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この場所は、俺の知っている世界じゃない

事故に巻き込まれて命を落とした高校生・蒼汰。

目を覚ました先は、魔法と呪いが支配する異世界だった。

彼の中で目覚めたのは、「祓魔師」としての力。

世界の闇と戦いながら、少年は自らの運命と向き合っていく。

バニラシェイクは、ちょうどいい冷たさだった。


放課後の帰り道、蒼汰は片手にシェイク、もう片手にスマホを持ちながら、だらだらと歩いていた。

通い慣れた道。見慣れた夕焼け。変わり映えのない毎日。


「……また既読スルーかよ」

ため息混じりにスマホの画面をスクロールしながら、ストローを口にくわえて吸う。


交差点の信号は赤だったが、車の姿は見えなかった。

彼はイヤホンを軽く押し込み、何となく音量を上げた。静かな曲が、夕暮れの空気と混ざり合って心地よかった。


「……今日も疲れたな」


ふとスマホに通知が届いた。

『今日限定!シェイクセール開催中!』


「買ったばっかりなんだけど……」

小さく笑って、シェイクをもう一口。


その瞬間だった。


「きゃああっ! ぼくのふうせん!」


小さな声。高い、幼い声。


顔を上げると、目に入ったのは――

ピンクの風船を追いかけて道路へ飛び出す、小さな女の子の姿だった。


そして、遠くから――

大型トラックが、カーブを曲がってこちらに向かってきていた。


「ッ……!」


反射的にスマホを落とし、シェイクを投げ捨てる。

身体が勝手に動いた。


「危ないっ!」


女の子の腕を掴み、力いっぱい後ろに突き飛ばした――

その瞬間、視界が白く弾けた。


ガツン。

ドン。

耳の奥で何かが砕けるような音。


全てが止まった。


音も、光も、空気も。

ただ、闇だけが残った。

……痛み。


最初に感じたのは、それだった。こめかみに釘を打ち込まれたような鋭い痛み。そして、その次に感じたのは冷たさ。頬を伝う水滴。首筋にまで冷えが染みていた。 世界がぐるぐると回っていた。


蒼汰はゆっくりと目を開けた。光は弱く、黄色がかった炎の揺らめきだけが視界を照らしていた。空気は木の匂いと埃、そして少しの煙の香りが混ざっている。


「……風呂場?」


声がかすれている。口の中は乾いて、喉が焼けるようだった。


目の前には、汚れた鏡があった。角にひびの入った鏡が、石でできた洗面台の上に吊るされている。


それに映ったのは、自分の顔。


だが――服が違う。


学生服ではなかった。代わりに、厚手の布でできたシャツ、暗い色のズボン、短い革の上着。そして肩からは、少しボロボロのマントが掛けられていた。まるで中世の仮装のようだ。


「……なんだこれ」


震える指先でシャツの裾を掴む。重みも、手触りも、確かに現実のものだった。


目の奥がずきずきと痛む。 これは夢か? 事故のせいで昏睡状態にでもなったのか?


支えを探すように壁に手をつき、深呼吸をして扉を開いた。鉄でできた古びた取っ手。ギイ、と鈍い音が響いた。


扉の向こうには――小さな部屋。


木製のベッド、火が消えかけた暖炉、小さな机と水差し。使い込まれた家具たちが、整然と並んでいた。


病院ではない。救急車でも、見慣れたどこかでもない。


「どこなんだよ、ここ……」


呟きながら、慎重に一歩踏み出す。


部屋の外は木造の細い廊下だった。


右を見ると、突き当たりには窓があり、隣にもう一つ部屋があるようだった。左には、階段。


迷った末に、蒼汰は階段を下りることにした。


一段一段、きしむ音を立てながら下りていく。そのたびに胸の奥がざわつく。足元が、本当に地面なのかすら不安だった。


そして、下にたどり着いた瞬間。


――音の洪水。


笑い声、食器の音、異国の旋律。言葉も、音も、どこか違って聞こえた。


広がる空間は、酒場だった。


木造の広間。あちこちに吊るされたランタン。暖炉の炎が揺れている。


そして、その場にいるのは――人間だけではなかった。


狐耳と尻尾を持つ男がジョッキを片手に大声で笑い、猫のような目をした女が静かに給仕をしていた。


ライオンの顔をした巨漢が、白髭の老人と囲炉裏越しに話している。


そして、カウンターの奥には、首筋に鱗のある男がグラスを拭いていた。


蒼汰の呼吸が止まった。


一歩も動けない。足が床に縫い付けられたようだった。


――何だ、ここは?


頭の中に浮かんだその問いが、答えを得る前に吹き飛ばされる。


「わっ、起きたんだね!」


明るい声。そちらを振り向くと、耳と尻尾を持つ少女が駆け寄ってきた。


茶色の髪、大きな目、そして笑顔。彼女の尻尾が嬉しそうに揺れている。


「今朝、裏路地で倒れてたんだよ。怪我はなかったけど、すごく変わった服着てたし……。とにかく、部屋に運んで休ませたんだ」


言葉は分かる。でも、どこか響き方が違っていた。


「名前……覚えてる?」


その問いに、蒼汰は口を開こうとした。 だが、声が出なかった。


……名前。


知っている。自分の名前くらい、当然だ。


そう――俺は、蒼汰だ。


でも。


その名前すら、今はどこか遠いもののように感じた。


この見たこともない世界で。 この知らない空気の中で。


自分の足元が、現実に存在しているのかさえ分からなかった。


――ここは、俺の知ってる場所じゃない。


そう、誰に言われるでもなく、蒼汰は悟った。

――これは夢だ。 そう思いたかった。 でも、冷たい風も、異形の人々も、この胸の鼓動も…… 全てが、あまりにも現実だった。

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