第二話 全身甲冑騎士の自白
「派手にやりましたね、カレン」
「……面目次第もございませぬ、お嬢様」
与えられた客間で、私とカレンは夜のお茶を嗜んでいた。
しかし、彼女の顔色は優れない。
家族に対して暴言を吐いたことを悔やんでいるらしい。
随分威勢のいい啖呵だったのだし、誇ってもよいと思うが、家族関係とはそのぐらいナイーブでプライベートなものなのだろう。
「私が言えた義理でもないですが、家族は大切にしておく方がアドバンテージがあります」
「お嬢様の完全に割り切った本音、時折そら恐ろしくなることがございます……」
「冗談です」
「……本当、おやめください。お嬢様に冗句のセンスはございません」
なんて心外なことを口にする親友なのか。
とはいえ、カレンはあのあと、ご兄姉から舌鋒鋭く批判を浴びていたのだ。
落ち込みぐらいするだろう。
さて、互いに感情的になっていたというのもある。
ここらでいったん、デュラ家側の言い分をまとめることも必要だろう。
彼らの言い分はこうだ。
デュラ家は、伝統的に稀少魔術を保存し、未来へ継承する家系である。
また、パロミデス王に対して絶対の忠義を誓っており、家のすべては王のためにあるとしていた。
よって、王に貢献しうるカレンの才能を、外部へ流出させるのは家訓に背く。
伝統の保守と領地の繁栄、王への奉仕のため、即刻帰参すべし。
「こんな感じでしたか。ああ、お婿さんを用意するという話もありましたね。カレンは、面食いですか? それとも真実の愛を探し求めるタイプの?」
「お嬢様、本当に壊滅的に冗句のセンスがございませんので自粛して下さいませ」
「そこまでですか!?」
確かに笑えなかったかも知れないが、そんな口を慎むレベルで!?
「とはいえお嬢様、カレンも迷っております。無論、この心身魂のすべては、過去現代未来において変わることなくお嬢様のもの。いまさら主旨替えなど出来るはずもございませんが……しかし」
「ご家族が、好きなのですね?」
「……はい」
こくりと、親友は頷いた。
「いつ死ぬかも解らない幼いわたくしの、汗を拭い、着替えをさせてくれたのは姉上です。滋養があるからと、険しい雪の山に入ってイノシシを狩ってきてくれたのは兄上です。なにもない冬の慰みにと、コインを右手から左手に移動させる魔術を見せてくれたのは父上です」
信仰の旅に出たいと喚く、幼少期の自分を温かく送りだしてくれたのは、他ならない家族なのだと。
カレンは、神妙な表情で告げた。
「父上も、もしかすると長くはない、そんな可能性もございましょう。だからわたくしを呼び戻したのではないかと疑っております」
「ご本人は何と?」
「……『案じることは愚かだ。おまえが我が家に戻るまで、我は絶対に朽ちることはない』と」
「頼もしいお言葉ではないですか」
「父は、大言壮語が好きでして」
ふと、彼女の目元が穏やかにゆるんだ。
そうか。
「ご家族が、愛しいのですね?」
「勘違いなきようにお嬢様、カレンの一番は――」
「その先は言わなくても構いません。しかし、こうなってくると難しいですね」
カレンの唇に人差し指を押し当てて黙らせつつ。
私は思案を巡らせる。
デュラ家は立場上カレンを手元に置きたい。
だから硬軟織り交ぜて懐柔しようとしている。
事実、待遇は客人としてのものだ。
私を追い出さないのも、辺境伯夫人だから以上に、カレンの付添人であることが大きいと思う。
カレン・デュラは、大陸有数の術者。
この事実は動かない。
彼女を快く思わないもの、利用したいものは山といるだろう。
実家としては、それを防ぎ、守りたい。なんとしてでも連れ戻したいに違いない。
だから、カレンが納得出来る落とし所が見つける。
それが今回の旅の目的となるだろう。
「ゆっくり考えることですね。幸い、男爵は逗留に期限を設けない言ってくださいましたし」
