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ロマンとの出会い 絶望の言葉

 外が騒がしい。

 周りの住人の生活音で気分を害されたくなくて鉄筋コンクリート造の家に住んでいるのにこれじゃあ意味がないじゃないか。なんて思いながら目を覚ました。


 騒がしいのは当たり前だった。

 だって、今俺がいるのは目に見えて隙間のある木造建築だったから。



 俺は昨日この世界になぜか転移して、わけもわからないうちにこの世界の住人に導かれてこの家で気づいたら寝てしまったのだった。


 今は何時なのだろうか。そもそもこの世界に時計なんてものがあるのか。

 とりあえずこの部屋に時計らしきものはなかった。

 

 そういえばこの部屋に入ってそのまますぐ寝てしまって何も思わなかったが、来客用の部屋のくせにずいぶんと手入れが行き届いている。普段から来客が頻繁にあるのかもしれない。

 ヘルハンドは警備隊長らしいし、部下を泊めることがよくあるのかもな。


「お?」


 声がした部屋の入口のほうを見ると、金髪に銀髪が少々混ざった五十代ぐらいのマッチョが顔をひょこっと出してこっちを見ていた。

 ヘルハンドだった。昨日は甲冑の隙間から見える目しか見えていなかったが、今日は甲冑をかぶっていないせいで一瞬だれかわからなかった。が、奥からアイリの声でマッチョに向かって隊長と呼んでいる声が聞こえたおかげで目の前の銀髪交じりの金髪マッチョおじさんがヘルハンドだと分かった。

 どうやら朝食らしい。アイリが準備をしてくれているようだ。


「起きたならこっちの部屋に来なさい。一緒に朝飯を食べよう」


 俺は礼を言いつつベッドから起き上がった。足回りと股関節がものすごく痛かった。

 ほとんど引きこもりのような生活をしていた人間はまともに整備されていない道を少し歩いただけで筋肉痛になってしまうらしい。

 それよりも馬にまたがっていたからか、股関節が妙に痛い。それほど長い時間は乗っていない気がするが、慣れないことをすると体はついていけないようだ。

 まあそのうち治りそうな程度の痛みなのでとりあえず朝食をいただくことにする。



「おはよう」

 

 部屋から出たらアイリが声をかけてくれた。俺も挨拶を返しながらテーブルに並べれている朝食を眺めて少しほっとした。

 昨日の数時間でこの世界の文明レベルが自分の知っている世界よりもだいぶ低いと感じていたこと。

 そもそもこの世界は食文化にものすごい違いがあるかもしれないと思っていたこと。

 この二つの不安はとりあえず食に関しては杞憂だったようであった。


 テーブルにはフランスパンっぽいやつ、緑黄色野菜ベースのサラダ、ベーコン(らしき肉)エッグ、といった見知った料理らしきものが広がっていた。


 食事をいただきつつ、昨日の続きで気になっていることなどいろいろ話をした。

 ヘルハンドはあの後、昨日発生した青白い光の柱について、俺についてを町長にすべて報告したらしい。警備隊長の仕事としては当たり前だが、俺の立場がまだよくわからない以上、町の長に俺の存在を知られたことが吉と出るのか凶と出るのか想像しにくい。

 寝ている間に拘束されたり殺されたりしていないってことは敵対はせずに済みそうだ。


 朝食をごちそうしてくれている時点でこの二人は間違いなく信用していいだろう。というかこの二人を信用しないと俺はこの世界で何もすることができない。この二人が仮面をかぶって俺をだまして何かを企んでいるわけではないことを祈るしかない。


 時計があるかについても聞いてみた。時間がわからないと精神的に不安になるものである。できれば俺の世界と同じような時計があるといいなあなんて思っていた。


「もちろん時計はだれにでもあるさ」


 ヘルハンドが少し引っかかる言い回しで答えてきた。同じ言語を使っていても違う世界、違う文化の中で使われているから、少し言葉の使い方も変わってくるのだろうか。誰にでもあるってのは違和感のある言い方だ。


 するとアイリがぶつぶつと口の中で何かを唱えた。アイリの左手のひらから黄色い光の粒子のようなものが少しずつ出てくる。その粒子がそれぞれの定位置に向かって整列されていく。アイリの唱えていた呪文のような何かが言い終わるころ、光の粒子は固まって一つの構成物となっていた。

