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第三話 解決編

 気になってしまったからには、私は自分の知的探究心を(ぎょ)すことが出来ない。

 婦人会の皆様に颯爽(さっそう)と別れを告げ、帰りの馬車の行く先を変更する。

 ……カレンの転移を使わなかったのは、一抹の理性だったと思いたい。


「いえ、単純に目先のことに囚われ、お忘れになっていただけかと。カレン、微笑」


 などという親友の愉悦は置いておく。

 そうしてやってきたのは、辺境伯領が有する騎士団、その訓練場だった。

 アポイントメントもなく飛び込んできた私を目にして騎士さまたちがぎょっとするが、一番驚いたであろうはやはり閣下だった。


如何(いか)にした、小鳥?」


 つかつかと、しかしいつもより早足でこちらへと歩み寄り、全身をくまなくチェックされる。

 怪我とかはしていないのですが。

 また火急の用件でもないのですが。


「……そうか」


 彼が、生真面目な表情で頷き、瞳の色を蠱惑的な紫に変える。


「やはり、片時も別たれること(あた)わずということだな」

「いえ、別段ご一緒したかったわけでもないのです」

「違うのか……」


 心なしか、しゅんとうなだれ、肩を落とす閣下。

 瞳も弱々しい色合いになってしまう。

 ……なんだろう、ちょっとキュンとする。


「もちろん、閣下のおそばにいることは喜びです」

「ん」

「それはそれとして、辺境伯夫人として騎士団のことを視察しておきたいと思い立ちまして」


 嘘である。

 聖騎士という役職について詳しく調べたかっただけだ。

 そんな私の薄っぺらい虚言など看破した上でだろう、エドガーさまは数秒考え込まれ、やがて指を鳴らされた。


「はっ、こちらに」


 スッと姿を現したのは見知らぬ男性……だが、ここまで頻繁に顔を合わせていると、さすがに魔力波長の尻尾ぐらいは掴めるようになる。

 変装魔術の達人〝衛兵さん〟だった。


「妻を案内する。騎士達には日頃通り訓練をするよう通達。衛兵は警備を密とせよ」

「委細承知……お飲み物とお食事はいかがしましょう?」

上覧(じょうらん)ではない。よって、果物程度で構わぬ」

「はっ」


 そんな、なんとも(とぼ)けた会話のあと、衛兵さんは一礼して去って行く。

 閣下が、こちらへと手を伸ばされた。


「では、行くぞ小鳥」

「はい、閣下」


 私は彼の手を取って、公私混同な査察を始めたのだった。



§§



「騎士とは単独での武勇を誇らぬもの。軍靴を並べる戦友を頼み、互いが背を預け術式を()む」


 閣下のお言葉はいつも通り難解ではあったものの、説明は非常にわかりやすかった。

 彼の指揮に合わせて、数十名からなる部隊が一糸乱れぬ行群を行う。

 命令があれば即座に陣形を展開し、複雑な魔術式を分担して担うことで高速詠唱する。


 近づくものあれば剣で払い、槍で突き。

 敵陣からの攻撃は魔術の障壁で弾く。

 そうして稼いだ時間で、拠点を穿つ術式を編み上げるのだ。


 並の冒険者パーティーなどとは比べものにならない練度の連携が、確かにそこにはあった。


「騎士とは皆、このように動くものですか」


 指揮官の席で、閣下に抱っこされ。

 口元に運ばれる瑞々しい葡萄(ぶどう)を、かぷつんとかじり、もぐもぐと咀嚼、嚥下(えんか)して、私は訊ねた。

 お返しに彼の口元へ赤紫の大粒を押し込もうとすれば、彼が私の指先ごと口内に収めようとして、ひゃっとなる。

 意趣返しの意趣返しは、さすがに反則ではなかろうか?


「さて、お前がなにを想定しているかはとんと解らぬ。だが、組織だっての行動を最も得意とするのが兵隊だ。術式も広範囲を焼き尽くすもの、あるいは衝撃力によって突撃してくる対敵を崩れ落ちさせるものが多い」

「補助の魔術はどのように使われるので?」

「部隊の中で担当の者がいる。役割わけこそが、軍の本懐だ。何もかも自分で出来るワンマンアーミーというのは、物語の中だけの――否、存在しないわけではないな」


 私の幻想を壊すまいと気を遣ってくれたのかと思ったが、どうやら違う。

 彼は、鋼のような目つきになっていた。

 それは例えば剣聖閣下にかつて向けられていたような、真の強者を見る眼差しで。


「聖騎士ならば、単騎で一個の軍隊に匹敵しよう」


 ドクンと心臓が高鳴る。

 期せずして、その名前が出た。

 好機とみて、私は質問を重ねる。


「聖騎士という役職では、戦いの振る舞いが違うのですか?」

「違う、根本的にだ」


 閣下が騎士の隊列を指し示す。

 全員が協力をしあうという原則を体現したような整然たる足並み。

 それを、彼の指先が無遠慮に薙いだ。


「単騎による極地踏破。それこそが聖騎士に求められる資質だ」


 曰く、極限状態から生還するために、国家規模の予算を投じて作り出される絶対生存者。

 それこそが聖騎士なのだという。


「戦争において敵拠点に潜入し、これを単騎で落とすため。あるいは数が頼りの騎士団を派遣したところで削り取られることが解っている危険なダンジョンでの任務において、聖騎士は無双の力を発揮する。文字通り、(ふた)つといらぬのだ」


 むしろ回りは邪魔なのだとまで断言する。

 あくまで単独、あくまでソロ。己の生還と任務達成のために全てを費やした戦士であるからこそ、集団行動は逆に足枷をはめるに等しいのだと。


 回復術、探査魔術、障壁術、付与術、攻勢魔術。

 馬術、武器術、体術、暗器術。

 歩法、呼吸法、気功法。

 全てをマスターした、万能、単騎行の専門家こそが聖騎士であり。


「あれ? それではおかしなことになってしまいます」

「何の話だ」

「実は、聖騎士様の武勇伝が――」


 私は、午前の茶会で耳にしたことを全て閣下へと話した。

 すると彼は途端に眉間に皺を寄せ。


「小鳥、お前の推測が正しい。それは、聖騎士ではない。そう」


 唸るように、告げた。

 私のお株を奪う、あのセリフを。


「明瞭なほどに、な」


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