迷いなく進み、城壁に設けられた小さな門の前に立つ数名の兵士たちの方へ向かった。正面にある豪華で巨大な門ではなく、少し離れた控えめな脇門だった。


そのすぐ近くでは、若い祓い師の二人が数名の騎士たちと会話していた。一人は黒髪で、長すぎず短すぎず、鋭い眼差しをしていた。特に目を引くのは、右目の鮮やかな紫色だった。


???:クラリス様!


もう一人はさらに背が高く、髪を後ろに束ねており、両手には包帯が巻かれていた。佇まいには静かな落ち着きがあり、まるで何か重い責任を背負っているような雰囲気を持っていた。


???:お久しぶりだな。


クラリス:ケンシン、レンジ。会えて嬉しいわ。


ソウタは彼らが誰なのか知らなかったが、彼らとクラリスのやり取りから、長年の知り合いであることがすぐに分かった。久々に顔を合わせた旧友のような、自然な空気がそこにはあった。


???:今朝のクラリス様は、特に綺麗ですね。


クラリスは慣れている様子で、礼儀正しく微笑んだ。しかしソウタは眉をひそめ、思わずその紫眼の青年に近づきすぎるほど距離を詰めた。ほとんど鼻先がぶつかりそうなほどだった。


ソウタ:お前……誰だよ。クラリスにそんなこと言っていいと思ってるのか?


レンジは一瞬戸惑ったように目を見開き、それから無邪気に笑った。


???:えっ? 君、誰だっけ?


ソウタは少しだけ距離を取り、きっちり背筋を伸ばして叫んだ。


ソウタ:俺はソウタ! ソウタ・ヴァン・アウレンハートだ!


クラリスは小さくため息をつき、ソウタの肩に手を置いて場をなだめた。


クラリス:ええ、彼がソウタよ。そしてソウタ、この子たちは精鋭の祓い師なの。紫の目をしているのがレンジ・カゼウラ、包帯を巻いてるのがケンシン・ダザイ。二人とも、カエン・イツキ直属の部下よ。


彼女は彼らをそれぞれ指しながら紹介を終えた。


二人は礼儀正しく軽く頭を下げた。


ケンシン:それで……今日は何の用だ?


クラリスは微笑を浮かべながら、顎でソウタを指した。


クラリス:彼に聞いて。


ソウタはまだ不機嫌そうにレンジを睨んでいたが、やがて真剣な表情に変わった。


ソウタ:カエン・イツキに会いに来た。


レンジは首をかしげ、柔らかな笑顔で答えた。


レンジ:今、カエンは不在なんだ。でも、俺たちが代わりに動いてる。話してくれれば、力になれるかもしれないよ。


ソウタは一瞬迷い、そしてうなずいた。


ソウタ:学園で起きた事件のことなんだ。


その言葉を聞いた瞬間、二人の顔つきが変わった。それまでの穏やかさは消え、視線が一気に鋭くなった。


ケンシン:……何を知ってる?


レンジ:覚えてること、全部話してくれ。


ソウタ:……もしかしたら、犯人が誰か分かるかもしれない。


レンジ:えっ……何て言った?


その言葉に、レンジとケンシンの目が大きく見開かれた。彼らの表情は一瞬で緊張に包まれ、その視線はソウタに鋭く向けられた。


ソウタは深く息を吸い、あの学園で出会った男について語ろうと口を開いた――その瞬間だった。


ケンシンの身体が一閃の如く動き、ソウタの口元をぴたりと手でふさいだ。


ケンシン:ここじゃダメだ。


クラリスは思わず肩をすくめ、驚きに目を見開いた。


ケンシンとレンジは無言でうなずき合い、すぐにソウタとクラリスに目で合図を送った。


彼らは小さな門を通って中へと入り、静かな石造りの廊下を抜けて城の奥へと進んでいった。やがて、重い扉を開けてたどり着いたのは、警備区域の一角にある会議室のような場所だった。


その部屋は分厚い石の壁に囲まれ、黒い旗が壁にいくつもかけられていた。唯一の高い窓からはかすかに光が差し込んでいる。天井には油ランプが吊るされており、揺れる炎が家具の上に淡い影を落としていた。空気には古びた羊皮紙と金属、そして訓練場特有の緊張感が混じっていた。


贅沢さは一切なかったが、完璧な秩序と見張りの空気に包まれた空間だった。


クラリスはソウタの隣に腰を下ろしたが、先ほどの空気をまだ引きずっているようだった。


レンジとケンシンは向かいの席に座り、どちらも真剣な表情を崩さなかった。


部屋の空気はぴんと張りつめ、まるでその場の空気そのものが、何か大きな話が始まることを感じ取っているかのようだった。


ケンシンは肘をテーブルにつき、両手を組んでソウタにまっすぐ目を向けた。


ケンシン:――それで。何を見た?


✍️ 作者のひとこと:

第11章、読んでくださってありがとうございます!

いよいよソウタの物語は、新たな局面へ――

カエン直属の祓い師たちと出会い、何が動き出すのか。

次回もお楽しみに!


特別イラスト

レンジ・カゼウラ ― カエン・イツキ直属の精鋭祓い師。

特徴的な紫の右目は、特殊な眼術の象徴でもある。


挿絵(By みてみん)

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