 時計だった。


「嘘だろ……」


 開いた口が塞がらない。

 間違いなく魔法とか、魔術とかそうゆう類の何かだった。


「お?なんだその反応。これが見えてるのか?」


「そりゃこんな目の前で見せられたら見えるに決まってるだろ?」


 おかしなことを言うやつだ。目の前で手が光って、何もなかったはずの場所に突然光が集まるとか、非現実的すぎることが起きて目をそらせる奴などそういないだろう。


「お前魔術が見えているのか、聞いてる話と違うみたいだな」


 どうやら本当に魔術らしい。

 気づいたらさっきまで黄色い光の粒子で構成されていたはずの時計が金色の懐中時計のような物体に変化していた。

 訳が分からなくてどこから何を質問すればいいか頭の中で考えがまとまらない。


 ……見えないのが普通なのか?


「時計の見方はわかる?今はだいたい朝の8時頃ね」


 はいっ、といいながらアイリが俺に時計を見せてくれた。

 突然距離が近くなって反射的にちょっと体がアイリをよけるように左側に傾きかけたが、全身に力を入れてぐっと抑えた。

 差し出してくれた時計を受け取ろうとしたが、俺の右手は文字盤をすり抜けて時計を触ることはできなかった。どうやらこの時計は物体のように見えるが触ることができないらしい。不思議だ。目の前に確かにあるのに触れようとしても空気しか感じない。

 よく見るとアイリが時計を手でつかんでいるように見えるが実際は手に触れていない、手のひらに無数の光の粒子が集まり一つの形を構成しているようだ。その証拠に、アイリが左手を動かすと、わずかに時計の細部が残像のように動いていた。手の動きに光の粒子が少し遅れて追従しているのだ。



 ドラゴンがいた、そもそも異世界に転移なんてことが起きている時点で俺の知っている世界の法則を超えた何かの存在を疑う必要があったが昨日はそれどころじゃなかったし、街中でも魔術らしきものを使っている人は見なかった。

 

 魔術が存在する。

 ドラゴンが存在する事実なんかとは比べ物にならない興奮が沸き起こった。

 空を飛ぶ自分の姿、手のひらから水やら炎やら雷やらを発生させる姿を想像しない子供時代を過ごした人など存在しないだろう。

 何もないところから時計を作り出すなんて、水を出すよりも難しそうに思う。想像でしかないが。

 もしかしたらこの世界でなら自分の想像をすべて実現できてしまうかもしれない。

 

 だが、そもそも俺にも魔術が使えるのかどうかわからない。異世界から来た人間には魔力がないとかで使えないなんてこともマンガなんかじゃよくある話だ。俺が時計を見ることができているのが予想外みたいな反応をしていたのも気にかかる。俺にも使えるのか確かめてからじゃないと真に喜ぶことはできない。


「俺にも魔術は使えるのか?」


 早速聞いてしまった。この返答で俺の運命が大きく変わる。そんな気がした。


「いいえ、ごめんなさい。ほとんどの異界転移漂流者には魔術を使う素養はないといわれているわ。」


「。。。」


 俺は都合のいい展開ってやつとは無縁な存在らしい。

 この世界でなら楽しく過ごせるんじゃないか。魔術のための勉強ならいくらでもできそうなぐらい楽しみだったのに。ぬか喜びさせられた。そんな気分だ。


「だが、カンザキ、お前はアイリの時計を認識することができた。異界転移漂流者にはこの世界の住人が当たり前に持つ素養を持っていないがために魔術を使うことができない。と同時に魔術、さらには魔術に必要な魔力そのものすら認識できないらしい。」


 なに?魔術を認識できない?だから俺に時計を見ることができていることに驚いていたのか。

 だが俺にはアイリの時計がはっきりと見えている。今もアイリの左手には金の懐中が握られている。ように見える。何ならその懐中を構成している光の粒子まで見えている。きっとこの粒子が魔力なんだろう。

