第一話 名探偵令嬢の従者、実家へと戻る
鍛え上げられた肉体、オレンジ色の髪。
非の打ち所のないメイド能力。
大陸でも稀少な〝転移魔術〟の使い手。
それが私の侍従にして親友、カレン・デュラに貼られたレッテルだ。
けれど彼女には、もうひとつの顔がある。
即ち――魔術の名門デュラ男爵家令嬢としての顔だ。
「お嬢様、カレンは実家に戻らなくてはなりません。どうかお暇をいただきたく」
その申し出に対して、即答は出来かねた。
直感的に不穏さを感じたからだ。
論理でものを語る私が不穏などと、らしくないのは重々承知している。
けれど、あまりにも胸騒ぎがするものだから。
とうとう、こう提案してしまった。
「同行することは、出来ませんか?」
当然彼女は固辞。
それでも私は、主としての強権で押し切り、そして数日後。
雪のちらつく北方の地、デュラ男爵家を、ふたりして訪れていたのだ。
辺境伯夫人という肩書きは、こんな時ちょっとだけ便利だ。
身許を訊ねられても、ハイネマン家の家紋を出せばすぐに納得してもらえるし、お願いという形で色々と融通も利く。
そのしわ寄せはエドガーさまに来てしまうわけだが……あとでしっかり謝ることとしよう。
そう、この一件に、冷酷無慈悲なる辺境伯閣下のお姿はない。
どうしても外せない職務があったらしく、王都へ向かったきりだからだ。
でなければ、私とカレンの二人旅など、とても許されなかっただろう。
……許されなかったところで、カレンのためならば実行したことに違いは無いのだが、
さて、デュラ男爵家だが、通された広間は、不思議な構造をしていた。
部屋の中央に仕切りがあるのだが、これが透明なのだ。
仕切りの向こう側には、魔術書や魔導具、大陸の外から交易を通じて持ち込まれたと思わしき珍品などがうずたかく積まれており。
そこに、いかにも魔術自然とした格好をした初老の男性が腰掛けている。
一方でこちら側には、壮年の男女と、ここまでの案内をしてくれた家宰さん。
あと、謎の全身甲冑騎士が一名。
誰が誰だろうかと観察していると、カレンが、こっそりと耳打ちしてくれた。
「こちら側にいるのが、レックス兄さんとマジョルカ姉さん、そしてあちら側にいるのが父上――レオポルト・デュラです、お嬢様。残りのふたりは……」
どうやら彼女も知らないらしい。
そんな内緒話を見とがめたのか、短髪のレックスさんが咳払い。
視線を彼らに戻すと、カレンの父君、レオポルト・デュラ男爵がゆっくりと口を開いた。
「久しいな、よくぞ顔を見せられたものだ、我が不肖の娘よ」
不肖。
第一声が、娘の不出来を咎める言葉。
「神に帰依とするとして出て行ったおまえが、先の騒乱では活躍したと耳にした。転移術。稀なる術式だ。失われることも、不出来な術者に託すことも惜しい。帰俗し、我が家に戻れ、カレン。そして、稀少魔術のサンプルとしての保護を受け容れ、世継ぎを産め」
この土地の空気と同じ、冷たく硬い声音。
頭を垂れているカレンの表情は窺えない。
その内心を察する機能が、私には無い。
けれど、これ以上は看過しがたかった。
一言もの申そうと踏み出しかけて、ぎゅっと手を掴まれて止まる。
俯いたままのカレンが、ゆっくりと首を振った。
顔を上げる、親友が。
いつもと変わらない無表情。
瞳にだけ、確かな熱を宿して。
「お言葉ですが、父上。カレンに帰俗の意志はございません。いまも敬愛すべき方にお仕えしておりますので」
「ならば禁ずる、魔術の使用すべてをだ」
「それもなりません。この身が信ずるものを守るために、魔術は必要不可欠ですので」
「むぅ……」
デュラ男爵は難しそうな表情で息をつき、顎を撫でる。
カレンの言っていることが解らないといった風情ではない。
おそらくは、折り合いの問題なのだろう。
ややあって、彼は再び口を開いた。
「我が家に伝わる魔術を、悪用することはままならぬ。だが、おまえの意志が固いことも相解った。ならば、しばしこの館に留まり、頭を冷やすがいい。さすれば、我の言葉が正しいことを理解出来るだろう」
「父上」
「反論は許さぬ」
ぴしゃりと言い含め、男爵はコキリと手の中でなにかを鳴らした。
目をこらすと、魔導陣が刻まれたらしい球体を弄んでいるらしいことが解る。
これが武人ならば握力でも鍛えているのだろうとなるが、彼は生粋の魔術師だ。なんらかの術式を発動、維持している可能性も考慮する必要があった。
たとえば、娘がこれ以上いうことを利かなければ、制裁を下す術であるとか。
「カレン、いまからでも遅くない、父上の言うことを聞くんだ!」
「そうよ、戻ってきなさいカレン。またみんなで一緒に暮らしましょう……!」
必死な様子で言葉を尽くすの、カレンの兄であるレックスさんと姉のマジョルカさん。
マジョルカさんに至っては、涙ぐんですらいる。
「おかしな組織に掴まって薬付けにされたのでしょう? 大丈夫よ、きっと父上がなんとかしてくださいますから。だから、いまの汚らわしいしがらみなど全て捨ててしまいなさい。あなたには才能があるの、保存すべき才能が!」
カレンが目を見開き、地を蹴りそうになり、しかし寸前で堪えた。
先ほどとは逆。
繋いだままだった私の手が、彼女をとどめたのだ。
「カレン、父上の言うことを聞け。おまえはただでさえ病弱……きっといまもそこにつけ込まれて騙されている」
「カレン、こちらに来て清らかに生きなさい。この地の清涼な空気が、きっとあなたの身体と、腐った思想を浄化して下さるわ」
続く言葉を、親友は無言で受け止め。
ただ、私の手を強く握って。
しかし――
「カレン」
「カレン」
「捨ててしまいなさい、蒙昧な信仰なんか!」
「どうせ邪教だろ、それは――」
「悪質な戯言です」
二人の言葉を遮るようにして。
にこやかな表情でカレンが。
静かな怒声を、吐き出した。
「このカレン、ラーベお嬢様に生涯を捧げた身。お嬢様こそが信じる主人! 決して家に入ることはないと、ご承知願いたいものでございます!」