「いつまでもお嬢様を付き合わせるわけには……」
「たまには遠征も悪くありません。北国を見て回るのも新鮮です。閣下にはご心配をかけているでしょうが」
「あれは過保護と言います」
らしいですねと苦笑したところで、小さなあくびが出た。
そろそろ睡眠の時間だ。
「カレンは……自室が残っているのでしたね?」
「はい、出て行ったときのまま、保存魔術をかけているとかで……これから見てこようかと。その間、お嬢様の護衛が手薄になるのですが……」
「お守りの類いは山とありますから、心配なく」
「本当に、大丈夫でございましょうか」
「なにか不安が?」
「…………」
カレンはしばし沈黙し、やがて頭を振った。
「考えすぎでございましょう。それでは、今度こそ失礼いたします」
「ええ、よき夢を」
彼女が退室するのを見送って、私はベッドへ腰掛け。
たっぷり二十数えてから、入り口へ向かって声を投げた。
「なにか、御用向きが?」
「――ああ、なんて察しのいい。まさしく賢さの化身と行ったところだねぇ」
ガチャリと扉が開き、ガシャリと鎧が鳴る。
現れたのは、銀色の全身甲冑騎士で。
「名乗らせていただこう。ぼくはエブルディオ。見て解るとおり――」
彼は両手を広げ、自らの立場を明らかにした。
「王に仕える、聖騎士だ」
§§
「デュラ家には〝結社〟との内通者がいる可能性が高い。よって内密な調査を行うため、陛下はぼくを派遣したというわけさ。他に質問はあるかな?」
訊ねてもいないのに多弁に語る彼――彼でいいのだろうか?――は、部屋の出入り口を塞ぐように突っ立っている。
しばし考えて、私は重要な確認をすることにした。
「エブルディオさんが聖騎士であることを、証明する方法がありますか?」
以前、聖騎士が入れ替わっていた、という事件を私は経験している。
であるならば、今回も疑ってかかるべきだろう。
彼は再び大きく腕を広げ、
「魔術でも刃でも叩き込んでくれればいいとも。この万物を弾く鎧こそが聖騎士の証明……といっても納得しないのだろうねぇ」
こちらの思考でも読んだように、先回りの言葉を紡ぐ。
「これを見て欲しい」
彼が取りだしたのは、一巻きのスクロール。
許可を得て広げれば、空中に魔術文字が投影される。
まず浮かび上がったのは、パロミデス王の玉璽。
そしてエブルディオの名義、聖騎士として〝結社〟を追討すべしという内容が認められていた。
スクロールを返却しつつ、反論を考え、飲み込む。
私の妹は先の騒乱の首謀者だ。
ここで深追いすれば、閣下にご迷惑が行く。
いったん受け容れるしかない。
「了解しました。それで、密命を帯びた聖騎士様が、私に何用でしょうか?」
「これは失礼した。夜分遅くにご婦人の寝室を訪ねるとは、聖騎士らしからぬ振る舞いだ。けれど、どうしても釘を刺しておきたくてねぇ」
釘か。
確かに、私の軽挙妄動を押さえるのは、内偵をしているのならば重要なことだろう。
クレエアのバケモノ、策謀を破綻させるもの。
そんな渾名で、以前の私は呼ばれていたのだから。
だが、彼が口にしたのは、想定とはまったく別のことだった。
「カレン・デュラを信用してはならない。彼女こそ、もっとも〝結社〟との関係が疑われている、容疑者なのだからねぇ」
「――――」
反射的に反論を試みた。
その時だった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
絹を裂くような悲鳴が、館中に響き渡る。
「――!」
聖騎士さまが即座に身を翻し、声がした方へと向かう。
私もそのあとを追って、部屋を飛び出す。
「お嬢様!」
カレンが途中で合流。
近くにいたのだろうか?
とにかく三人で、昼間通された透明な壁のある部屋へと雪崩れ込み。
そして、目撃したのだ。
左胸をナイフで刺され、ぐったりと横たわったカレンの父――
レオポルト・デュラ男爵を。




