木々の間の叫び声
ソウタ: うっ…痛っ。
ソウタは頭を押さえながら地面から起き上がった。目の前には、優雅に、しかしどこか苛立った様子で立ち上がる少女がいた。
???: 前を見て歩いたらどう?
ソウタ: 本当にごめん。君が見えなくて…
???: 明らかにね。私はリシア・レンウォール。それで…ナイロを探してるの。
ソウタは戸惑いながら瞬きをした。
ソウタ: ナイロ?
リシア: 私の狐。数分前に急に走り出して、それっきり見つからないの。
ソウタは自分が次の授業に遅れそうなことを思い出し、進むべき道の方へ目をやった。
ソウタ: (やばい…遅れる…でも…)
少女の不安そうな表情を見て、彼は小さく息を吐き、静かに言った。
ソウタ: よかったら、一緒に探そうか。
リシアはちらりと彼を見て、数秒考えた後、小さく鼻を鳴らしてうなずいた。
リシア: あれだけ派手にぶつかってきたんだから、それくらい当然でしょ。
ソウタ: えっ!?それは事故だって!
リシア: …はいはい。じゃ、行くわよ。
二人は別れて、それぞれ学院内の異なる廊下を歩き始めた。ソウタは素早く進みながら、通路や角、教室の中を覗き込んでいた。歩を進めるたびに、心の中は思考でいっぱいになっていく。
ソウタ:(あの狐は一体どんな存在なんだ?霊獣?使い魔?…そもそも、どうして俺は手伝うなんて言ったんだ?…でも放っておけなかった。あんなに不安そうだったし…)
そう考え込んでいたせいで、周囲への注意が薄れていた。狭い廊下を曲がったその瞬間——
彼は誰かの肩に軽くぶつかった。
相手は自分よりも背が高い青年だった。黒いローブをまとい、フードで顔の大半が隠れていた。白い髪がフードの隙間からいくつか覗いている。ソウタはその顔を見ようとしたが、よく見えなかった。
男は立ち止まることも、言葉を発することもなく、そのまま歩き去っていった。
ソウタの体は硬直した。
何かを感じた。
圧倒的な重圧。胸が締め付けられるような感覚。冷たい何かが、自分の内側に這い込んできたような——
まるで深い奈落に落ちたような感覚。いや、それよりもさらに恐ろしい、奈落そのものに飲み込まれたような。
理由はわからない。ただ、体が震え始めた。喉が乾き、背筋にぞわりとした寒気が走る。
ゆっくりと、肩越しに後ろを振り返った。
ソウタ: おい…お前…一体何者——?
しかし、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
振り返ったときには、もうそこには誰もいなかった。
ソウタ:(幻覚じゃない。あれは…絶対に普通じゃなかった。)
次の瞬間、鋭くて耳を裂くような叫び声が響き渡った。
それはあまりにもおぞましく、あまりにも凄絶で、ソウタの背中をぞわりと這い上がるような悪寒を走らせた。血の気が一気に引いていく。
???: うああああああああああああああ!!!
体が勝手に動いた。考えるより先に、本能が「走れ」と命じた。
ソウタは全力で駆け出した。叫び声の方向へと。
廊下を駆け抜け、石造りの階段を駆け下り、講堂の前を通り過ぎて、校舎の側面にある扉を押し開けた——
そして、目の前に広がった光景を見た。
二本の大きな木に、それぞれ五つずつ。合計十の身体が吊るされていた。
学生の制服は真新しい血に染まり、その血はまだ腕や足、首筋から太い筋になって流れ落ちていた。地面には暗い赤の水たまりがいくつもできている。
中には、まだわずかに揺れている身体もあった。その動きが木の軋みと重なって、不気味な音を立てていた。
顔は苦悶と恐怖に歪みきっていた。顎が外れ、目は白目を剥き、舌がだらりと垂れている者もいた。風がその死体を揺らし、ゆっくりと左右に揺れていた。
地面には、血で描かれた大きな笑顔のような曲線。
まるで、吊るされた死体が“目”であり、血の線が“口”を成しているような。
その下には、同じく血で書かれた文字があった。
「ようこそ、祓い師たち」
ソウタは動けなかった。まばたきすらできず、体は完全に硬直していた。呼吸は荒く、断続的だったが、それでも彼の視線はその光景から離れなかった。
背後から足音が聞こえた。リシアがナイロを抱いて駆け寄ってきた。そして、光景を見た瞬間に、彼女もその場に凍りついた。
震えながら視線を逸らし、ナイロを胸に強く抱きしめる。その表情は恐怖に凍りつき、両手が震えていた。
遠くから他の生徒たちの悲鳴が聞こえ、教師たちも駆けつけてきた。
教師の一人が叫ぶ。
???: 生徒を下がらせろ!すぐに中へ戻せ!この場を見せるな!
