03 公爵登場
それからは、てんやわんやだった。
まず、街がお祭り騒ぎになる。私はその真ん中に引っ張り込まれて、口々にお祝いの言葉を告げられる。それを聞いて両親も家から駆け付けてくる。そして、流石は私の家族を二十年近くやってきてくれた人たちだと思う。目線で、こう問いかけてくれる。
大丈夫なの?
全然、ダメ。
でも、まさかその場で女神様に「私じゃない人に替えてください!」とも言えないし、言ったところで聞いてくれるとも思えない。あれよあれよとお祝いムードの街に巻き込まれて、校長先生からも「サラさんはそっちに集中してくれていいからね」とそれはそれで頼りにされていないような気がして微妙な気持ちになることを言われつつ、私は流されるがまま。
今は、大きな門の前に立っている。
おぉ、と思わず顎を持ち上げてしまった。
「サラ様ですね」
「はいっ」
「念のため、招待状を拝見できますか」
私は鞄を探って、数日前に家にまで送られてきたそれを、門の前に立つ男の人に手渡した。
ここは、公爵邸だった。
私が住んでいる国には、王様がいる。そして、それを助ける貴族もいる。公爵様は、ざっくりと言ってしまうとその貴族たちの中で一番偉い。歴史の授業をするなら、古くはこの国の領土はいくつもの小さな国家に分かれていて、それが商業圏を形成するにつれて言語や輸送路を共有するようになり、やがてはこの一帯を一つの王国としてまとめてしまった方が外交の便も良くなるだろうと、いくつもの会議と条約と宣言の末に、今の形態に至った。
そしてその一連の運動の中で中心的な役割を担ったことから、この一帯を治めていた古い国の王は新しい国で副王としての地位を受け、やがてそれが貴族制度の整備とともに現在の公爵家へと繋がっており――
「はい、拝見しました。遠路遥々当家までお越しいただき、大変ありがたく存じます。聖女サラ様」
丁寧な言葉遣いに、私はかえって恐縮してしまった。
公爵家の執事ともなると、そもそもその人自体がそれなりの家格の人であることも多いと聞く。一方で私は、平々凡々。公爵領の穏やかな街で育った、平民の娘だ。こんな風に恭しく接される経験なんて、ほとんどない。
公爵家だって、こんなことでもなければ訪れる機会はなかったと思う。
「では、早速こちらに」
そう言って招かれた先の光景の、なんと整ったことだろう。
豪奢という印象がないのは、多分公爵領全体が持つ気風によるものだと思う。それでも、まず外門からお屋敷の中に入るまでの距離の長いこと長いこと。その間をたくさんの庭木と、さりげなく設えられた庭池が埋めてくれる。春だけあって咲く花も色鮮やかで、よほどの庭師たちが日々、ここで働いているのだろうと思わされる。
建物の中に入ってからは、もっとすごい。
美しい自然なら普通に暮らしていれば見る機会にも恵まれるけれど、美しい人工物というのはなかなかそうじゃない。扉、廊下、置かれた壺に窓の装飾、壁紙から天井の高さから何から何まで、まるで別の時代の別の国に来たような気持ちになる。
「公爵様のことは、どのくらいご存知ですか?」
目を奪われていると、前を行くその人が訊いた。
「お名前と、年齢くらいは。成人式をやってらっしゃいましたから」
「では、評判は」
「どう、と……」
言われても。
これはまさか、何か聖女に関わることを試されているのだろうか。勘繰りたくなるけれど、勘繰っただけで何かの正解を導き出せるほど貴族社会や聖女周りの儀式に詳しいわけじゃない。
当たり障りなく、知っていることを端的に答える。
「ご先代のお早い引退にもかかわらず、素晴らしい内政のご手腕だと聞いております」
実際、そのとおりだとも思う。
私とそんなに年も変わらない人なのだ。こっちが「やりたいことが見つからない」なんて言ってふらふらと暮らしている一方で、向こうはこれだけ広い土地を治めて、目立った失敗もなく、むしろ先代よりも評判良く噂されていることも多い。
すごい人なんだろうな、とはずっと思っていた。
「つっけんどんで近寄りがたいとか、そういうことは?」
だから、そうして執事の彼が続けたことには、虚を突かれた。
「え?」
「初対面ではそういう誤解をされやすい方なので、あらかじめご説明差し上げた方がと思っていたんです。しかし、流石は聖女様。すでに公爵様のことを深くご理解いただいているようで、余計なことを申し上げてしまいました」
さ、とその人は足を止める。
振り返った彼の顔は、特に悪意があるわけでもなければ、こちらをからかったわけでもなさそうだった。澄ました表情をして、優雅に頭を下げる。
「こちらでございます」
ノックをする。聖女が来た、とその人が告げる。入れ、と声が返ってきて、扉が開く。
その部屋には、公爵様が座っていた。