07 同窓
カランカラン、と耳慣れた音を頭の上に聞きながら、私が最初にしたのはお店の中を見回すことだった。
「あ、サラ。こっちこっち」
でも、私が見つけるよりも、向こうが見つける方が早い。
マーガレット、と名前を呼びながら、傘を畳んで私はその席へと歩いた。
街の喫茶店だ。特別な場所ではなく、学生時代にも帰り道に寄っていたようなお店だけれど、どこかで待ち合わせをしようと二人で話し合ったら、結局ここに決まってしまった。紅茶の香りが染みついて、雨粒を窓が流れていくのが切なくて、ケーキが甘くて美味しいお店。
先に来て待ってくれていたのは、かつての同級生のマーガレットだ。
すでにお皿を一つ開けていて、紅茶は二杯目らしい。私も「同じものを」と店員さんに頼んで、席に着いて、ようやくお互い向かい合う。
「なんか、都会っぽくなったね」
「なってないよ」
数ヶ月も経ってないんだから、と彼女は笑う。偏見か、と私も笑った。
去年、私の同級生たちは学校を卒業して、みんな様々な進路を歩むことになった。私みたいに地元に残った人もいれば、地元に残らず、たとえば領都に出て就職した人もいる。
マーガレットは、領都に出た一人だ。
今は、そこで一番腕の良い仕立て屋で働いている。
「でも、びっくりしちゃった」
早速やって来た紅茶とケーキがテーブルの上に並べられる。彼女は、しみじみとした口調で言った。
「話を聞いたときも、本当かなって疑っちゃったもん。これを見ると、本当のことで間違いないみたいだけど」
言いながら彼女が見たのは、その並べられたケーキだ。
やたらに大きいし、パウダーを使ってこんな文字が書かれてもいる。『我らが聖女様に捧ぐ』……ちらっとカウンターの方を見ると、学生の頃から馴染みのマスターが、こちらにパチンとウインクをしてきた。
半分こにしよう、とナイフを使って切り分ける。その間にマーガレットの二杯目のお茶も来て、
「私が一番びっくりしてるよ。なんで私なのって……あ、そうだ。その前にちょっとだけいい?」
「本題の方?」
うん、と頷くと、もちろん、と彼女も頷き返してくれる。えっとね、と私が鞄から取り出したのは、公爵から渡されたアンケートだ。
好みの色とか、服装の種類とか、そういう質問事項が並べられている。
「素直に答えてくれればいいとは言ってもらってるんだけど、やっぱりいざ儀式の場所ってなると、色々気を遣うところもあるでしょ。相談に乗ってもらえたらと思って。ありがとね、こっちまで来てくれて」
「いいよ、全然。これ、ほんとは仕事も兼ねてるし」
あれそうなの、と訊くと、そりゃそうだよ、と彼女は答えた。
「今の公爵様って、実力重視だから。うちにもう仕立ての話が来てるんだ。職場の人も私がサラと友達だってことは知ってるし、相談を受けたって言ったらもう今すぐにでも行ってきちゃってって。だから今回の帰省、経費で落ちちゃう」
でも、とマーガレットはアンケート用紙を見て、
「本当に素直に答えてもいいと思うよ。今のところだと、ほら。まだどういう曲をやるかも決まってないんでしょ」
「うん」
「どうせ」
「『どうせ』は要りません」
あはは、と楽しげに彼女は笑う。だってさ、と、
「よりにもよってじゃない? よりにもよって聖女に選ばれたのがサラっていうだけじゃなくて、サラにとってもそうでしょ? 他のことなら何でもできるのに」
本当に、と頷きながらケーキを口に運ぶ。ここのケーキはいつ食べても「こんなに甘くて美味しいものを食べて大丈夫なんだろうか」と不安になるくらいに美味しい。
「今でも何かの間違いなんじゃないかって思う。いざ儀式って意気込んで行って、女神様に『お前じゃない』って雷でも落とされたらどうしようって、この間、夢まで見た」
「そのときは一緒に笑ってあげる」
「どうもありがとう」
そういうわけだから、と彼女はアンケートを手のひらで触って、
「どういう曲をやるのかとか、どういう雰囲気でやるのかとか、まだそういう段階にまで話が入ってないなら、やっぱりどういうドレスにするかも決められないよ。今のところは、どういう色の方向性があるかとか、布の好みはどうかとか、お店の方であらかじめリサーチしてるだけ。いざというときに材料が調達できませんじゃ困っちゃうし」
「じゃ、本当に好きに書いちゃっていいんだ」
「そう。はい、それじゃあお客様。好きな色は何色ですか。できれば複数お願いしまーす」
その他にも、マーガレットはお店から持ってきてくれたらしい見本やスケッチを鞄から出しながら、今の流行りはとか、伝統的に使われてきたのはとか、そういうことを説明しながら、私の代わりにアンケートを埋めてくれる。
紅茶をもう一杯頼む頃、もう一つくらいなら半分こでケーキを食べるのもアリだという話になった頃、ようやく一段落が着く。
「よし。それじゃあこれを持って帰って、聖女様の腰巾着として新人ながら大出世しちゃおうかな」
「かえって出世の妨げになるよ。多分、歴代でもかなりひどい聖女になるから」
「今からそんなに自信ないの?」
「自信の根拠になるものがないでしょ」
事実を淡々と、私は告げた。
紅茶にもう一杯砂糖を入れたくなるくらいだ。ティースプーンでカップの中身をくるくる回す。大きな溜息が出そうになる。
「そうかな」
とマーガレットは言った。
「歌とダンスはともかく、私はサラが聖女様って聞いたら、納得いくけどな」