他の教師たちは生徒たちの視界を遮り、小さい子を急いで抱えて下げたり、自らの体で視界を遮っていた。
その時、ソウタとリシアの前に一人の人物が立った。
黒いローブを広げるように両腕を広げ、まるでその光景を覆い隠すように立ちふさがった男——
ルーカン・ドレイモアだった。
数時間前に堂々と教壇に立っていたあの男。今、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。
ルーカン・ドレイモア: 見てはいけません、少年。
その声は、以前のような威厳に満ちたものではなかった。張り詰めたような、感情を抑えた声。その震えを隠しながらも、必死に生徒を守ろうとしていた。
その後まもなく、学院の校長が現れた。
普段は穏やかな顔をしている彼の表情は、紙のように青ざめていた。
抑えきれない緊張を隠すように声を張り上げ、教師たちに命じた。
「全生徒を寮に戻しなさい。保護者のいる者は、今日のうちに帰宅させてください。」
学院全体が混乱する中、生徒たちは次々と連れ戻され、静かに校舎は鎮まっていった。
リリェンが手綱を握る馬車が学院に到着したのは、それから間もなくのことだった。
ソウタは、王都にあるヴァン・オーレンハート邸へ帰ることを許された数少ない生徒の一人だった。
.....
馬車が邸宅の前に停まり、扉が静かに開かれた。
そこにいたのは、いつも穏やかで落ち着いた態度のリリェンだった。
だが今日に限っては、明らかに不安の色を浮かべていた。
リリェン:ソウタ…
彼女は一歩前に出て、まるで抱きしめようとするかのように腕を上げかけた。
だが、次の瞬間、その動きを止めた。
ソウタの表情を見て、今は触れてはいけないと悟ったのだ。
ソウタは何も言わず、無言のまま馬車を降り、邸宅の扉へと向かって歩いた。
リリェンはただ、その背中を静かに見守っていた。
……
邸宅の玄関をくぐったとき、ソウタはふと我に返った。
どうやってここまで来たのか、いつ階段を上ったのか、まったく記憶にない。
気づけば、屋敷の中を歩いていた。
心はまだ、あの中庭の光景に囚われたままだった。
そのとき、制服の袖がやさしく引っ張られた。
ニヴェル:ソウタにい…だいじょうぶ…?
そこにいたのは、屋敷で一番幼い侍女、ニヴェルだった。
いつもは明るく元気な彼女の目は、不安と心配に揺れていた。
その声はか細く、まるで答えを聞くのが怖いかのようだった。
ソウタは彼女をじっと見つめた。
そして、何も言わずにしゃがみ込むと、ニヴェルを強く抱きしめた。
あたたかく、現実にしがみつくような、必死な抱擁だった。
ソウタ:大丈夫…心配いらないよ。
そう言いながら微笑んだが、その声は少し震えていた。
それでも、腕の力だけは緩めなかった。
彼にとっても、今この瞬間が、必要だったのだ。
それから数時間が経ち、屋敷の中は静まり返った。
太陽が沈む頃、王からの命令により二人の王国騎士が邸宅に到着した。
ミラとヴェルカが丁重に出迎え、彼らを一階の応接室へと案内した。
まもなくして、ミラがソウタを呼びに来た。
ソウタは一階の部屋へ通された。
そのことを知ったクラリスは、許可も求めず彼に付き添った。
何も言わずにソウタの隣に座り、じっと彼の様子を見守っていた。
騎士たちは、冷静かつ丁寧な口調で質問を始めた。
王国騎士:手続き上のことです、ヴァン・オーレンハート様。ご協力をお願いします。
クラリス:ふざけないで!ソウタがやったわけないでしょ!見つけただけなのに、まるで犯人みたいな扱いじゃない!
