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04 独創的?



 噂では聞いていたけれど、ここまで美しい人だとは思わなかった。

 だって、そもそも公爵様を目にする機会なんて平民にはほとんどない。その見目について語るのは、たとえば成人式に遥々出向くような、そもそも公爵様のファンになっているような人だけ。


 だから、大袈裟に言っているのだと思っていた。

 でも、全然大袈裟じゃなかった。


「ウィンスカーレ公爵、アダンだ」


 黒い髪も黒い目も、まるで見も知らない秘境の洞窟の奥地から切り出してきた、宝石のようだった。目鼻立ちもくっきりと整って、その上、肩の幅を見れば体格も良いものだから、動く彫像のようにすら見える。


 なるほど、と私は思った。

 この人が素晴らしい衣装を着て成人式の場に出てくれば、それは会場は大盛り上がりだろう。


「サラでございます」

 向こうが立ち上がって挨拶をしてくれたのだから、私の方でもしっかりするべきだと思った。名を告げて、礼をする。


 ほんの少し、驚いたように公爵は目を見開いた。


「平民だと聞いていたが」


 思いの外、その挨拶が上手くいったらしい。

 私はほっと胸を撫で下ろしながら、はい、と答える。


「生まれも育ちもここ、ウィンスカーレ領です。公爵様の日頃のご治世のおかげで、これまで豊かに暮らしてまいりました。この場を借りて、深く御礼申し上げます」


 けれど、それはあまり公爵としては想定していないやり取りだったらしい。

 ほんの少し、彼は考え込むように目を細める。それから、ぱっと手の甲で空気を払うようにして、


「そう格式張る必要はない」

 と言った。


「記録を紐解いてみれば明らかだが、女神様は聖女の選定の際、その身分を気にされていない。そして貴族と平民では、明らかに平民の方が数が多いのだから、聖女も平民である場合が多い。ゆえに、すでに君のような人物が聖女として選ばれた場合の手続きについても、ある程度こちらで確立している」


 つまり、と彼は手を広げて、


「王宮に行く頃には多少の礼儀作法は備えてもらうが、それ以外は君自身にとって自然な振る舞いを取ってもらって構わない。重要なのは君が貴族に気に入られることではなく、つつがなく儀式をこなすことであり、その他のことは全てこちらで対応すべき些事に過ぎない。私の――俺のことも、同じく平民だと考えるくらいでちょうどいい」


 無茶言うなあ。

 これだけ貴族然した人を相手に、平民同士のように砕けた調子で話すというのもかえって難しいものがある。でも、私が気にすべきなのは儀式の成功であって、それに集中するべきという考え方も理解できた。


 女神様に選ばれた聖女は、その土地を治める貴族に、儀式までの日々を世話してもらうことになっている。


 春に選ばれ、儀式は秋。慣れない場で半年は付き合う相手なのだから、ある程度は寄り掛かることも必要だろう。実際、公爵は若くして治世を任されるだけあって実務家気質だとも聞くし、今の言葉も本音のはずだ。


 だから私は素直に、わかりましたと頷く。うむ、と公爵も頷く。

 それから彼は、さて、と言って、


「早速だが、ついてきてくれ」

 私に手で合図をして、廊下に出ていった。


 言われた通りについて行く。それにしても、眩暈がするくらいに大きな館だ。今は先代も夫人と共にご隠居されてこのあたりにはいないとのことだけど、それなら公爵はこの広い家で使用人と共に一人暮らしなのだろうか。夏はいいけれど、冬は何となく、寂しさが募る広さな気もする。


「ここだ」


 余計なことを考えていると、公爵が足を止めた。

 扉一つとっても立派だ。彼は両開きのそれを開ける。長い足でかつかつと、その部屋の奥に進んでいく。


 ものすごく嫌な予感がする。

 公爵が蓋を開けたとき、その予感が確信に変わる。


「まずは現時点の実力が見たい」


 そう言って、公爵は椅子に――つまり、蓋を開いたピアノの前に座った。


「知っているとは思うが、聖女の儀式とは端的に、『歌って踊る』ものだ。君にも普段の生活がある以上、せめてこの期間はできる限り負担をかけないように努めたいとは思っているが、ある程度のレッスンは――っと。いきなり畳み掛けても混乱するか」


 状況をシンプルにしよう、と公爵は、


「不躾で悪いが、歌って踊ってみせてくれ」

「……なるほど」


 状況をシンプルにされて、私は逃げ場がなくなった。

 学校の補助教員をやっていると聞いた、と公爵が言う。それなら合唱にも使われるこの曲なら知っているんじゃないか、とピアノの上で軽快に指を踊らせる。はい、と私は答えざるを得ない。よし、と公爵が頷く。


「準備ができたら言ってくれ。始めよう」


 準備なんて、多分一生できない。

 それからの記憶が、しばらくない。


 気付いたら立ち位置が変わっていたし、息も切れていたから、多分歌って踊ったんだと思う。公爵も、もう手を止めていた。手を止めて、私を見ていた。


「今のは、」

 呆然としていた。


「独創的だが、そういう芸術か……?」


 だったらどれだけ良かったことか。

 イズィさんが言っていた「何でもできる」なんて、とんでもない誤解だ。私はもちろん、得手も不得手も普通にある。


 得手はともかく、不得手が何かと問われれば――



「歌もダンスも、全然ダメなんです……」



 言葉を失う公爵様。

 私もそれ以上は何も声に出せなくて、代わりに心の中でもう一回、女神様に言っておく。


 どうして私にしたんですか?



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