 普通の異世界人には認識できないはずのものを俺は認識できている。俺にも魔術を使える可能性があるのではないか。


 俺はまだあきらめきれない。男のロマンの塊がそこに存在しているというのに簡単にあきらめるほうがおかしい。


「じゃあ俺にも魔術を使える可能性があるってことか?」 


「わからないなぁ。俺たちも異界転移漂流者には初めて会ったからな。ただ魔術を認識できるということはお前には魔力界が存在するということかもしれないな」


「私は魔術学校で魔力界を生まれたときから持っていることで魔力を認識し、魔力を利用して魔術を発動させることができると習ったわ。けど、異界転移漂流者にはほとんどの場合魔力界を持っていないから魔術を使用できないそうよ。」


 二人が言っていることのほとんどは理解できる。やっぱり異世界の住人は魔術を使用できないのが当たり前ってことだ。しかし、「魔力界」ってのだけは何のことかわからない。魔力の世界?魔力が存在する世界という意味だろうか。その世界を持っているかどうかというのもよくわからない。世界を持つというのは直感的に理解できるような表現ではない。


「まあもしかしたらあなたは例外の可能性がまだあるけどね。」


 お?もしかしてさっきからアイリが、ほとんどの場合、って言ってるやつのことか?俺はそのほとんどに入らない異質な存在ってことなのか?魔術使えるのか???


「昔の文献にすら載っていないほど大昔の時代に、異世界から来たといわれている魔術師がいたっていう口伝があるらしいわ。私もこれについてはよく知らないけど魔術大学の同期の子が歴史好きで、今の話をしているのを聞いたことがあるわ。なんで魔術が使えたのか、そもそもほんとに異世界から来たのか、そんな魔術師が本当に存在したのか、すべてわからない話だけどね。あまり期待しないほうがいいと思うわ」


「そうか、俺もせっかくなら使ってみたいんだけどな」


 確かにアイリが話してくれた内容には信用できる部分が一切ない。だが、今の俺にとって一縷の望みであることに違いない。その魔術師が本当に存在したならば、俺にも魔術を使える可能性があるかもしれない。使えるといいな。


 魔術があることに興奮して忘れかけていたが、俺は正直元の世界に帰りたい気持ちはある。確かに俺は人生がうまくいっている方ではなかったが、だからと言って簡単に投げ出せるような人生でもなかった。帰れるなら帰りたい。

 けど、魔術が使えるかもしれないならちょっとは使ってから帰りたいな。


 そういえば、魔術があるということは俺はやっぱ魔術によって転移させられたということなのだろうか。だとしたらやはり変える方法はありそうだな。


「なあ、もしかして俺は魔術によって転移させられたのか?だとしたら魔術を使って元の世界に戻ることもできたりするか?」


 俺は内心魔術による転移だと確信していた。簡単に元の世界に戻れそうだとホッとしていた。


「いいえ、異界転移漂流者なんて呼ばれ方をしているけれど、あなたたちは転移というよりも漂流をしてこの世界に迷い込んできてしまった人たちなのよ」


 うっそだろ。魔力がある世界で、魔術が存在する世界で?

 転移方法が魔術じゃないなんてことあるのかよ。魔法陣とかで召喚して転移したんじゃないのか。


「詳しく原理が解明されているわけじゃないけど、時空に歪みが生じて、本来ものすごく遠くの世界であるはずの、あなたたちが元いた世界と、この世界がつながってしまうことがあるの。そのわずかな歪みに迷い込んでしまった人々があなたのように異界転移漂流者と呼ばれているの」


「残念だが、魔術の中にカンザキが元いた世界に転移することができるようなものはないはずだ。だからこの世界に来た異界転移漂流者たちはこの世界で新たに生きていくしかない。申し訳ないが俺たちにお前を送り返してやる方法はないんだ。」


 アイリの話してくれた原理については全く頭に入ってこなかった。ただ、ヘルハンドの言葉は妙に頭に入ってきた。


 元の世界に戻れない。

 この世界で……ここで生きていく……のか…。


 いろいろと楽観視していた気がする。まだまだ理解不能なことに頭が追い付いていないとはいえ、どうせ簡単に帰れる方法があると思っていた。魔術と聞いて浮かれていた。


 だがいくら真剣に帰ろうと思っていたとしても結果は同じだ。

 俺は帰ることができないのだ。

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