ソウタは静かに手を上げ、もう片方の手を椅子の背に添えてクラリスに目を向けた。
ソウタ:大丈夫だよ…答える。
クラリスは口を閉じたまま、唇を強く噛みしめていたが、それ以上何も言わなかった。
ソウタは一つ一つの質問に落ち着いて答えた。
その声は静かだが、芯があり、揺るぎなかった。
心の中では、あの血まみれの光景がまだ鮮明に焼き付いていたにもかかわらず、感情に流されることはなかった。
最後の質問が終わると、騎士の一人がうなずき、記録用の巻物をしまった。
王国騎士:ご協力感謝します。また必要があれば、改めてご連絡いたします。
軽く一礼すると、二人の騎士はそのまま部屋を後にした。
……
クラリスは長いため息を吐いた。
騎士たちが出て行ったことで、ようやく体の緊張が解けたようだった。
腕を組み、視線を逸らす。まだ怒りが収まらないようだった。
クラリス:…ったく、なんでソウタが疑われなきゃいけないのよ。
ソウタ:本当に大丈夫。彼らも仕事をしているだけだから。
クラリス:それでも…
彼女の声が徐々に小さくなり、目線がソウタに戻る。
クラリス:……でも、やっぱり…あなたが見たものが、心配なの。
ソウタは少しだけうつむいた。
そして、静かに立ち上がった。
ソウタ:…少し休むよ。今日はもう寝たい。
クラリスは何かを言いかけたが、言葉にはせず、ただうなずいた。
……
夜の部屋。
月の光が窓から差し込み、床に淡い影を落としていた。
ソウタは着替えもせず、ただベッドの縁に座り、しばらく黙っていた。
目を閉じたが、なかなか眠れなかった。
何度まばたきしても、あの景色が脳裏をよぎる。
ようやく、眠りに落ちた——
しかし、それは安らぎではなく、悪夢だった。
……
森。
あの木々。あの血。あの空気。
吊るされた十の死体が、ゆっくりとこちらに顔を向けている。
白目のまま、口を開けて、言葉のない叫びを上げている。
そして、そのうちの一人が、ゆっくりとソウタの背後を指さした。
ソウタが振り向く。
そこにいたのは——
あの黒いローブの男。
動かず、立ったまま、顔をフードの奥に隠したまま。
顔は見えない。
だが、感じる。
あの重圧。あの冷たさ。
本能が叫ぶ。「逃げろ」と。
ソウタは叫ぼうとした。走ろうとした。
だが、体が動かない。まるで鎖に縛られたかのように。
そのとき——
男が口を開いた。
???:もう始まってしまったものを…止められると思っているのか?
その声は、底の見えない闇の奥から響くような、空っぽの音だった。
ソウタ:っ!!
……
ソウタは飛び起きた。
息が荒く、額には冷たい汗。
胸が激しく上下し、しばらく現実に戻れなかった。
彼はベッドに座り込み、しばらく黙ったまま、拳を握りしめた。
ソウタ:(あいつだ…あいつがやったに違いない。)
歯を食いしばり、両手に力を込めた。
ソウタ:(明日、もう一度王都に戻る。)
その瞳は、強い決意に燃えていた。
ソウタ:(必ず、あいつを見つける。)
✍️ 作者メモ
ソウタにとって、これが第一章の終わり!
これから彼を待ち受ける運命とは…?
あの謎のフードの男は一体誰だったのか?
ソウタの物語を、ぜひ最後まで見届けてください。
追伸
この章の終わりを記念して、ソウタの第一巻用の表紙イラストをお届けします!
彼の物語がここからどう進んでいくのか…楽しみにしていてください!
『エクソシストの転生』Vol.1 カバーアート
(作:アミエル・セゴビア)




