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33 ご。



 ステージの上っていうのは、結構孤独なものらしい。

 そういうことを私は、ここに来て初めて知った。


 女神様の光が強すぎるからだ。聖女を観客に見せるためには、この夜に、大きな明かりがいる。そして明かりに照らされると、よく見えるのは自分の周りばかり。目が上手く、暗いところを捉えられなくなる。


 観客が、暗闇に紛れて見えなくなる。

 不安を感じたのは一瞬だけだ。すぐに私は、こう思い直す。


 きっと、これでいいんだ。


「――――」


 歌い出しは、本当に綺麗に音が乗った。

 自分で自分に驚いたくらいだ。たった半年前は、こんな風に自分が大勢の人の前に立っていることも想像できなかったけれど、それ以上に、一生縁のないまま過ごすだろうと思っていた歌が、こうして自分の喉から出てきていることが信じられない。


 喉と、お腹と、肺と、姿勢と。


 鍛え上げたとか、研ぎ澄ましてきたとか、そういう大仰な言葉は流石に使えないと思う。

 ネアネイラさんや、彼女が抱える楽団、それから色んな街角で音楽を奏でて仕事にしている人たちに比べれば、私の積み重ねなんて、ほんの紙切れ一枚程度のものに過ぎないはずだ。今まで避けて通ってきた分、ひょっとしたら、半年をかけてようやく人並くらいのものかもしれない。


 でも、頑張ったから。

 人前で奏でても、そんなに恥ずかしくないものくらいにはなったと思う。


「――――」


 ダンスは、蓋を開けてみれば歌よりもずっと楽だった。

 衣装に慣れるのに時間がかかったくらいで、後はそこまで苦戦したところもない。元々、学校でも運動は結構得意な方だった。それなのにあんまり人に教わるのは得意じゃなくて不思議だった……けど、やっぱりこれも、練習する中でわかってきた。多分、このときも人とはリズムが違っていたんだと思う。


 今は、自分のリズムで踊れている。


 腕を振って、足を伸ばして、音に合わせて揺れたり、舞ったり。こんなに楽しいなら、変に遠慮しないでもっと早くからやっておけばよかった。ちょっとした疲労だって、こんなに楽しいことをしてたらどこかに行ってしまうに違いない。


 練習通りにできている。

 それを確かめて、私は欲張りになった。


「――――」


 相変わらず、客席の顔は一つも見えなかった。

 初めての体験だ。そして多分、この状態が解消されることはない。ずっと光を当てられているから、いつか目が慣れるかもなんてことも期待できない。


 だから、好都合だった。

 私は、昔に聞いた言葉を思い出している。


 心を込めて歌いましょう。

 一度できたことなら、二度目だってきっとできるはず。


 瞼を閉じるまでもなかった。もう、客席のことはろくに見えなくなっている。普段が見えすぎるくらいに見えていたから、かえってそのことがはっきりわかる。


 無理やり忘れようとしてみれば、誰がどこに座っていたのかだって忘れられる。


 忘れてみた。

 どこにいたって、届けられるように。


「――――」


 私はもちろん、ちょっとくらいは考えている。

 どうして自分が聖女に選ばれたんだろうっていうことを、今でも。


 多分、大した理由はないんだと思う。それこそ、あのときにちょっと接した女神様の感じからすれば、「何となく面白いことになりそうだったから」くらいの軽い気持ちだったのかもしれない。でも、理由がないならないで、自分でその『意義』くらいは作りたくなる。


 人に胸を張って言える何かが、一つくらいあればいいと思う。


 そういう気持ちを込めて、声を出してみよう。


「――――」


 全ては徐々に、良くなっていく。

 そうだったらいいなって、私も思うよ。


 苦手なことを、人の力を借りて、ちょっと頑張ってみた。それなりの形になった。そのことが誰かの背中を押せたら、何かの希望みたいに見えたら。そうなったらいいなって、私も思うよ。


 私はそんなに、大した人じゃない。

 私以外の誰だって、聖女になる資格はあったと思う。


 歌もダンスも苦手だったし、優柔不断だし、折角国を挙げての行事をやっているときなのに、関係ないことであたふたしてばっかりいたし……客席に座る誰が代わりにこの場所に立っていたって、何もおかしくなかったと思う。


 それでも。


 それでも、この客席にいる全ての人たちが。

 この歌が届かない場所にいる人たちも含めて、全員が。


 幸せになったらいいなって、本気で思って、歌に込めてみる。


 歌は最後の八小節。いきなり上手くはなったりしない。練習通りに、それに少しだけ心を込めて、丁寧に。


 ダンスは、ピアノの音色に合わせて消えるように。人の心に余韻を残す……なんてやり方はわからないけど。子どもたちを寝かしつけるように。この舞台を見た皆が、良い思い出として、夢の中に持って帰れるように。


 音は、静かに、静かに。

 夜の空気に消えていく。


 誰も、動きはしなかった。声を上げることもしなかった。私は光の中で立ち止まる。照らされているうちは、聖女のまま。星に願いをかけるように、もう歌うことも踊ることもなく、ただ心の中で、数を数える。


 いち、にい、さん、しい、



 ご。



 光が消える。


 割れんばかりの拍手に、身体を包まれる。


 半年くらいの努力の成果にしては、過分なものを貰っちゃったなって。

 私は、暗がりの中でちょっとだけ笑った。



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