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第四話 惜しまれた聖騎士事件(答え合わせ)

 数日後、婦人会の席。

 私の話を聞くマダムがたは、頬をピンクに染め、口元を両手で覆っていた。


「それで、そのあとはどうなったんですのっ? エドガー閣下とラーベ様は葡萄を……?」

「はい? 普通に食べさせ合いましたが?」

「きゃー!」


 上がる黄色い悲鳴。

 手を打ち合わせる婦人がた。

 後方でしたり顔をして何度も頷くオレンジ髪の親友。


 なんだ、これ?


「こほん、それよりも……重要なのは聖騎士のことです」

「そ、そうでしたわね」


 私が咳払いをすると、皆さんが居住まいを正された。

 キリッとされた表情。

 さすがは名士の伴侶がた――


「やはり、抱きしめられたときはラーベ様も胸が高鳴って?」

「はーい、推理の披露をはじめまーす」


 ものすごくどうでもよくなってきて、何か投げ槍な物言いになってしまう。

 後で反省しよう。

 いまはそう、謎を解くことが重要だ。


「閣下曰く、聖騎士とは単独行動に秀で、あらゆる環境での生存を可能にする戦闘術を持つのだとされています」

「それでしたら、ダンジョンに現れた方も合致するのでは?」


 マダムの問い掛けに、ゆっくりと首を横に振ってみせる。


「奇妙なのです。ダンジョンに入ってから一度も、件の聖騎士さんは一度も魔術を使っていません。それどころか武技すらもです」

「あ」


 誰かが悟ったように声を上げる。


「そういえば、怪我を負ったどなたかに、回復術を施されたという話も」

「はい、ありません。自分に対してもです」


 そんなこと、どのような状況でも聖騎士には有り得ないとは、閣下のお言葉。


「ですがラーベ様」


 婦人会の中で、取りまとめ役である方が発言される。


「発見されたご遺体と鎧は、ご本人のものと確認されていましてよ。であるなら、ダンジョンに現れたのも本人、ということになりませんこと?」

「逆に考えてください。持ち主のもとに最終的に装備が返ってきたのであれば、その間は自由に聖騎士のフリを出来た人間がいたのでは、と」

「……失念しておりました。聖騎士とは、肌も顔も晒さない、全身甲冑の騎士」

「その通りです。単独行の専門家。そして――王命を持って行動するもの。エドガーさまのお力で確認を取りましたところ、この聖騎士は任務を終え王都へ戻る途中だったことが判明しております。また、とてもご高齢だったと」


 つまるところ、私が導き出す結論はこうだ。


「成り代わり」

「なんですって?」


 なんでもなにもない。

 この聖騎士は。


「天寿を全うされ、倒れた本物の聖騎士様を発見された何者かが、鎧を借りてダンジョンへと入った。そして諸々の後、主へと鎧を返還した。これが、この事件の真相です」



§§



 実際、既に下手人は上がっていた。

 ダンジョンの麓の街に定住している破落戸(ごろつき)で、ジェイドという男だ。

 彼は冒険者でもなく、立ち入り許可書を持っていないにもかかわらずたびたびダンジョンへと侵入し、魔物の素材などを密漁していた疑いがかけられている。

 その過程で、聖騎士の鎧を手にしてしまったのなら、合法的にダンジョンへ立ち入り荒稼ぎするチャンスだと思った可能性は高い。


 ただ、結果として。

 ジェイドさんが為したことは、人助けだけだ。

 よって、閣下は罪一等を減じ、労働による奉仕を行うよう義務づけた。


 犯人が判明してからの推理というのは、なんとも逆説的な補強、少々気後れする謎解きになってしまうのだが、一応の傍証(ぼうしょう)は用意出来る。

 たとえば、回復術について。

 彼は正規の聖騎士ではないので、自分にも他者にもかけられなかった。

 迷宮内でも戦闘などろくに出来ず、罠を探知することも出来ず、只真っ直ぐ歩いていただけ。

 これも鍛えられていない上に魔術的な身体強化が為されていない肉体では、重すぎる鎧を制御しきれなかったからだろう。


 そしてこの二つのことから、私が一番に覚えた疑念――崩落が起きた後の振る舞いへの答えは演算出来る。

 人々が避難する中、殿(しんがり)を務めたのは単純に鎧が重かったから。

 回復術を他者に優先して施すように促したのは、自分が鎧の力でほぼ無傷だったことを悟らせないため。


 では、崩れ落ちたのはなぜか。

 答えは明瞭、単純な体力切れだ。

 魔術もモンスターの歯牙も弾く全身甲冑を身に纏って行動を続ければ、体力など当然尽きる。

 それで倒れたところに回復術を使用されれば、逃げ出す元気ぐらいは戻ってくるだろう。


 これが、事の真相である。


 ダンジョンの管理サイドとしては、今回のことで多くの課題が見えたとも言える。

 まず、聖騎士という存在の身分確認。

 いくら全身鎧があれば事足りるからと、顔パスならぬ鎧パスで通過させてはならない。

 ダンジョンという場所が、〝結社〟などにとって魔力タンクと化していた事実を鑑みれば、今後一層、立ち入り要員を精査することは重要になるだろう。


 ついで、冒険者の質の見直し。

 一大ダンジョン攻略ブームの現在だ、ジェイドさんのような成り損ないを含めずとも、冒険者を目指すものはごまんといる。

 けれど未熟な状態でダンジョンに入れれば、今回のように事故へと繋がってしまう。

 如何に探索が急務とはいえ、人員は精鋭であるべきだ。


 なので、冒険者に一定の教養や生存のための技術を教え込む、いわゆる学校のようなものを作ることを提唱。

 これはハイネマン辺境伯領にて、いち早く実施されることとなった。

 冒険者養成機関の樹立である。


 最後に……英雄視された人物を、祭り上げようとする勢力の監視だ。

 その裏で〝結社〟がうごめき、手ぐすね引いている可能性だって大いにあり得る。

 この辺り、徹底して自衛するほか無い。


 とにもかくにも、こうして事件は幕を閉じた。

 別段の被害もなく――というには惜しい人材を亡くしたわけだが、それでも――私は日常へと戻って。


「お嬢様、たいへん申し上げにくいのですが……」


 戻ったはずの私へ、親友であるメイドが、おずおずと頭を垂れた。


「実家でなにやらゴタゴタが起きているようでして……お(いとま)をいただけませんでしょうか? カレン、不本意」


 ……こうして、私はまた次なる謎へと、関わっていくことになるのだった。


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